肉食系少女の秘密のバイト
GCN文庫様の『短い小説大賞』への応募作です。
※こんなタイトルですが、男主人公です。主人公の米田耕太郎が肉食系女子の片岡恵の秘密を知ってしまうという物語です。
一学期の最後。それは夏休み目前の最も楽しい時間の一つだ。やれ「夏休みは海に行こう」だの「いや、山が良い」だの遊びの予定を立てるこの時間は時間の有り余る高校生にとっては最高の時間のはずだ。
「耕太郎、お前は海と山どっちが良いと思う?」
仲の良いクラスメイトが声をかけてくれた。本当は僕もこの会話の輪の中に入りたかったのだが、今まで入らなかったのは理由があるのだ。
僕は両の掌を合わせて謝罪する。
「すまん!ちょうどその時は祖父母の家に泊まりに行くことになってるんだ!」
毎年恒例のことなので、すでに覚悟はしていたことである。僕の父方の祖父母は農業を営んでいる。長期休暇には祖父母の家に泊まって収穫などのお手伝いをすることになっているのだ。
もちろん夏休みすべてを祖父母の家で過ごすわけではないのだが、彼らの遊びに行く予定の日程と完全にかぶってしまっているのだ。
「あー、いつものやつか?」
「そう、いつものだよ。」
僕のことを中学から知っている友人は理解を示してくれるが、それを知らない人たちは不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。
その視線に居心地が悪くなり、僕は再び「そういうことだから、本当にごめん。」と謝って机に突っ伏した。
そうすると、先ほどまでより周囲の会話がよく聞こえてくるようになった。クラスの別グループの会話も耳に入ってくる。
「みんな、この日空いてる?前に話してたバンドのライブがあるの!一緒に行こうよ!」
「ほんと?前おすすめされて見てみたんだけど、すぐに好きになっちゃった。特にボーカルの〇〇君!すっごいイケメンだし!」
「分かる!」
その中でも特に大きな声で話しているのは、とある女子のグループだ。イケイケな感じのいわゆる"肉食系"の女子たちで、僕とは比べ物にならないくらい交友関係も広い。
「どう、恵も来れそう?」
「あー、ごめん。その日はちょうどバイトが入っちゃってるや。」
「そっかー、じゃあしょうがないか。」
彼女たちのグループの中では遊んだり買い物をしたりするためにバイトしている人も多いらしい。
中でも、今遊びの予定を断った片岡恵という名前の彼女は特にそれが顕著らしく週末遊びに行くときもバイトを理由に断ることもあるそうだ。それでもはぶられたりせずグループ内で仲良くしていられるのは、ひとえに彼女のコミュ力というか他の部分での付き合いの良さが現れているということだろう。
そうしていると、放課後になった。これから夏休みに入るので、しばらく会わなくなる人も多くいる。けれど、その寂しさよりもこれからの夏休みでのわくわくが勝っているようで、みんな笑顔で別れて行った。
暑い日差しの中、似合わない麦わら帽子をかぶり広々とした畑の入り口に立つ。隣に立つ祖父が汗をかきながら暑さにやられて憂鬱そうな僕に話しかける。
「耕太郎。今日はトマトときゅうり、ナスの収穫や。もうやり方は説明せんくてええよな。」
「その質問去年もしてたよ。大丈夫、もう何回目だと思ってるの?」
「ははは。そうやったかのう。」
僕はみずみずしく生っているトマトを収穫して、傷をつけないようにそっとかごに入れた。その様子を祖父は満足そうに眺めている。
そして、祖父はハッと何かを思い出したようだ。
「そうだ、言い忘れとった。今日はバイトの子が来ることになっとるけん、わしはそっちおるから。」
「バイト?」
去年までは聞かなかった単語が聞こえてきて、僕は収穫の手を止めて振り返った。
「わしももう年よ。年々収穫が大変になっとるけん、バイトを雇うことにしたんよ。最近は"農業バイト"なるものが流行っとるって知人に聞いての。それで来てくれる子が本当にいい子で、ばあさんも気に入っとるんよ。」
おそらくバイトで来てくれるのは一人ではないだろうが、この感じを見るに何度も来てくれている人がいるのだろう。
「おじーちゃーん!今日もよろしくお願いしまーす!」
遠くから大きな声で祖父を呼ぶ声が聞こえてきた。声の方を向くと、こちらへ歩いてくる数人の若者たちの姿。
先頭にいる一人の元気な女の子が祖父を呼んでいたようだ。その女の子にどこか見覚えがある気がして、僕はじっとその女の子を見る。
「おー、恵ちゃん。今日もよろしくなー。」
「はい!任せてください。」
ん?"恵"?何だか聞き覚えのある名前。そして、よくよく聞いてみるとこの声にも聞き覚えがある。
間違いない。この女の子はクラスメイトの片岡恵だ。確か彼女らのグループはバンドのライブに行くとか言っていたはず。いや、片岡さんだけはバイトがあるからと断っていたんだった。
え?もしかしてバイトってうちのバイトのことなの?
