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洗濯木

 アルマは城の洗濯場で働くメイドだ。


 この職場は給金がいい。

 その代わりに、万年人手不足ゆえの激務と、いつバケモノ辺境伯に遭遇してしまうか分からない恐怖に耐える必要がある。


 たった半年前に採用されたばかりのアルマですら、激務と恐怖に耐えられず去っていく同僚を何人も見送っていた。


「まずは少しのお湯で洗剤を泡立てるの」

「はい」


 この日アルマは、もう何人目か分からない新人と洗剤を泡立てていた。

 亜麻色の髪はつやつや、薄いそばかすの浮かぶ肌も白く滑らか。

 荒れ知らずの白い手で洗濯なんかできるのだろうか。


 アルマの心配をよそに、新人のフィオナはお湯と洗剤を両手でバシャバシャ混ぜている。


「この液を適当につけながら洗っていくの。溜め池の水は結構冷たいから、びっくりしないでね」

「わっ、本当に冷たい。地下水?」

「さあ? どうなんだろう」


 この冷たい水と濃い洗剤液にさらされるから、洗濯場のメイドたちはいつも手が荒れている。

 あかぎれに洗剤が滲みて痛いし、濡れた布は重いので、洗濯は激務で重労働だ。


 けれど、アルマにとってはこの上なく素晴らしい職場環境だった。


 城の仕事なので、街で働くより給料がいい。

 洗濯なんて一番下っ端の仕事だと笑う者もいるが、洗濯場なんかに領主が近づくことはない。

 非常に安全で割のいい仕事だと思っている。


(うっかり領主様にお目にかかってこんないい仕事手放すより、ずっと洗濯してたほうがいいよ)


 アルマはせっせと手を動かすフィオナを見た。


 やはり何度見てもいいところのお嬢さんだ。

 アルマのように父が死んで、幼い兄弟を養うために働かざるを得なくなったとか、そんな事情でもあるのだろう。


「全部こうやってゴシゴシ洗うだけでいいの?」

「このカゴの分はそれでいいけど、物によっては薬でしみ抜きしたり、お湯で茹でたりするよ」

「選別もやってるんだ」

「あたしはやってないけどね。まだまだこうして洗うだけ。経験を積むとそういう仕事もさせてもらえるよ」

「なるほど……」


 フィオナは手も口もよく動いた。

 そのうち他のメイドも混ざりはじめ、会話は城下街のことや恋愛にまで発展する。

 洗濯場はすっかり大盛り上がりだ。


(フィオナ、只者じゃないなぁ)


 この日は水の冷たさも気にならないうちに仕事を終えた気がした。

 短期なんて言わず、ずっとここで働けばいいのに。



 ある日の朝。

 出勤してきたフィオナは、変なものを両手で抱えていた。


「なにそれ、どうしたの?」

「ちょっとした洗濯機でも作れないかと思ってね。手荒れが大変でしょう」

「洗濯木?」


 確かにフィオナが持っているのは木のたらいだ。

 洗剤液を作ったり、洗い物が少ない時など、洗濯場では何かとよく使われている。


 その木のたらいに蓋がついているのはまだ分かるが、蓋から伸びる棒は用途不明だった。


「それっぽいのを作ってはみたんだけど、上手く回らなくて」


 フィオナは謎の棒を掴んで、蓋の上で円を描くように回した。

 たらいはガゴッ、ガゴッ、と何かに引っかかるような音を立て始める。

 一体何が起こっているのだろう。


「何かがどこかに引っかかってるみたいなんだよね。でも回らないことはないから、試してみようかと思って持ってきた」

「なになに、どういうこと? 話が全然見えない」


 溜め池の側に洗濯木を置いたフィオナは一瞬きょとんとした後、「そっか」と言って蓋を外した。


「えーと、この中に洗濯物と水と洗剤を入れて、蓋をして取っ手を回すの」


 どうやら中は二重構造になっているらしい。

 内側は細い木を組んだ籠状で、取っ手と噛み合わせて内側だけ回転させる仕組みのようだ。


「フィオナってもしかして……すごく頭がいい?」


 籠の網目のおかげで洗剤が泡立ち、中で洗濯物同士が擦れて汚れが落ちる。

 水を取り替えればすすぎが、水を抜けば脱水までと、冷たい水に手を晒すことなく洗濯ができる道具だ。


 こんなものを発明できる天才が、なぜ洗濯場のメイドなどやっているのだろう。


「そんなことないよ。引っかかる部分が重いから、普通に今まで通り洗った方が楽かもしれない」

「あたしにも見せてもらってもいい?」

「うん」


 蓋と本体、それぞれ見てみると、それほど複雑な構造ではないことが分かった。


「ちょっと分解するのは?」

「いいよ」


 部品で組み立てているのではなく、力技で組み立てたものがあるらしい。

 どう見てもここが上手く回らない原因だろう。


 小屋にひとっ走りして道具箱から小刀を持ち出した。

 ついでに、近くの木から小枝をこっそり頂戴してくる。


 たらいを削って溝を作り、短く切った小枝を部品代わりに組み立て直す。

 すると、先程よりも引っかかりなく回るようになった。


「アルマの方が天才では?」

「まっさかぁ。前に家具屋で働いてたことがあるってだけだよ」


 掃除や洗濯が主な仕事だが、職人の手元を見る機会も多かった。

 その時のことを思い出しながら少し調整してみただけで、天才はここまで形にしたフィオナで間違いない。


「そんなことより、さっそく使ってみようよ」

「うん!」


 この日から洗濯木は、みんなが取っ手を回したがる人気者となった。



 使用人の頂点に君臨する家令が何故か、末端使用人の集う洗濯場の小屋にいる。

 こほん、と咳払いをした後に、アルマを絶望に落とすようなことを言った。


「例のたらいを作った者、前に出なさい」

「えっ!?」


 思わず声に出てしまい、とっさに口を手で覆う。


 領主が洗濯木を見に来るという前代未聞の知らせを受け、城の洗濯機能を守るために小屋の中へ避難していた。

 それが仇となり、集まった全員の視線がアルマとフィオナに向けられた。なんと薄情な。


「そこの二人か?」

(クビかな……)


 洗濯場のメイドごときが楽をしようとしたのがいけなかったのだろうか。

 部品に使った小枝だって、元を辿れば領主の持ち物となる。


 アルマが行ったことは窃盗にも近い。

 ここアルガルド領で貴族の持ち物を盗むとどうなるのだったか、上手く思い出せなかった。


「……」

「……」


 ちらりと見れば、さすがのフィオナも顔を伏せている。

 しかし無言の圧力に耐えきれなくなったのか、小さな声で「私です」と白状した。


「旦那様がお呼びだ。可能な限り質問にお答えするように」

「はい」


 可能な限りなど、気をつかっているようで無茶な注文だった。


 フィオナはバケモノ辺境伯と呼ばれる領主が怖いのだ。

 だから城での仕事も短期の契約となっていた。


 もう少しで契約期間が終わるのに、その前に駄目になってしまうかもしれないなんてひどすぎる。


「あのっ、あたしもです!」


 出口に向かう家令とフィオナの背中に、アルマは叫んだ。


「あたしも洗濯木作りに協力しました! だからあたしも一緒に行きます!」

「よろしい。来なさい」


 大きく息を吸い込んで、考える前に一歩を踏み出す。

 驚いたような顔のフィオナには、安心させるように頷いて見せた。


(大丈夫。フィオナ一人に怖い思いはさせないから)


 だって、フィオナはアルマの後輩だ。

 フィオナを守るのはアルマの仕事だ。


 万が一クビになるとしても、その時は二人一緒だ。

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