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第42話 本戦

「いやー、投げた投げた!」


 時刻は九時過ぎ。

 ボウリング場を出て思い切り伸びをすると、右腕の筋肉がピリリと痛みを放った。


「腕の感覚がありません……」


 横を歩く文月が右腕を摩りながらぼやく。


「普段使わない筋肉を酷使したからね。こりゃ、明日は筋肉痛だ」

「問題ありません。私は本さえ持てればそれでいいので」

「本を持つのも辛いかも?」

「それは困ります。なんて事をしてくれたのですか」

「まさかの逆ギレ!? もう一ゲーム、もう一ゲームって続けたのは文月じゃん」

「それは、そうですけど……」


 痛いところをつかれたとばかりに、文月はぷいっと目を逸らす。


 結果的に、トータルで五ゲーム投げた

 人生で初めてのボウリングにしては、なかなかハードな回数だったと言えよう。


「…………」

「…………」


 会話が途切れ、気まずい沈黙が舞い降りる。


 今の状況としては、駅の方向へ歩く奏太に文月が付いてきている形だ。

 駅方面に向かっているのは、文月の家がその方向にあるというだけで特に意味はない。


「そろそろ、話してくれませんか?」


 文月が切り出して、足を止める。

 言葉の意図を察した奏太も、二歩先で立ち止まる。


「……そうだね」


 振り向き、文月を見る。

 先程まで楽しげだった表情には、警戒心が戻っていた。


 心音が速度を上げる。

 微かに呼吸も浅くなる。


 言うまでも無いが、奏太が文月をボウリングに誘ったのにはちゃんとした意図がある。

 文月とボウリングをしたいという気持ちとは別の、明確な意図が。

 

 それは文月も察しているようだった。


「立ち話もなんだし、公園のベンチにでも座って話さない?」


 余裕な素振りを見せて奏太が提案すると、文月はこくりと頷く。

 本当ならカフェかレストランにでも入りたいところだが、周りに人がいる環境で話すのは違う気がした。

 

 二人きりで、ちゃんと話たかった。

 

 少し歩いたところにある公園に入って、お手頃そうなベンチを見つける。

 そのベンチに座るなり、文月手を擦り合わせた。


 今日は十一月にしては暖かいとはいえ、空気にひんやりとした冷たさがある。


「ごめん、ちょっと待ってて」

「え、あ……」


 立ち上がり、小走りで駆ける奏太。

 公園の隅っこに物寂しく設置されていた自動販売機で、ホットのココアとお茶を買ってからベンチに戻った。


「念のため聞くけど、どっちがいい?」

「……ココアで」

「だよね」

「ありがとうございます。お金は……」

「いいから、いいから」


 ココアを手渡すと、文月はぺこりと頭を下げる。

 奏太もベンチに座り直して、二人で喉を温めた。


「…………」

「…………」


 九時過ぎの公園に人気はない。

 時折、どこからか車の音が聞こえてくる。


 その静けさと胃に落ちた熱い液体が、奏太の精神に落ち着きを取り戻していた。 

 奏太がお茶を半分くらい飲み進めたあたりで、文月が口を開く。


「清水君って、本当に気が回りますよね」


 じっと、缶ココアに視線を落とす文月。


「人の気持ちは、割とわかるほうだからね」

「だったら……」


 ぎゅっと、をココア缶持つ文月の手に力が籠る。


「私が今、何を考えているのかも、わかりますよね?」

「おおよそは」


 ぺこりと、缶が音を立てた。


(……いよいよか)


 ボウリングまでは前哨戦、ここからが本戦である。

 冷たい空気を深く吸い込んでから、口を開く。


「今日、本屋を訪れた理由は二つあるんだ」


 人差し指を立てる奏太。


「一つは単純に、文月とボウリングがしたかった。これは本当だよ? 俺から誘わないと、もう一生、文月とボウリングが出来ない気がしたからさ」


 奏太の言葉に、文月が目を逸らす。現に文月は、もう学校に行くつもりは無かったし、退学届を出したらそのままドロップアウトをする気でいた。


「……もう一つは、なんですか?」


 早く本題に入れと言わんばかりの視線を真正面から受けて、奏太は言葉を空気に乗せた。


「また一緒に、図書準備室で本を読もうって、言いたくて」


 やっぱりですか、と文月の表情が曇る。

 

 浮かんでいる感情は、呆れと失望。

 そして、敵意だった。

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