正直意外だった。普段から学校でもばっちり化粧を決めているのに、今は化粧をしていないようにも見える。
汗と土埃にまみれる農業バイトなんてあまり似合わないと思っていたのだが、麦わら帽子をかぶり万全と農業をする準備をしてきた彼女はむしろベテランにすら見えてきた。
そうこう考えている間に祖父が農業バイトの説明をしてしまっているようだ。僕が何度も耳にタコができるくらい聞いた収穫に関する説明だ。
片岡さんも興味津々そうに何度もうなずきながら説明を聞いている。普段の授業はどちらかというと退屈そうにしているのに。
片岡さんはまだ僕に気づいていないようだ。何だか見てはいけないものを見てしまったような気分だ。なので、僕は気づかれないようにこそこそと別の場所の野菜の収穫を始めた。
「よいしょっと。」
僕は踏ん張ってたくさんの野菜が入ったかごを運ぶ。毎年のことなのでこの後のことも分かっている。祖母のいる場所まで運んでいけば僕の仕事はとりあえず終了だ。
「随分たくさん採ってくれたねー。ありがとう、耕太郎。」
「大丈夫。他に収穫するやつある?」
「農業バイトの子たちが収穫してくれてるから大丈夫よ。冷たいお茶を淹れてくるから少し待ってて。」
「ありがとう。」
僕は縁側に座り、汗をタオルでぬぐう。傍に置いてあったうちわで少しでも涼もうとする。
「あっちー。」
暑さにうんざりしながら、僕は虚空を見つめる。こんなに暑い日はクーラーの聞いた部屋でゆっくりしていたいものだが、この実家にいる間はなかなかそうもいかなそうだ。
「え、もしかして……米田……くん……?」
そうやって油断していたからだろう。近づいてくる片岡さんの気配に気づかなかった。ちなみに、米田というのは僕の苗字だ。そこまで親しいわけではない僕のことを名字で呼ぶのは当然のことだった。
もう顔もばっちりと見られてしまっている。完全にばれた。すでにどうしようもないので、僕はあきらめておずおずと片手を上げた。
「えーっと、片岡さん。一学期以来だね。」
片岡さんは絶句して口を開いたまま固まってしまった。数秒後、彼女はその手に持った野菜かごを地面に置いてうつむきながらこちらに歩いて近づいてくる。
「な、なんであなたがここにいるのよー!」
顔を上げたと思ったら急に大きな声が挙げられた。僕はびっくりして思わずのけぞってしまう。そんな僕をよそに彼女は言葉を続けた。
「え、どういうこと?なんで?待って、"米田"?そういえば、おじいちゃんの苗字も米田だったような。もしかして、ここって米田君の実家ってこと?」
おー。ものすごく焦っているが、完璧な推理を披露してくれた。そして、一通り理解してしまった彼女はついに崩れ落ちた。
「確かにおじいちゃんが"今日は孫が手伝いに来てる"って言ってたけど、まさか米田君だったなんて……。どんな偶然よ。」
確かにたまたま応募した農業バイトのバイト先がクラスメイトの実家だったなんてそうそうないだろう。僕も最初は片岡さんだと気づかなかったのだから。
「あら、恵ちゃんもこっちに来てたのね。冷たい麦茶を淹れたから一緒に飲みなさい。」
「あ、おばあちゃん。ありがとうございます。」
祖母が麦茶を淹れてくれる。片岡さんも縁側に座り、祖母が入れてくれた麦茶に口を付けた。僕もそれに続いて麦茶をぐいと飲む。喉を通って冷たいお茶が体にしみわたっていく感じがとても気持ち良い。
