職員
我が妹を端的に表現したとして、完全無欠と他者評価は下すだろう。それほど、非の打ち所がない。むしろ、あったとしてもそれは可愛らしいという反応になってしまい、どちらにせよ弱点が弱点にならないのだ。
そんな妹がいるのだから、兄はさぞ優秀なのだと勘違いされそうではある。俺だってそう思ってはいるが、現実は非情なのだ。生まれが全てではないにしても、生まれながらに俺は優秀でない。優良を得たことも。秀でたこともない。だから、職員室に呼ばれているのだろうけども。
「戒。お前がなんでここに呼ばれたかわかっているか?」
「さぁ? 心当たりが多いものでして。どのことで呼ばれたのか分かりません」
「お前、普通そこは心当たりがありませんて言うんだぞ」
それはともかく、何をしたのか後で聞く。と追加してくる担任。言わなければ良かったか。後の祭りゆえ致し方なし。
まぁ、ある程度の予想はついてはいるのだが。
「どうせ、妹と一緒に風呂に入っているという噂の話でしょう?」
「なんだ分かっているじゃないか」
それ以外に心当たりはない。
あの妹が噂を広めているのだから、不特定多数の人間に広まっているのは確か。俺よりも交友関係が広く。話せば全員友達だと言いたげな誰隔てなく友好を築ける奴が、噂を流せば誰だって信じる。特に優秀で、文武両道をそつなくこなす奴から聞けばなおさら。
嘘を嘘と思わないのだ。
これをなんというんだっけ。
全く関係ない二つの出来事を関連付けるやつ。
最もらしいことを思っているのに、それを覚えていないのだから、俺はあまり頭が良くないどころか記憶力はよろしくないということだ。
「先生も家庭の事情に口を挟むわけにはいかない。公私混同になるし、なにより先生にできることはないからな」
「だったらいっそ、関わらないというのもいいのでは」
俺の一言に「馬鹿野郎」と小声でも圧をかけてくる。
「そんなことをしてみろ。問題になった時、何もしていませんでしたて公に言うことになるだろ。そうなってしまえば、教師人生終了だ」
「我が身可愛さで生徒の噂を信じるのはどうかと思いますよ」
「噂が本当かどうか確かめるために呼んだんだろうが」
かといって、先生ができることは究極的な結論は『聞くだけ』になるのだ。問題が問題。かつ、倫理観に関わってくるなら余計に。
いや、俺だっておかしいとは思ってはいる。
思ってはいるんだが。
「で、実際のところどうなんだ?」
「事実無根ですよ。噂は結局噂でしかないですし、人伝に流れでいけば尾ひれも背びれもついて、立派な絵画の鯉になるわけですよ」
そう言うことで満足したのだろう。
というより、予想通りの反応をしてくれて先生はご満悦なのだろう。ほっと胸を撫で下ろし、自分の生徒がそんな問題を起こしていないことを確認できて良かったと思っているのだろう。
なんとも自分勝手だ。
なんとも我が身可愛さに、溺愛しているものだろうか。
「それならいい。だが、あまりお前のことで事実無根の話が出ているのは心苦しいだろう? 今すぐ噂を流さないように注意しておくから、お前も変に思い詰めなくていいからな」
そう適切なフォローをしているつもりなのだろう。
いや、普通であれば適切なフォローではあるのだ。
「ありがとうございます」
だから、俺は先生の理想。もしくは、お決まりの行動をとる。そうすることで、この場はどうにかなる。
今までもそうだったように。
これからもそうであるように。
本心や、事実、真実を隠すなら相手の要望を叶えることで雲へと隠れる。いや、この場合は太陽の影に隠れるのだろうか。
どちらにせよ、妹をおかしいと思うのは普通だということなのだ。今回は俺が妹へ何かしているという意識になっているだけで、現実では妹が俺へ何かしている。
だからこそ、それを知っている俺からすれば、妹の方がおかしいのだ。それがどうしようもなく救いようがなく、可哀想だと思いながら、教室へ戻り、授業を受けた。白い目で見られていようとも。軽蔑の視線が混じっていようとも。