【小話】角のゆくえ(書籍発売記念)
「ベリオン!?」
定期的に行っている砂漠遠征から戻ると、出迎えたラフィーナの声がアルガルド城に響いた。
「ど、ど、どうしたんですか……その角……」
ぷるぷると震えるラフィーナの指が、角付き姿のベリオンの頭部を指し示す。
ベリオンは馬にくくりつけていた荷物から黒くとがったものを取り出し、言った。
「折れた」
「折れたっ!?」
砂漠の魔物との交戦中、避けきれないと判断した攻撃を角で受け止めた。
結果、角が一本、半分のところで折れたのだった。
飛び上がったラフィーナだったが、すぐにベリオンの手にあるものがくだんの折れた角だと理解したらしい。
「血が出たでしょう。痛くなかったですか? 手当は受けましたか?」
たかが角が折れただけだというのに、ラフィーナは不安げに瞳を揺らしている。
「ああ。もう血も止まっているし、大丈夫だ。なんともないよ」
「本当に? よかった……」
安堵したように息を吐くラフィーナが身を寄せてきたので、ベリオンもその柔らかい身体を抱きしめた――それが、数週間前のこと。
この日、ベリオンは人の姿で執務を行っていた。
席を外していたラフィーナが執務室に戻り、ベリオンが顔を上げると、妻は満面の笑みで言った。
「誕生日おめでとうございます、ベリオン」
「誕生日?」
「はい。今日がベリオンの生まれた日ですよ。お城の記録に書いてありました」
聞けば、ラフィーナの前世では誕生日を祝う習慣があるのだとか。
この国では生まれた日はあまり重視されないので、みな自分の生まれた季節をなんとなく把握している程度だ。
「ベリオンが生まれてきてくれた日をお祝いさせてください。プレゼントも用意しました」
「ありがとう、ラフィーナ」
そんなわけで誕生日と言われてもいまいちピンとこないベリオンだったが、ラフィーナの気持ちはとても嬉しい。
愛する妻からのキスを頬に受け、贈り物の箱を開ける。
そして、ぴたりと動きを止めた。
「これは……」
革張りの箱に収められていたのは、短剣用の鞘だった。
艶のある黒に金の装飾が施されているが――ベリオンの目にはどうしても、その黒があるものに見えてならない。
「まさか」
「そう、ベリオンの角で作った鞘です!」
そのまさかだった。
「折れた角がどこかに消えたと思ったら……」
「プレゼントはまだありますよ。鞘を作った時に出た角の粉末で作った薬です! 竜の角は妙薬になると相場が決まっていますからね」
訳の分からぬ言葉はもはやベリオンの耳には届かない。
どういう反応をしたらいいのか分からず、固まるしかなかった。
効能不明の薬(という名の削りカス)はともかく、鞘は結構かっこいいと思ってしまうのがまた困る。
角の湾曲を利用してなかなかいい具合に仕上げているではないか。
ベリオンが感情の行き場を見失っていると、ラフィーナの眉がしゅんと下がった。
「気に入りませんでしたか?」
愛する妻が悲しんでいる、どうしよう、とベリオンが慌て始めた時――
「……オン。ベリオン」
優しく肩を揺すられ、意識が浮上する。
「ベリオン」
「……ん」
目を瞬かせると目の前にはラフィーナの顔。悲しそうに眉尻を垂れさせてはいない。
「少しうなされてるみたいでしたよ」
「寝てたか」
どうやらうたた寝をしていた上に、見ていた夢は悪夢であったらしい。
執務室を見渡すと、机の隅に折れた角が無造作に置いてある。
角が折れたところまでは現実、鞘や薬に加工されたのは夢の中だけのようだ。
ほっと息を吐く。
安心したらまた眠くなってきた。妻を誘って二度寝でもしようかと目論むベリオンに、ラフィーナが言う。
「ところでベリオン。折れた角なんですが、作りたいものがあるので、もらってもいいですか?」
「っ!?」
悪夢が正夢になりそうな気配に、ベリオンの意識は完全に覚醒したのだった。
本日5月2日、
『転生令嬢、結婚のすゝめ~悪女が義妹の代わりに嫁いだなら~』
の書籍が発売となりました!
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