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普通


 朝起きて、歯を磨く。

 朝起きて、トイレに行く。

 朝起きて、ご飯を食べる。

 普通であれば、そんなルーティンを行い心身のリズムを作り出す人がほとんどであろう。しかし、それはあくまでもの普通であって。一般的概念によるものである。まぁ、言ってしまえばありきたりな風景だということ。

 アニメや漫画、はたまた小説というあらゆる媒体。もしくは、娯楽の中に蔓延っている普通であって。当然の流れ。導入としてはおおよそテンプレすぎて「あぁ、またこの流れか」と白目で見られるかもしれないが、普通というのは大抵の人間が抱く、思いつくような流れであるからこそ、自然と受け入れやすく理解しやすいということでもある。

 だからこそ、安心感を得られるのと同時に目新しさを感じないのだ。おかしな話ではある。人は変化を嫌い。それでいながら革新的な発想を求めるのだから。

 まぁ、ここまで普通の話をして。それを下手に貶しておく流れというのもありきたりなものではあろう。

 されど、普通とはかけ離れたことがあるとすれば、俺の話になる。いや、なに。なにも特別な力があるとか。厨二病の話ではない。むしろ、俺自身は平々凡々なのでね。なにも代わり映えしない風景に映る一般人として相応しい人間なのだがね。そんな人間のくせして、寝起き――いや、寝起きだけではないのだけども。

 おかしなことは普通の中に転がっているものであってね。


「お兄ちゃん。おはよう――ちゅ」


 柔らかな唇が俺の乾いた唇へと重なる。

 その優しい衝撃に目を開ければ、にこやかな笑顔を浮かべた俺と同い年の女の子が跨っていた。


(ゆう)……もうちょっと、その、普通の起こし方をしてくれないか……」


「?」


 何を言っているのだろうこの愚兄は。と言いたげな瞳。あーあ、生意気だこと。そのくせ、跨って降りないのは生意気より、クソガキに近いのかもしれないけど。


「普通て、これが普通でしょ?」


「妹にキスされて起こされる普通があってたまるか」


 妹の体を押しのけ、体を起こす。その行動のせいだろうか、妹である遊は恨めしくこちらを睨む。

 知らん知らん。主導権を握ろうとするな。マウントとるな。


「だって、その方がお兄ちゃんも嬉しいでしょ?」


「嬉しくねぇよ! もっと可愛い彼女にやってもらいたいね」


「うわ、それアタシが可愛くないっていうこと? 心外なんですけど。これでもクラスでは美少女で有名なんですよ?」


「知ってるよ。知ってる。俺と同じクラスだろうが、だからタチが悪いんだって」


 俺と遊は同い年の兄妹である。

 まぁ、双子ということだが、如何せん兄が平凡なくせして妹は美少女として成長した。その弊害だろうか。

 恐るべしブラコンに成長してしまった。朝、起こしに来てはキスしてきて、それでも起きなければディープキスまでしてきて、最終手段にでようとする妹なんて可愛いを通り越して畏怖を覚える。


「お前が可愛いなんて皆知ってるんだしいいだろうが」


「お兄ちゃんは分かってないね〜。好きな人に言われる『可愛い』ほど、他の人に言われるよりも嬉しいことを知らないなんて、残念だな〜」


「お前に教えてもらうより先に彼女に教えて貰えなくて残念だよ、俺は」


 それはそうだね。と妹はいたずらっ子の笑顔を浮かべて、俺を上目遣いで見つめてくる。

 なぜ、妹はこうなったのか。

 なぜ、妹はこうなのか。

 よく分からない。理由も不明。だからこそ、俺はどう対処するべきか悩みに悩んでいるわけで。それをこの遊は知らないのだ。あほ面で、馬鹿面で、可愛い顔面が台無しになるような人生に片道切符で進んでいるのだ。


「まぁ、お兄ちゃんに彼女ができることはないよ」


「ひっでぇな。朝っぱらから兄を虐めてくるなよ。ただでさえ気分は最悪なんだから」


 妹にキスされるよりも起きられなかったという事実で、脳みそは後悔で染められているのだ。いい気分とは真逆だ。


「だって、学校中には密かな噂を流しているからね。お兄ちゃんは、凄まじいシスコンだって」


「……は?」


「妹は一緒にお風呂に入り、一緒の布団で抱き合って寝る。そんな噂を流しておいているから、お兄ちゃんに彼女ができることはないよ。これで安心だね」


「………………」


 どうりで。

 どうりで……。

 ……。


「お、お兄ちゃん? なんで黙ってこっちに近づいてくるの? あ、もしかして……。朝から? もーやだなぁ、お兄ちゃんのお兄ちゃんを鎮めるのは妹の役目だもんね。仕方ない仕方ない。でも、学校に遅刻したら駄目だからね、これでもアタシ優等生みたいなもんだし。でも、遅れてもいいかなとは思うわけ――」


 饒舌に語る妹へ、天罰。もとい、天誅。

 研ぎ澄まされた手刀が頭部に叩き落とされる。

 さっきまで雄弁に語る口を呻き声しか出せない妹は、頭を抑えながら転げ回る。

 本当なら顔面パンチでもしたい気分ではあったが、こんな妹でも本当に美少女なんだから顔を殴るのだけは抵抗があった。わずかながらの理性でも、俺は立派にもその理に従ったのだから褒めて欲しいものだ。まぁ、もしくは妹の愚行をこれだけにしたのだから、許して欲しいものだ。

 これが俺の普通に起こるおかしなこと。

 おかしな普通のこと。

 そんな話。

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