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魔物は

 休憩室ですら煌々とした灯りを惜しまない王宮。

 よく似ているとは言え髪や目の色、顔立ちの違いは、並んで立てば一目瞭然だ。


 振り向いた姉妹の顔が入れ替わっていることにもすぐに気がついたのだろう。


 父は目を見開いている。

 母はソファの上で気を失い、アダムは口元を押さえた。


 三人の様子に首を傾げたカトリーナは、ふと窓を見た。


 日が落ちて真っ暗な今、ガラスは室内を鏡のように映している。

 窓に近づき、映り込む自分の姿を見てから、手にしたガラス板――姉妹の写真に視線を移す。


 一拍の後。


「いっ、いやあああ! いやっ! 見ないで!」


 手で顔を覆い、その場にうずくまった。


「やだ、どういうこと……どうして、あ、あれは気のせいじゃなかったの? どうして、わたしの顔が!」


 取り乱すカトリーナをもってしても母は気を失ったまま、指先一本動かさない。

 アダムはふらつく足取りで部屋を出ていってしまった。


 父は視線をカトリーナからずらさないまま、ぽつりぽつりと言った。


「辺境伯……あなたは、魔物の……呪いで……」

「ええ」

「……ラフィーナも魔物の呪いを?」

「断言はできないが、可能性がある」

「その、魔物、とは……」


 その先をベリオンは答えなかった。


(魔物は、カトリーナだったの……?)


 ラフィーナは立ち尽くしたまま、呆然と義妹を見た。


 人間にしか見えないのに?

 カトリーナがラフィーナに呪いをかけた?

 だから顔が入れ替わった?

 呪いをかけるほど恨まれるようなことをした?


 一つ分かった代わりに、いくつもの新しい疑問が生まれてくる。

 ラフィーナも長く息を吐いて、うつむいた。

 その背中をベリオンが優しく撫でる。


「……ぅ、ちが、……っすん、わたし、は……っ」


 カトリーナのすすり泣きだけが聞こえてしばらくして、廊下の騒がしさに最初に気がついたのはベリオンだった。

 つられたラフィーナも視線を上げる。


 アダムが出ていった際に開けっ放しとなっていた扉から、そのアダムが戻ってきた。

 後ろから焦った様子の衛兵が追いすがっている。


「卿! 落ち着いてください、王宮に魔物は入れません!」


 アダムは顔色を失い、能面のような表情をしていた。


 その手には何か長いものを握っている。

 先程まではそんなもの、持っていなかった。


「どうか剣をお返しくださいアダム卿! あなたが罰せられます!」


 剣。

 銀色に光る切っ先を部屋の奥、カトリーナに向けている。


 バネのような踏み込みを見て――考えるより先に、身体が動いていた。



 カトリーナが、その名を与えられる前のこと。


 実の父は魔物を狩る戦に無理やり駆り出され、二度と帰らなかった。

 実の母は仕事を得るために娘を連れて王都へ移動したが、途中で力つき倒れた。


「幸せになって」


 それが最期の言葉だった。


 地面に倒れ動かなくなった母は、少しして身体が灰となった。

 まだ幼かった娘には、なぜ母が灰に変わったのか、その意味が分からなかった。


 灰の前に座り続ける娘に声をかけたのは、二人組の男だった。


「どうした、魔物に襲われたのか」

「まさか嬢ちゃんが倒した?」

「んなわけないだろ。まだ十にもなってなさそうな女のガキが」

「だよなぁ」


 一人が母だった灰に片腕を突っ込む。

 しばらくして出てきた手には、手のひらに収まるほどの透明な石が握られていた。


「よっしゃ!」

「おいおい、運がいいな」

「こいつを倒したやつ、どうしたんだ? おい嬢ちゃん、何か知らないか?」

「お前はどうしてここにいる? 誰か待っているのか?」


 娘は全ての質問に、首を横に振った。

 困り果てた男たちが頭を掻きながら言う。


「仕方ねぇな……王都まででいいなら一緒に行くか?」

「おい、犬猫じゃないんだぞ。簡単に拾うな」

「残していっても寝覚め悪いだろ。で、どうする?」


 娘は、今度は首を縦に振った。

 王都は母と目指していたところだ。

 そこに行けばいい。


「よし。じゃあ付いて来い」


 男たちの馬に揺られ、何度か夜と朝を迎えたら、王都に着くことができた。

「これからどうするんだ?」と男が聞くので、母から取り出した石を返すよう言った。

 すると大きな声で怒鳴られたので、怖くなって走って逃げ出した。


 初めて来た王都で、雪の降る中、あてもなくさまよい歩いた。

 そうしているうちにオーレン侯爵家の庭に迷い込み、数日後には養子として迎え入れられることになった。


 新しい両親だけでなく、姉までできた。

 もう着るものも、食べるものも、住むところにも、何も心配しなくていい。


 けれどなぜか、ずっと何かが足りない気がしている。

 胸に開いた穴が塞がらない感覚――これは社交に出るようになり、男と過ごせば、その間だけは満たされた気がした。


「カトリーナ!」


 義姉の声が聞こえた。

 重かった身体がほんのすこし軽くなる。


(お姉様……わたし、お姉様みたいになりたかっただけなの……)


 広くて温かい家、肌触りのいいドレス、優しい両親に婚約者。

 カトリーナは何一つ持っていないのに、ラフィーナは全てを持っている。


 カトリーナにとって、ラフィーナは幸せの象徴だった。

 だから、ラフィーナになれば幸せになれると思った。


 愛されるその見た目をもらい、愛されるその名を口にすれば、誰もが嬉しそうに寄ってきた。

 両親をもらい、婚約者をもらい、居場所をもらい、カトリーナはラフィーナに成り代わった。


 嫁いだ義姉は実家にいた頃よりもっと幸せそうに見えた。

 だからその場所も、もらいたかった。


 実の母に言われた通り、幸せになるために。


「カトリーナ、目を開けて、カトリーナ!」


 先程のバケモノ辺境伯と養父の会話。


 バケモノ辺境伯は魔物の呪いで姿を変えたが、ガラス板に呪いを封じることで元の姿に戻ることができたのだという。


 姉妹も姿を変えた。

 姉妹で交換したかのように、顔が入れ替わった。

 つまり、呪いがガラス板に封じ込められた。


 もう、カトリーナにも分かっていた。


 幸せになりたい、義姉になりたいと願えば願うほど、少しずつ変わっていった自分の顔。

 ガラス板に封じられたのは魔物の呪い。

 灰となり、魔核を残して消えた母。

 その娘である自分。


 人ではない。




 魔物だ。

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