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【現代IF】2 紅葉狩り

「杉山さん、こっち」


 らんながカフェに入ると、すぐに声がかかった。


「南雲さん。お待たせしました」

「いや、俺も今着いたばかりだから」


 その言葉を証明するように、らんなが着席すると同時に、先に注文していたらしいコーヒーが運ばれてきた。

 らんなも同じものを注文する。鞄を置いたところで一息ついて顔を上げると、目の前の南雲響一と目が合った。


「髪、切ったんだ。似合ってる」

「あ、そうなんです。ありがとうございます」


 今日の午前中に切ったばかりだ。

 久々の美容室な上、鎖骨まで短くするのはいつぶりか思い出せないほど。人生初のヘッドスパもしてもらった。

 これもやりたかったうちの一つ。らんなのウィッシュリストは少しずつ埋まっている。


 午後からは響一と映画を見に行く予定で待ち合わせをしていたのだが、コーヒーを一口飲んだ彼から急な提案があった。


「せっかくの新しい髪型だから、映画じゃなくて別の場所に行かないか?」

「別の場所ですか?」

「真っ暗な映画館はもったいない気がしてきた」


 新しい髪型はらんなも気に入っている。バッサリ切って心も体も軽くなった気がする。

 それに、今まで長い髪を後ろで一つ結びにしているばかりで、髪型の変化に気付いてもらえるということもなかった。会ってすぐに髪型を褒められてちょっと、いやかなり、うれしい。


(映画は公開している間に見られたらいいかなぁ)


 急な予定変更のライブ感にもわくわくして、らんなは響一の提案に頷いた。


「いいですよ。どこにしますか?」

「紅葉狩りはどうだろう。ここ、今が見頃みたいだ」


 響一は素早くスマホを操作して、出てきた画面をらんなに差し出した。

 ここから近くもなく遠くもない紅葉狩りの名所が映し出されている。毎年秋になると時々同僚たちからも話しに聞く場所なのだが、らんなは足を運んだことがない。


「行ってみたかったところです」

「決まりだな。映画は今度にしよう。再来週は空いてる?」

「ええと……はい、大丈夫です」


 さくさくと代わりの予定も立てて、スケジュールアプリに入力する。らんなの分のコーヒーも運ばれてきて、その一杯をゆっくりと飲みつつも、らんなは警戒を怠らない。


「そろそろ行こうか」

「はい。あの今日は私! が……」

「気持ちだけありがたくいただくよ」


 さっと伝票を手にした響一が、うなだれるらんなを置いてレジへ行ってしまった。


 洋菓子店でケーキを譲ってもらって以降、会うたびに響一にごちそうされている。今日こそは、とテーブルの端に置いてある伝票に意識をやっていたのだが、響一に先を越されてしまった。リーチ()の長さが違う。

 レジに追いついたらんなからの無言の圧力を受けて、響一が苦笑した。


「ありがとう。でもこのくらい俺に出させてくれ。ほら、車に乗って」

「…………はい。よろしくお願いします」


 らんなは大人しく響一の車に乗り込む。

 目的地には山の方へ一時間も走らせた頃に到着した。大きな公園で、ちょっとした滝や池に橋がかかっている。その周りを真っ赤な紅葉が埋め尽くしていて、圧巻の眺めだった。


「すごい、綺麗ですね」

「ああ。夜はライトアップもしてるみたいだな」

「夜は幻想的なんでしょうねぇ」


 とはいえ、昼も十分すぎるほど綺麗だ。

 らんなは歩きながら隣の響一と紅葉を見比べて、思わず感心した。


「南雲さんの髪って、本当に赤いんですね」


 さすが校長に保護者を呼び出されるほどである。

 立ち止まった響一が自分の髪を一房つまみ、それから周囲の紅葉を見て、苦笑する。


「紅葉と比べたら黒いだろ」

「綺麗な色です」

「……そうか?」


 釈然としない様子の響一を置いて、らんなは先を歩く。すぐに響一が追いかけてきたかと思った瞬間、らんなの手が硬いものにぶつかった。


「いたっ」


 歩くらんなの手が、追いかけてきた響一の腕時計にぶつかってしまったようだ。

 時計にはさっぱり詳しくないが、まかり間違っても安物とは言い難そうなピカピカの腕時計だ。


「ご、ごめん。大丈夫か?」

「すみません……時計、傷とかついてないですか?」

「時計なんていいから。君は? 怪我してないか?」

「大丈夫です。驚いて大げさな声出しちゃいました」

「そうか。よかった」


 二人は気を取り直して、再び歩き始めた。公園をのんびり一回りする頃には陽が傾き始めていたので、近くの蕎麦屋で夕食を食べてから帰ることにした。ここの会計こそはと思ったのだが、またもや響一に先を越された。


