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舞踏会

 翌朝。

 ラフィーナはベリオンの尻尾を足枕代わりにしていることに気が付き、目を覚ました。

 尻尾の太さ、弾力、位置などが実にちょうどよい。


(いやいや、さすがにこれはいかがなものか)


 色気も情緒も何もない。


 足をそっとどかし、広いベッドの上で伸びてから起き上がると、ちょうどベリオンも目を覚ましたようだった。


「おはようございます」

「……おはよう」


 何度か瞬いてからラフィーナを映した目が細められる。

 尻尾のことなど忘れて、ラフィーナも頬が緩んだのだった。



 夕方の舞踏会に向けて準備を進める。

 この日のために用意されたドレスはラフィーナの落描きを元にしたものだ。


(ズバリ……チャイナ風ドレス!)


 全体の形は王都の流行に合わせているものの、あえて肩やデコルテを出さない中華風の立ち襟となっている。

 襟から胸元までは刺繍レースをあしらい、スリット入りのスカートは控えめなパニエで自然に膨らませた。


 髪は緩く巻いて一つにまとめ、赤みの強い口紅を引く。

 ドレスと同じレースの長手袋に透かし彫りの扇子を持てば、準備は完了となる。


「ラフィーナ、よく似合っている」

「ベリオンも素敵です……!」


 人の姿に戻ったベリオンも同じデザイン、共布の衣装をまとっている。

 銀糸で刺繍を入れた詰め襟に、南のアルガルドらしいゆったりとした裾の対比は、めまいがするほどの異国情緒にあふれていた。


 移動には馬車を使う。

 王都一等地のホテルから王宮までは非常に近いので、ラフィーナも馬車酔いする前に無事に到着した。


「アルガルド辺境伯ベリオン卿およびラフィーナ夫人!」


 高らかな声とともに会場へ足を踏み入れる。


 既に談笑を始めていた貴族たちは一斉に好奇の視線を向けてきた。

 受け取った招待状の名を読み上げた使用人ですら、一拍遅れて「え?」と振り向いた気配がある。


 王都でアルガルド辺境伯と言えば、おぞましい呪いを受けたバケモノ辺境伯だ。

 ところが王宮に現れたのは背の高い美丈夫である。

 誰もが驚愕に目を見開き、女性たちはぽっと頬を染めたが、そのベリオンの視線は会場ではなく隣の女性に注がれていた。


 腕を組んで並び立つ、辺境伯の妻ラフィーナ。

 熱のこもった視線を受けて平然と微笑む様子には、『王都の毒花』と呼ばれた余裕が見受けられた。

 ……実際には緊張しすぎて、貼り付けた笑顔が取れないだけなのだが。


 まずは真っ直ぐに国王の元へ向かい、深々と頭を下げた。


「国王陛下にご挨拶申し上げます。無精をしており申し訳ございません」

「構わない。楽にせよ」


 国王は白っぽさの混ざるひげを撫でながら、まじまじとベリオンを見た。


「懐かしい顔だ。偽物ではないのだな?」

「はい。幼い頃に陛下より短剣を賜った日のこと、忘れてはおりません」

「おお、おお。儂も覚えておるとも。アルガルドの小僧で間違いないようだ」


 好々爺然と笑った国王は、次にラフィーナを眺める。


「いやなに、それらしい偽物を連れてきたのかと言う者もいたのでな」


『王都の毒花』が赤の他人を夫だとうそぶいているのではないか。

 視線にそんな含みを感じて、ラフィーナはにっこりと無言のまま微笑んだ。


「私に素晴らしい妻をあてがってくださった陛下にはなんと感謝を申し上げればいいか。呪いが解けたわけではなく、一時的にこの姿に戻っているだけではありますが、こうして陛下に再びお会いできる姿となれたのも妻のおかげなのです」

「詳しく聞きたい」


 国王一家だけでなく、側にいた貴族も聞き耳を立て、固唾を呑んで見守っている。

 注目を浴びる中、ベリオンは一枚のガラス板を取り出した。


「こちらのガラスに、私の呪いが封印されています」

「ずいぶん精巧な絵だな」

「特別な魔法具を使用しておりますので。これを割ると呪いが戻ります」


 手渡されたガラス写真を眺めていた国王は、それをベリオンに返した。


「この話は後日ゆっくり話を聞かせてもらいたい。王都は久々だろう。存分に楽しんでいけ」

「かしこまりました」

「ありがとうございます、国王陛下」


 御前を下がり、挨拶待ちの貴族たちとすれ違いながら、軽食が用意された一角へ向かう。

 緊張でのどが乾いていた。


 二人で炭酸水を飲みながら辺りを見回し、義妹の姿を探した。


「来ているか?」

「今のところ見当たらないですね」


 この舞踏会で会いたいと手紙を送ってきたくらいなので、探さなくてもそのうち向こうから寄ってくるだろう。


(あの子、大丈夫かしら……)


 オーレン侯爵の養子となり、実の娘とわけ隔てなく育てられたとはいえ、それでもカトリーナとラフィーナは違う。

 いずれ迎える婿とともに爵位を継ぐための勉強をしていなかったし、その分教育は甘かった。


 彼女が出席していた社交の場もそれにふさわしい程度のものばかり。

 王家主催の舞踏会なんて今日が初めてのはずだ。

 事情を鑑みて遠慮することなく、純粋に嬉々としていそうなのが簡単に想像できた、その時だった。


「お姉様!」


 鈴のような声が響いた。

 人垣を縫って駆け寄るそのままの勢いでぎゅっと抱きつかれ、手から滑り落ちたグラスはベリオンが宙で受け止める。


「走ってはダメでしょう。カトリーナ」


 数ヵ月ぶりに会う義妹は、義姉の顔を見上げて嬉しそうに微笑んだ。

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