食事
首だけの魔王が食べたものはどこへ行くのでしょう?
「魔王様、花の蜜が採れましたわ!」
聖女が浮き足立ちながら、その手に玻璃の水差しを持ってやってきた。
廃墟と化した森の奥深くの神殿にある、祭壇の間。その祭壇に置かれた柔らかい綿雪のようにふわふわなクッションに鎮座している魔王の首がうんざりしたように眉をひそめた。
「我が食したところで意味はないというのに」
「あらあらまぁまぁ! そんなことはございません! 花の蜜というものは人間で言うところの血に相当するもの。これすなわち生命の根源ですゆえ。魔王様の活力に必ずやなりますわ!」
「そういうものだろうか」
「それに味わう、という行為そのものが人生に彩りを添えるものですもの。退屈しのぎのひとつとしては、よろしいでしょう?」
聖女は笑顔で玻璃の水差しからカップへと蜜を注いでみせる。
とろりと流れこむ金色の密はほのかに紫を帯びているようにも見えて、魔王の視線を惹いてみせた。
「昨日とは違う蜜の色だな」
「よくお分かりで! 紫の踊子草を見つけたものですから、頑張って採取したんです。お口に合えばよろしいのですけれど」
声がいっそう華やいだ聖女が、カップに注いだ蜜をティースプーンで一匙すくった。それをゆっくりと魔王の口に運んでいく。
魔王はふわりとただよった生命の鮮やかな芳香につられるように口を開けた。ぱくりとティースプーンを加える。舌の上でとろけた花の蜜は、昨日よりも甘く感じられた。
「甘いな」
「蜜ですから」
「まぁ……悪くはない」
もうひとくち寄こせと魔王は口を開ける。聖女は嬉しそうにティースプーンに蜜をすくって差し出した。
舌の上で甘くとろける花の蜜。
魔王の喉もとを過ぎた蜜は、魔王の心に優しく染み渡る。