表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/41

結婚式

 昼を少し過ぎた頃、目的地に到着した。

 アルガルド辺境伯の住まう、アルガルド城だ。


「お待ちしておりました。奥様」

「出迎えをありがとうございます」


 出迎えた使用人たちの後ろには、どこまでも続くような青い空と大きな城がある。


 国の最南端、砂漠との境目。

 砂より生まれる魔物から人を守る白亜の城。


 美しく壮大な光景だ。

 スマホがあれば写真を撮りたいと思うほどなのに、ラフィーナは死に体だった。


 数週間に及ぶ馬車の旅で身体は疲労困憊。

 車のようにクッション性の高い座席もない。

 座面に申し訳程度の綿が詰めてあるだけで、背面は板が剥き出しのままだった。


 道路がアスファルト舗装されているはずもなく、車輪もむき出しの木で、ゴムタイヤのように衝撃を吸収してくれない。

 馬車はずっと揺れていて、頭も身体もあちこちにぶつけた。


 文明レベルによるものなのか、両親が馬車をケチっただけなのか。

 シートベルトもなく命の危険すら感じる中、ラフィーナを追い詰めたのは乗り物酔いだった。


(きもちわるい……)


 長旅のラストスパート、御者が少々急いで無茶をしたらしい。

 王都を出てから食欲を失い、今日も朝から何も食べていなかったラフィーナは、吐くこともできずに苦しんだ。


「どうぞこちらへ。奥様のお部屋でございます」


 吐き気を抱えたまま城の使用人たちに迎えられ、部屋に入った途端に身ぐるみをはがされた。

 なんと、結婚式の会場などはほとんど整っていて、あとは婚礼衣装に身を包んだ花嫁を待つのみなのだとか。


「到着したばかりで申し訳ございませんが、お急ぎくださいませ」

「はい」


 限られた時間で花嫁を仕上げるべく集まる女性使用人たち。

 ラフィーナは人形に徹するほかない。


 準備期間が与えられなかったため、用意してきた婚礼衣装は既製品だ。

 最初から若干サイズが合っていなかったが、辛い旅でラフィーナの身体はすっかりやせ細っている。

 ブカブカとなった衣装には女性使用人たちを困らせた。


 詰め物で補正しながらなんとか仕上げ、急かされるように聖堂へ案内される。

 ゆっくりと開かれた重そうな扉の先には、数少ない見届人たちと、何故かベールで全身を覆った辺境伯が待っていた。


(新郎がベールで顔を隠しているとは新しい。ベールというか、透けてないから……ただの布?)


 考えた直後、そういえばバケモノなのだったと思い出す。

 顔を隠しているということは概念系ではなく、見た目がバケモノと呼ばれる所以になっているのだろう。

 ちなみに、この世界の花嫁はベールを被らないし、ドレスも白に限らない。


 式は粛々と、そして早々と進められた。

 神官が神の言葉を述べ、夫婦となる男女に誓いを問う。


「ベリオン・アルガルド。あなたはラフィーナ・オーレンを妻とし、共に歩み、命ある限り愛することを誓いますか?」

「神聖なる契約と神の元に誓う」


 声は普通だ。


「よろしい。では、ラフィーナ・オーレン。あなたはベリオン・アルガルドを夫とし、共に歩み、命ある限り愛することを誓いますか?」

「神聖なる契約と神の元に誓います」


 事前に教えられていた通りの口上を述べる。

 頷いた神官は続けた。


「女神デルフィーヌの御前で、誓いを」


 これは誓いのキスをする場面だ。

 横並びで正面を向いていた辺境伯と向かい合う。


 改めて面と向かうと、辺境伯ことベリオンが相当大きいことに驚かされた。


 それに、ベールを被った頭の形がどうにもおかしい。

 帽子を被った上にベールを被っているのか、そうでなければ角や耳が生えているに違いない。

 帽子もしくは角か耳を含めた状態で、おそらく二メートル以上はある。


「……」

「……」


 首が痛くなるほど見上げているのだが、ベリオンは動かなかった。


「……領主様、お顔を」


 じれた神官が声をかける。

 それでようやく、ベリオンはベールを脱いだ。


「……!」


 ある程度の覚悟をしていたラフィーナも、さすがに息を飲む。


 見上げる先には大きく捻れた角が左右に二本ずつ、計四本も生えている。

 艶を消したような黒のそれらは金の鎖で飾り立てられていた。


 顔や首は鱗に覆われ、顔立ちも人間のものとは違う。

 ラフィーナの知っている言葉で表現するなら、恐竜に近い。


 布をふんだんに使い、宝飾品をいくつも重ね付けした豪奢な衣服の向こう側には、トカゲのような尻尾が揺れている。

 顔だけではなく尻尾も隠すために、超大判の布が必要だったらしい。


 さらに、足はダチョウのそれに似ていた。

 人ならざる関節に、爪先には頑強そうな爪が付いている。

 これでは靴も履けまいと、ラフィーナは変なところで感心した。


 視線を戻して見上げれば、鮮やかな寒色系のまだら鱗に、背中に届くほど長い真っ赤な髪。

 頬から耳にかけては一線の古傷がある。

 硬く尖った耳も例外なく、青にも紫にも見える鱗に覆われていた。


 それでいて深緑の目だけは人のものと同じだ。

 知性を感じさせる瞳とそれ以外の奇妙なちぐはぐさが、異形感を増している。


(これは……失礼ながら、バケモノと呼ばれる訳だわ……)


 純粋培養のお嬢様には確かに恐ろしい姿だろう。


 しかし、前世でそこそこのサブカルに触れていたラフィーナにはそれほどでもなかった。

 驚きはしたが、色彩の派手なリザードマンといった印象で、常識の範囲内だ。

 生理的な嫌悪感もない。


 悲鳴を上げるでもなく、逃げるでもなく、気を失うでもなく、ラフィーナは誓いを待っている。

 ベリオンは黒光りする鋭い爪の生えた手を伸ばした。

 ゆっくりとした動きには、決してラフィーナを傷つけないようにとする慎重さが感じられる。


 下手に動いて怪我をしないようじっとして、頬にベリオンからのキスを受けた。

 唇ではなく、おそらく鼻先を押し付けただけなのだろう。

 ひんやりした鱗はすぐに離れて、神官を促すように身体の向きを変えた。


 神官の用意した結婚証明書にそれぞれ名前を書く。

 ベリオンは長い爪の生えた手で器用にペンを操っていた。


「主よ。今ここに一組の夫婦が誕生しました。夫婦の永き旅路に多くの祝福を授けたまえ」


 城にたどり着いて約二時間。初めて顔を合わせて約十分。


 乗り物酔いを引きずったまま、ラフィーナはベリオンの妻となった。




 ――そして、初夜を迎える。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