「恵ちゃん、いつもの準備してくるからちょっと待っててね。」
「え、あ、おばあちゃん?ちょっと待って!」
再び片岡さんが慌てふためく様子を見せる。いつものとは一体何なのだろうか。おそらく片岡さんは何回かこの農業バイトに参加しているようだったが、そのたびに何かをもらっているのだろうか。
二人取り残されてしまい、少し気まずい空気が流れる。その沈黙に耐えられなくて、僕は聞くことにした。
「片岡さんはどうして農業バイトを?」
「どうせ似合わないとか思っているんでしょう?」
質問に質問で返されてしまった。似合わないと思っていたのは事実だ。なので僕はそっと目をそらした。
「確かに、クラスでもどっちかっていうとイケイケな感じの片岡さんがどうして農業バイトなんて……とは思いました。」
「だよねー。」
僕が正直に話すと片岡さんはがっくりと肩を落とす。
「そういう風に思われるのが嫌で誰にも言ってなかったの。汗と土にまみれるバイトなんてクラスメイト達には絶対に言えない。米田君も、絶対に言わないでよね!」
「だったら別のバイトを探すのは?」
片岡さんは遊ぶためのお金を稼ぐためにバイトをしていると聞いたことがある。だったらもっと効率の良いバイトだって絶対にあるはずだ。わざわざこんな田舎まで来てバイトする必要なんてないのだから。
「いや、それは、あのー。」
急に口どもってしまった。一体どうしたのだろうと思ったところで、ふわりといい匂いが香ってきた。匂いの方を見ると、祖母が二枚の皿を手に持っていた。
「はい、恵ちゃん。とれたて野菜に、ナスを味噌で焼いたものよ。少し話が聞こえてきたんだけど、二人は同じクラスだったのね。私知らなかったわ。」
そういえば祖母はいつもこうやって収穫した野菜を使って料理を食べさせてくれてたんだ。片岡さんにもこうやってとれたて野菜をごちそうしていたんだ。
片岡さんの方を見ると、その視線は祖母の持つ料理にくぎ付けになっている。その表情はごちそうを前にしてお預けを食らっているワンちゃんのようだ。
「はい。耕太郎と一緒に食べなさい。」
「ありがとう!おばあちゃん!」
そして片岡さんは洗って冷やしただけのトマトを手に取り豪快にほおばった。そのままトマトを食べきると、タオルで汚れた手を拭いて今度はきゅうりを手に取る。
きゅうりは傍につけてあった味噌をのせて"ボキンッ"と大きな音を鳴らせてシャキシャキなきゅうりを堪能している。
最後に箸を持って味噌で焼いた熱々のナスをかじる。ハフハフと熱い空気を逃がしながら食べる彼女はとても幸せそうな顔をしていた。
そんな彼女の様子を見ていると、僕もなんだかお腹が減ってきたので一緒に野菜を食べることにした。
全部の野菜を食べ終わった後、片岡さんは話の続きとばかりにおずおずと口を開いた。
「それで、このバイトを選んだ理由なんだけど……。」
「いや、もう全部分かったから良いよ。」
クラスの肉食系少女はどうやら草食少女だったらしい。
『肉食系少女の秘密のバイト』を読んでいただきありがとうございました。感想・評価・いいねなど全部お待ちしております。
肉食系少女なのに野菜が大好きな草食女子というギャップが描きたかったんでしたがいかがだったでしょうか?正直、肉食系少女が全然イメージできなかったので、なんか違うと思われた方がいたら本当に申し訳ありません。