「今日はありがとうございました」

「こちらこそ」


 月が出る頃、車は静かにらんなのアパートの横に止まった。火事で焼け出された後、急いで見つけた狭い家だ。

 らんなはすぐに車を降りず、鞄から財布を取り出した。


「今日はたくさん運転してもらったので、少しお礼をお渡ししたいです」

「そんなもの、いらない。気にしないで」

「そう、ですか……」


 鞄に財布をしまいながら、らんなは声を落として続けた。


「……再来週の映画、行くのやめます」

「他の予定があった? それなら別の日にしようか」

「別の日にも行きません。もう南雲さんとはお会いしません」

「……え?」


 運転席の響一が目を見張る。らんなに何を言われたのか、なぜこんなことを言われたのか、まったく分かってなさそうな顔だった。


「あの……ごめん。気に触ることをしたなら謝るから、もう会わないなんて、言わないでくれ」

「じゃあ、私にもお金を出させてもらえますか?」

「え? お金?」


 オウム返しの響一にらんなは頷いた。


「私にお金を出させてもらえないなら、南雲さんとはもう会いません」

「いや、でも」

「ご存じの通り私には借金がありました。毎日の生活は楽じゃなかったし、保険がおりたとは言え火事で色々失いましたし。南雲さんが何者かは知りませんけど、南雲さんに比べたら吹けば飛ぶような庶民です、私は」

「そんなことは……」


 自分がふてくされていることは自覚している。こんな八つ当たりみたいな物言い、親切心でこうしてくれているだろう響一に申し訳ないとも思う。

 しかし、らんなはらんななりに自立して生きていきた。社会の厳しさも人並みに経験してきたつもりだ。

 無条件に与えられるものなんか存在しないと分かっている。一時的にそんな関係があったとしても、きっとすぐに破綻するだろうことも。


「対等な関係になれないならもう会いたくないです。今までありがとうございました」

「ま、待って……」


 響一の言葉を待たず、頭を下げて車を降りる。部屋に向かっていると、追いかけてきた響一に腕を取られた。


「らんな! ごめん!」


 短い距離だというのに、響一の赤い髪が乱れている。らんなを見つめる目が必死で、掴まれた腕を振り払う気にはなれなかった。


「ごめん。何というか……君の気持ちをないがしろにしていた」


 足を止めて向かい合う。響一は肩を落として、すがるようにらんなを見ていた。


「嫌なところがあれば直す。他にもあれば言ってほしい。だから、再来週は……」


「映画……」と消え入るように続けて、響一はらんなの答えを待つように口を閉じた。

 男性で、きっとらんなより年上で、明らかにらんなの何倍も稼いでいそうな響一のプライドを傷付けてしまっただろうと思っていた。向こうからもう願い下げかと覚悟していたのだが、そうではなさそうだった。


「南雲さんの気に入らないところなんてありませんけど、お金に関してだけは別です。南雲さんとは、できれば、対等な友人でいたいので」

「…………分かった」


 間は長かったが、響一がはっきりと頷いた。それを見たらんなも緊張を緩める。


「それじゃあ、再来週の映画、楽しみにしてます」

「……ありがとう」

「おやすみなさい。帰り道、気をつけてくださいね」

「ああ、おやすみ」


 響一に見送られて部屋に戻ったららんなは、窓の外から彼の車を見送った。


(南雲さんには失礼なことを言っちゃったけど、分かってもらえてよかった)


 社会人になってから友達を作るのは難しい。寝る間を惜しんで働いていたらんなに仲のいい同僚はいても、友達はもうほとんどいない。だから、最近知り合った響一と仲良くなれて嬉しかったのだ。

 与えてばかり、与えられてばかりの関係では友達にはなれない。妙なことになる前に方向性をただせて本当によかった。


 らんなは鼻歌を歌いながら、風呂場へと向かった。



 一方、帰路についた響一は赤信号で止まると、そのままハンドルに額をつけてうなだれた。

 

「友人、か……」


 結構アピールしてるつもりだった。紅葉狩りでも、本当は歩きながら自然と手を繋ぐつもりだったのだ。彼女の手が腕時計にぶつかり、まさかの大失敗に終わったが。


 ――南雲さんとは、できれば、対等な友人でいたいので。


 あの場は頷くしかなかった。

 いくら苦労の多い彼女の力になりたいと考えていても、もう二度と会ってもらえなければ話にならないのだから。

 これでよかったのだとは思う。しかし。


「…………」

 

 顔を上げて、あの後ポケットにしまっていた腕時計をつけ直した。


「はぁ……」


 信号が青に変わる。

 深いため息を吐きながら、ゆっくりと車を発進させたのだった。

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