【小話】ケーキを2個食べたいラフィーナ
ある日の午後。
執務中のベリオンとラフィーナの元に、ビクターがお茶の用意とともにやって来た。
今日の茶菓子は色とりどりのケーキだ。
アルガルド特産のレモンを始めとした柑橘類のケーキが多い。
他にもベリー、チョコレート、ナッツにタルト、パイ、シューと専門店並みの品揃えである。
新しく雇い入れた菓子職人が城主夫妻の好みを知りたいということで、色々と作ってみたのだそうだ。
「どれになさいますか?」
ビクターに問われたベリオンは、ちらりと横のラフィーナを見た。
ラフィーナは目を輝かせてケーキを眺めている。
なかなか一つにしぼり切れないようだ。
「ベリオンはどれにしますか?」
「君が先に選んでいい。一つじゃなくてもいいんだろ、ビクター?」
「ええ。お好きなものを、お好きなだけ」
ラフィーナに犬の尻尾が生えていたら、左右に大きく振られていただろう。
「じゃあ……これと、これ」
一つはカットしたみずみずしい柑橘類を、柔らかそうな生地とクリームの上に乗せたもの。
もう一つはチョコレートクリーム、カスタードクリーム、パイ生地を交互に重ねたもので、中には砕いたナッツも入っているらしい。
指差したのはその二つだけだった。
「もっと選べばいいのに」
「二つがいいんです」
銀のトレイから皿にケーキを移し、お茶の用意を整えたビクターが部屋を去る。
ベリオンが選んだものはレモンとチーズを使ったもので、ケーキというよりムースかババロアのようだった。
さっぱりしていて口当たりはなめらか。甘みの中にほんの少しの塩味も感じられる。
甘いものが苦手な人や、食後の口直しにもちょうど良さそうだ。
三人がけソファの隣ではラフィーナが静かにケーキを食べていた。
柑橘類の方を一口食べ、お茶を飲んでからチョコレートの方も一口。
終始無言だが、「美味しい」の表情でケーキを堪能しているようだ。
と、思ったのだが。
「……うっ」
ラフィーナは突然、真顔になった。
口に合わないのだろうか。
それでもケーキを口に運ぶ手は止まらない。
「……無理して食べない方がいい」
「ごめなさい、おいしいんです、けどっ」
堪えきれなくなったように、青い目からじわりと涙がにじむ。
瞬きと同時に白い頬から顎へと伝い流れているが、それでもケーキを食べ続け、二つとも完食した。
すっきりするよう、二杯目はハーブ入りのお茶を淹れる。
それから少ししてラフィーナが語ったのは、彼女の前世のことだった。
火事の煙に巻かれる前、ケーキのことを考えながら眠りについたらしい。
普段は一つですら我慢しているケーキを、翌日は特別な誕生日だからと、二つも。
どのケーキを選ぼうかと楽しみにしながら寝たのだと。
アルガルドで毎日しっかりと食事を取り、執務の合間にはお茶とともにお菓子を食べていたのだが、たくさんある中から好きなものを選んでいいということで、前世のことを思い出したようだ。
「すみませんでした。突然みっともないところをお見せしてしまって」
「私の前ではそんなこと気にしなくていいんだ。ただ……」
「……ただ?」
まだ少し赤い目にじっと見つめられて、今度はベリオンが胸中を白状することとなった。
できることなら、死にゆく以前の彼女を助けに行きたかった。
その気持ちに嘘はないが、実際にそんなことは不可能だということに安堵している自分もいる。
彼女がその時に死ななければ、今この時代でラフィーナと出会うことはできなかったかもしれない。
ベリオンにはそれが恐ろしくてたまらない。
正直に言ったベリオンをしばし見つめた後、ラフィーナはふわりと微笑んだ。
「ベリオンと会えたので、私はこれで良かったと思ってます。でももし前世の私をベリオンが助けてくれたとしたら、そこにベリオンがいるってことじゃないですか。私たち、あちらの世界でも結婚してたかもしれませんね」
「……」
目尻と一緒に頬まで赤く染めて微笑む彼女に、返す言葉を失った。
まったく、ラフィーナには敵わない。
たぶん出会った時から、一度も彼女に敵ったことなどないのだが。
他にもやり残したことはあるだろう。
それを一つずつ、全て叶えさせてやりたいと思う。
今世の分と合わせたらきっと時間が足りないだろうから、続きは次の人生で。
「……もし来世があるなら、次も私と結婚してくれるか?」
「はい。楽しみですね」
その時もその先も二人であるよう、心の底から願った。