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義妹との再会

「走ってはダメでしょう。カトリーナ」

「だって」


 けぶるような金の髪、空の青を閉じ込めた瞳、庇護欲を掻き立てるような垂れた目尻。

 写真を撮って変わった姿と全く同じ顔だ。


 ミントグリーンのふわふわしたドレスに身を包んだカトリーナは、再会するなりラフィーナにしがみつくようにして顔をじっと見た。


「ともかく、久しぶりね。元気にしていた?」

「ええ。なんとか」


 なんとか、とは、良くも悪くも素直な妹にしては曖昧な表現だ。


 口にはできないが、思うところがあるのだろう。

 例えば少し前、鏡に映る自分の顔が嫁いだ義姉のものになっていた、とか。


 詳しく聞こうとするより先に、カトリーナを追いかけるアダムがやって来た。


「カトリーナ、急に走ったりしてどうした……、ラフィーナ? あなたも来ていたのか」

「ええ。私たちも陛下よりご招待をいただきましたので」


 アダムはきまり悪そうに視線を落とした。


「ラフィーナは……ええと、元気に」

「アルガルド辺境伯夫人」


 鋭い声がアダムの言葉を遮った。

 ラフィーナの隣にいたベリオンだ。


「アルガルド辺境伯夫人だ。妻の名を気安く呼ばないでもらいたい」

「妻って……なんですか、あなたは」

「彼女を妻と呼べるのは夫だけだが。そう言って分かってもらえるだろうか」

「……え? あなたが、辺境伯閣下?」


 アダムが何度も瞬きしながらベリオンを見た。

 その隣でカトリーナも怪訝そうな顔をしている。


「バケモノ辺境伯の?」

「カトリーナ。それは言葉が過ぎ」

「どうしましょう、全然バケモノじゃないわ!」


 咎める婚約者の声を遮って、カトリーナは言った。


「辺境伯がこんなに素敵な方だなんて知らなかったわ。だって、アルガルド辺境伯はバケモノだと皆が言うから。……でも本当は私が嫁ぐべきだったのよね?」

「カ、カトリーナ……」

「……」

「……」


 カトリーナは調子のいいことを言う。

 バケモノ辺境伯との結婚を押し付けた姉の前で、その姉から奪った婚約者の前で、そしてバケモノ辺境伯ことベリオン本人の前で、一体何を考えているのか。


(私と結婚し直すべき、なんて言うんじゃ……)


「私と結婚し直すべきだわ! お姉様が私のためと言って代わりにアルガルドへ行ってくださったけれど、やっぱりお姉様はアダム様とお父様の地位を継がなければいけませんもの。私、もう大丈夫ですわ、お姉様。育てていただいたご恩をお返しします!」


 アダムはカトリーナの言葉に衝撃を受けて固まっている。


 ラフィーナも急なめまいを覚えた。

 誰か、義妹の口を塞いでほしい。


「……ここでは目立つ。別室へ行こう」


 ベリオンの助け舟に、ぎこちなく頷いた。



 休憩室にカトリーナとアダム、オーレン侯爵夫妻が並んで座っている。

 各々の表情は全く違うが、懐かしい並び順に苦笑いがこぼれた。


(あの時は、家族の中にいながら一人ぼっちになったみたいで、悲しかったっけ)


 けれど今は、隣にベリオンがいる。

 視線を正面に向けたまま、テーブルに隠れた場所で手が触れ合った。


 カトリーナと結婚などしない。

 指先の熱がそう伝えてくるようで、ひどく安堵した。


「辺境伯閣下。結婚式にも参列せず、ご挨拶が今になって申し訳ない」

「それはこちらにも言えること。今日お会いできてよかった」


 オーレン侯爵とアルガルド辺境伯、父親と婿が初めての挨拶を交わす。

 手短に済ませたあと、オーレン侯爵はうっすらにじむ額の汗を拭いながら言った。


「失礼は承知だが、まさかそのお姿でお会いできるとは思っていなかった」

「ラフィーナを妻に迎えることができたおかげだ」

「ラフィーナの? それは一体どういう意味で? この娘は精霊術士のなり損ない。とても閣下のお役には立てるとは……」


 オーレン侯爵の言葉には無言のまま、ベリオンは懐からガラス写真を取り出した。


「まだ仮説の域を出ないものの、魔物から受けた呪いがこのガラス板に封じられている。これを割るとまた姿が戻ってしまう。この魔法具を作ったのがラフィーナだ」

「はぁ。このガラス板で」


 にわかには信じられない様子の両親に対して、カトリーナは写真に興味を持ったようだった。


「ガラスに絵を描くなんて素敵だわ! 透明感があっていいわね。下に当てる布の色で印象も変わるのね。わたしの絵姿も描けるのかしら?」

「君の姉君が作った魔法具を使えば一瞬だ。ラフィーナは精霊術士のなり損ないの役立たずではないのでね」


 じとりと睨まれ、両親が視線を逸らす。


「ねぇ、お姉様。その魔法具をわたしも使ってみたい」

「カトリーナ、でも……」

「お姉様と一緒がいいわね、そうしましょうよ!」


 カトリーナは魔法具としてのカメラの効果を信じていないのだろうか。

 ガラスの写真を割っても、何も起こらないと思っているのだろうか。


 そうでなければ、この流れで自ら写真を撮ってほしいなど言わないはずだ。


(カトリーナと私の顔が入れ替わったわけではなかったの? 手紙が来たのは偶然で、本当にただ会いたいだけだったのかしら)


 キャシーを呼び出し、カメラの前にカトリーナを立たせる。

 レンズを見るように指示しながら、ラフィーナはずっとそわそわとしていた。


(それを確かめるためにここに来たのだから、写真を撮る流れでいいはずなんだけど……)


 ラフィーナの顔だけが変わるのなら、まだいい。

 けれど、二人の顔が入れ替わったら。


(ベリオンは魔物の呪いを受けて姿が変わった。私も、知らないうちに魔物の呪いを受けて姿が変わったのだとしたら?)


 ラフィーナは魔物ではない。

 生まれ変わりのような特異な存在ではあるが、人間のはずだ。


(誰が魔物か……消去法で言うなら……)

「撮ルわヨー」


 キャシーの声が、ラフィーナの耳にだけ届く。


「笑っていればいいのよね? お姉様もにこってして」

「え、ええ」


 ホイ、と小気味よい声がした。


(カトリーナが)


 写真が撮れた。


「わぁ、すごいわ! 見て、お父様、お母様! アダム様も!」


 振り向いた姉妹を見た両親とアダムの表情が、固まった。

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