【小話】ラフィーナは元社畜(コミックス②発売記念)
コミックス2巻が発売されました!
コミックスにはなろうに掲載していないお話も描いていただいたので、ぜひ読んでいただきたいです。
タコに感謝などをしています。
※イカ、コミックスとも前話の現代IFとも関係ない小話となります。
写真でベリオンの姿が元に戻って少しした頃。
「お茶の用意が調いました。少し休憩なさいませんか?」
「ありがとうイスティ。これだけやったらいただきますね」
言いながら書類に目を通し、素早く署名を入れる。
ペンを置いてお茶の支度をしているイスティの元へ向かうと、ビクターが執務室にやってきた。
「奥様。ガラス板についてご希望通りの手はずが整いました」
「よかった!」
呪われていたベリオンが写真によって人の姿に戻れるようになったのは、つい先日のこと。
バケモノ姿も便利だと言っていたベリオンのことだから、今後もたくさん写真を撮っては割ることだろう。
ガラス板の安定供給が必要だと思ったラフィーナは、ビクターに頼んでガラス職人に話をつけてもらっていたのだ。
「ありがとうございますビクター。お手数おかけしました」
そう言うと、ビクターとイスティが互いに視線をかわしてから、ラフィーナに向き直った。
「奥様にお願いがございます」
神妙な声だった。
「何でしょう?」
「なんと申しますか……わたくしどもにそのような丁重な物言いをされるのは、おやめいただけないかと思いまして……」
「使用人にはもっと楽にお話しいただきたいのです」
「え? 丁寧?」
ラフィーナは二人の言葉に首をかしげた。
「私、丁寧ですか?」
「ええ、とても」
「もしかして無自覚でいらっしゃるのですか」
「あんまり意識してなかったです」
だが、言われてみるとその通りだったかもしれないと思う。
前世では仕事、仕事、仕事だったので、口を開けば基本は敬語だった。
砕けた話し方をする相手と言えばたまに会う友人やごく親しい同僚たちだけ。
当時の癖が抜けず……と言うか、当時を思い出してしまった今、ラフィーナがフランクに話す相手はアルマたち洗濯場のメイドくらいな気がする。
「分かった。じゃあ、こんな感じでどう?」
明らかにほっとした様子の二人とその後も話を続けていると、執務室にベリオンがやってきた。
「ベリオン、おかえりなさい。視察はどうでしたか? ああイスティ、ベリオンにもお茶をお出ししてくれる? ビクターはこの書類をお願い。よろしくね」
「はい、奥様」
「…………」
ラフィーナの指示で散るビクターとイスティを、ベリオンは信じられないものを見ているような目で凝視している。
「ベリオン? どうしましたか?」
しばし、二人の消えた扉を見ていたベリオンだったが、やがて顔をキッと引き締め言った。
「私にもあんな風に話しかけてほしい」
「あんな?」
「だからもっと、気さくな感じで」
まさかベリオンも敬語のことを言っているのだろうか。
そう気がついた瞬間、ラフィーナは即答していた。
「無理です!」
「な……なぜだ! 私たちは対等な立場だ!」
「それでも無理ですっ」
ベリオンの懇願を真正面から受け、ラフィーナは手で顔を覆った。
ゲームに負けてベリオンの名前を呼ぶようになったが、それだってようやく慣れてきたところだ。
その上敬語も止めろとは無茶な話である。
(これ以上はダメ……私たちは親しい関係なんだって、勘違いしてしまう)
ベリオンとこれ以上親しくなりたくなかった。
適切な距離を保った上司と部下でいたい。
そうでなければ、離れがたくなってしまう。
「……分かった」
あっさり引き下がったベリオンにほっとして、ラフィーナは顔を覆っていた手を外した。
しかし、目の前にはラフィーナを見つめて微笑むベリオンがいる。
お願いを速攻で断られたにしてはまんざらでもなさそうな顔だ。
ラフィーナはなんとなく嫌な予感を覚えた。
「君が慣れてくれるまで待つよ」
「えっ?」
「時間はあるんだ、少しずつ距離を縮めていくのも悪くはない。私は我慢強い自負もあるからな」
「なんっ!?」
柔らかな微笑みの中に鋭い光を見た気がして、ラフィーナは今日もまた、洗濯場へと走ったのだった。