猫
雨上がり。宿を出て、街を出た首だけの魔王と元聖女の後をつける者がいた
「……魔王様、つけられています」
「そうだな」
声をひそめた二人はお互いに目配せをすると、パッと後ろを振り向いた。
「なーお」
そこにいたのはペタンとした伏せ耳と、ちょっと短めの尾を持つ、茶トラ模様の猫だった。
「なんだ猫か」
「あらあらまぁまぁ! 猫ですよ魔王様! 可愛らしいですね! 餌がもらえると思ってついてきてしまったのでしょうか?」
「あっ、待て、猫がこっちに……!」
「めっ、ですよ猫ちゃん!」
杖の先でぷらぷらしていた籠が気になったのか、猫は魔王の鳥籠に飛びつこうとした。さすがの魔王も肝を冷やしたのか、鋭い牙が鳥籠をかすめると顔を引き攣らせる。
聖女は猫の毛並みを見て、もう一度街を見た。
「飼い猫でしょうか。野良にしては身綺麗です」
「どちらでもいいが、さっさとこの猫を置いていけ!」
「でも、私たちについて来られて迷子になるのも可愛そうですし……ほらお前、帰り道はあちらですよ」
聖女が魔法を使って転々と行くべきほうへ足跡のようなものを転写していった。街の入口まで続くそれだが、猫は一切興味を持ってはくれない。
「どうしましょうか」
「おい、猫。今すぐ帰れ。こら! 飛びかかるんじゃあない!」
「なーんなーん」
猫は良いおもちゃを見つけたのか、飛び上がっては魔王の首が入っている鳥籠に猫パンチを繰り出そうとする。届きそうで届かないそれに、魔王は青褪めた。
「聖女! そなた我を好きだというのならこの猫をどうにかせよ!」
「どうにかせよと言われましても……」
「どうにかしてくれないと三秒嫌いになる」
「今すぐに猫を排除しますとも!」
聖女は杖を掲げると魔法を展開した。
「癒やしの眠りを与えましょう」
聖女の慈愛で与えられる癒やしの術。それを応用した快眠の魔法を、聖女は猫に使った。くたりとお休みモードになる猫。
「ささ、今のうちに距離を取りましょう」
聖女はそう言って杖の先にある鳥籠を覗きこみ――破顔した。
さっきの眠りの魔法に当てられてしまって、魔王もすっかりお休みモード。
魔王の寝顔を拝んだ聖女は、軽い足取りで今日も旅を続ける。