椿
首が落ちた瞬間を、夢に見る。
人が輪廻を一巡するほどには昔の頃だ。昔と言っても、封印されて眠り続けていた魔王にとってはほんの少し前にしか感じない。
あっけなかった。聖女を支配下に置き、自分の壁としてやろうと思った。そうすれば勇者も戦いにくかろうと。
甘かった。勇者は残酷だった。聖女が魔王の支配下になったと分かった途端、躊躇せずその剣をふるった。
魔王をかばった聖女ごと、魔王は致命傷を負った。
そこからは地獄のようだった。勇者は聖女の心臓をひと突きすると、すぐさま魔王を狙った。魔王はもちろん対抗した。だが、勇者のほうが上手だったらしい。
すぱん、とあっけなく魔王の首が落ちた。
それはまるで、赤い花ごと落ちるという椿のように。
魔王は眠るとその夢をよく見る。過去視というのだろう。何度も繰り返し見ては、目覚めが重たくなる。
今日もまた、その夢を見た。魔王が目覚めると、寝袋にくるまった聖女が小さく寝息を立てて寝ていて。
「……勇者とは、本当に恐ろしい」
目的のためなら手段を選ばないとはよく言ったものだと思う。魔王を倒すために、聖女の犠牲を躊躇わなかった。
あんな人間が勇者では、神の慈悲などないだろうと思う。元聖女が生前、神の慈悲をと祈りの文言に織り込んでいたけれど、そんなもの意味をなさないに違いない。
だから聖女は魔王に祈りを捧げるのだろう。慈悲深き神などはいないのだと、聖女自身が悟ったから。
魔王は大きく欠伸をする。
まだまだ夜は明けない。どうせ眠っても、また悪夢に苛まれるに違いないけれど……とはいえ、起きていてもやることもなにもない。首だけの己では、どこへ行くことも叶わない。
「身体か……遠いな」
右腕が封印されているらしい場所へは、明日にでも着くだろう。ここまでかなりの道のりだったが、それでようやく一つ目。まだあと五つ、残っている。
どうでも良いと思っていたものの、活動的な聖女に、感化されてしまったのか、自分もまた自由の身になりたいと思ってしまう。
そうすれば、あの目覚めの悪い夢も見ることなどなくなるだろうと、そう思うから。