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バスばば2

作者: ガナリ

しばしば天気は比喩に用いられる。

晴れ渡った気分とか嵐のように激しくとか心が曇るとか。


私の心もどこまでも曇っている、その曇は厚く、晴れていたことがあることを忘れてしまったかのように、たまに少し日が差すと人々は歓喜する、本当の快晴はその先にあるというのに。


私はバスに乗ると心が少し晴れる、きっと今日も一本乗り遅らせたからだろう。

私はいつもバスを1つ乗り遅れる、それは間に合わないと言うよりも自分の生き方として乗り遅れるのだ。

1つ後のバスから見える景色はいつも現実を客観視しているように自分とは距離を置いて見える、誰かの不幸な出来事もバスの中から見るとテレビを見ているようになんとも思わないでいられる。きっと大量の札束がバス停に舞っていたとしても私はバスから降りることはせずいつものように眺めているだろう、それこそが私の喜びなのだ。


そんなことを考えているとちょうど窓の外にバスと並走している自転車に目がいく、かわいそうにそんな汗だくになってと私は思う。


彼は何と言っても外の世界の住人なのだ私には関係ない。しかし信号待ちの際、急に彼が振り向き私を見る。

彼はサングラスをかけながらも、ぎょっと目を見開いているのが分かる。


10秒か20秒、そんな風に彼と見つめ合いそして信号が変わりバスが発信する。外の世界と中の世界がリンクしたように見えたが、彼は何もなかったかのように、また前を向いて走り出す、幾分先程より急いで。

私と見つめ合った時間が彼に何をもたらしたのだろうか、私がバスばばであると知っているのだろうか。


しかし頭の奥底で何かが引っかかっている、私に何かを思い出せと記憶の扉を、誰かが蹴飛ばしている。


私は彼を知っている。

だが全く思い出せない、また信号で並ぶ、彼と目が合う。

彼は思い出しているのだろうかやはりサングラスの向こうから私を見ている。


思い出せないまま降りるバス停に着く、もう私にバスを降りる事は出来ない

彼と並走しながら思い出すしかないのだ。


年齢はきっと同じか少し上、仕事ではなくもっとプライベートな関係な気がする

そして何度目かの信号、彼がサングラスを外した瞬間記憶の荒波が一気に押し流す


彼だ、まだ私が上京する前、短い期間だが真剣に付き合っていた彼

彼が上京するときについて来て欲しいと言われたがその時の私は母の介護で離れることが出来ず断ってしまった。

あの別れのバス停以来だ。


思わず窓に手を差し伸べる、並走する彼もバスに向かって手を伸ばす。

その薬指には細い指輪が。


そのとき私は月日の重みを感じた、もう時間は戻らないのだ両親がいなくなって同じ東京に来ても、もうこの手を繋ぐことは出来ないのだ。


私は車庫まで行きバスから降りる、もう自転車の彼はいない

これで良かったのだ、私はバスばばなのだ、昔好きだっただけの男の幸せを少しも曇らせるわけにはいかない。

涙がこぼれないように太陽を見ながらバスで来た道を歩く、良かった、妖怪と呼ばれても私には涙が枯れていなかった、それがわかっただけでいい、私には涙を流す相手がいる




それから私は毎朝二本バスを遅らせることにした。

もう彼とは会うこともない、もし仮にまた自転車で並走していても信号待ちで目を合わせることはないだろう。私の記憶の氷山で凍ったままの彼はそんな形で姿を現わすべきではないのだ、きっと彼も同じことを考えているはずだ。もし彼の左手に指輪がなかったら、そんなこと考えることもない。だが彼の髪の生え際がもう少し前にあったら私はすぐにでもバスを降りて彼に抱きついていたかもしれない。時間とは残酷なものなのだ。

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