風呂
実際問題。妹と一緒に風呂に入っているというのは、半分事実であり。半分嘘ではある。
そんなことを漠然と思いながら、足を伸ばし湯船の中で揺蕩う。脱力して、浮力に任せる。そうすれば、何も考えなくていいから、楽であった。
「お兄ちゃん。先生になんて言われたの?」
俺が湯船に浸かっていれば、妹は髪を洗っているのだ。ただでさえ、綺麗な髪を丁寧なケアをしているからこそ、俺が最初に浸かり堪能できる特権であった。
「なんてことはない。噂が本当かどうか聞いてきただけ」
「だろうね。それでお兄ちゃんは事実ですて大声で言ったの?」
「言ってたらすぐに帰ってきてないだろうが」
そもそも、あのタイミング。朝のHRの直後に呼び出しているのだから、先生としても『噂は嘘』だと決めつけて呼び出したのだろう。もしくは、面倒事を早めに片付けないと後々余計な面倒が増えると思ったからか。どちらにせよ、事実を言うわけもない。
「まぁ、お兄ちゃんがアタシと一緒にお風呂に入っているのは、本当のことだし」
「半分な、半分。お前が髪を洗い終わったら俺は出るから、半分本当てだけだ」
「えー、今まですぐ出てたのそれが理由なの? いっつも湯あたりしたとか、のぼせたとか言っていたの嘘だったわけ?」
「嘘を嘘だと見抜けない時点でお前はまだまだだってことだよ」
「まぁ、それでもお兄ちゃんが湯船に浸かっているタイミングを見計らって入ってきてるんだけどね」
俺より策士みたいなことをしないでもらっていいか。
というか、いつもいつも俺が湯船で浮かんでいる最中に浴室に侵入してくるのは、それが理由かよ。
「で、妹の裸を見てどう思うかねお兄ちゃん。この美しく、煌びやかな裸体。クラスの男子が寝る間を惜しんでアタシの体を想像しているだろうものを、直視できて」
「あいにく俺は目が悪いんでな。肉の塊がそこにあることしか分からない」
「なんていうか。お兄ちゃんはデリカシーというか風情というか、良識というものが欠けてるよね」
そこまで言うか、と憎しみを込めて睨みつける。
そもそも、妹の愚行に愚息がどうのこうのすることはない。
「まぁ、仕方ないか。お兄ちゃんはお兄ちゃんだし。アタシはアタシだし」
「そうだな。よく分からんがその通りだ」
妹の体に欲情こそしないものの、綺麗な体だとは思う。しかし、それを口にしてしまえば、こいつはきっと調子に乗る。乗りまくる。そのままハイウェイを駆け抜けるほどには爆速で乗りまくる。
だから、言わない方がいい。面倒くさいし、それ以上のアプローチを受けると気が重くなるからだ。
「それでも、よく先生はアタシを人間だと思ってくれているよね。他の皆もそうだけど、なんというか服さえ着てれば性別まで偽れる気がしてくるよ」
「そりゃ、パッと見は人間だろ。お前がおかしいことなんて全裸にならなきゃ分からないだろうし」
「人をおかしいみたいに扱わないでよ。アタシだって、今はちゃんと人だよ」
「でも、生えてるじゃん」
そう言う本人へ、白い目を向ける。その背中に生えた真っ黒なコウモリの羽とお尻の付け根に生えた尻尾がぴょこぴょこと感情に合わせて動いていた。
全裸になれば分かってしまうくらいで、服を着ると分からないような小さな証拠。証明。それがあるからこそ、俺は人として扱うか。それ以外の元々の扱いをするべきなのか、未だに悩む。
「これは他の人には見えないからいいの。お兄ちゃんにしか見えないし、美巨乳スレンダーな美少女として皆の目には映るんだよ」
「はー、大変便利なことで」
そのせいで俺が面倒な目にあっていることも含めて、便利なんだと呆れる。俺にしか見えないからこそ、コイツにとっては嬉しいのだろう。
「お兄ちゃんに、だけだよ。アタシが悪魔なのを知っているのは」
「できれば一生知らなきゃ良かったと思っているよ」
俺の妹は悪魔。
そう、悪魔なのだ。