憂鬱なカトリーナ
「あーあ、退屈……」
カトリーナは窓の外を眺めながら、弱々しい声で呟いた。
今夜、近くの伯爵家で夜会が開かれると聞いていたのに、カトリーナは招待されなかったからだ。
前は義姉と一緒にカトリーナにも招待状が来ていた。
義姉が辺境へ嫁ぎ、アダムがカトリーナと婚約を結び直した頃から、招待の数が減ってしまった。
(これじゃ困るわ)
カトリーナ一人で夜の社交に出向くようなことは、オーレン侯爵夫妻もアダムもいい顔をしない。
アダムのパートナーとして一緒に行っても、自由に行動できないので意味がなかった。
(お姉様がいた時は良かったのに、どうしてこうなっちゃったのかしら)
義姉が王都にいた頃、カトリーナは夜会ごとにたくさんの男と会っていた。
彼らと過ごした後は身体が軽く、清々しい気持ちになれるのだ。
しかしそれは、やってはいけないことだと知っている。
だから義姉の名を借りた。
義姉は優秀な侯爵家の長女だから。義姉は愛されて幸せだから、彼女のようになればカトリーナも幸せになれると思ったから。
カトリーナの考えは当たっていた。
カトリーナとラフィーナはよく似ているので、一晩過ごした相手が姉妹のどちらかなどと、誰も疑わなかった。
両親はラフィーナをふしだらだと叱り、その反動に愛情をカトリーナへ傾けた。
義姉の婚約者はラフィーナを見限り、カトリーナに心を寄せた。
義姉のものは全てカトリーナのものになったのだ。
これで幸せになれたと、そう思った。
しかし、結果はこれだ。
婚約しているからなどと行動を制限され、思うように動けない。
男と過ごせないと、日に日に身体が重くなっていく気がする。
先日こっそり、舞踏会に忍び込んだことがある。
相手にはラフィーナだと名乗ったのだが、辺境にいるはずだと言って信じてもらえなかった。
化粧も、言葉遣いも、雰囲気だって、義姉そっくりのはずなのに。
『王都の毒花』がカトリーナだと知れるのは不味い。
危険を感じて、何もできず早々と帰宅する羽目になった。
婚約者のアダムはダメだ。
軽く誘ってみたらすぐに乗ってきたが、技巧がない。
剣や馬は嗜み程度だからか体力がなく、婚前だからと中途半端に遠慮しているのが面倒くさい。
それに何より、美味しくない。
「……お腹空いたなぁ」
何を食べても満腹になる気はしないが、食事の時間も近いので、食堂に向かうことにした。
「来たか、カトリーナ。話があるんだ」
「どうされたんですか? お父様」
食堂に入ると、両親が待ち構えていた。
何やらそわそわしている様子だ。
「これを見なさい。王宮からの舞踏会の招待状だ」
「毎年王家が主催しているものですよね?」
毎年社交シーズンの中頃に開催しているもので、国中の貴族が集まる夜会だ。
招待状はオーレン侯爵家にも毎年届いており、別に珍しいものではない。
しかし招待されるのは侯爵夫妻と、ラフィーナとその婚約者アダムだけで、カトリーナの名はない。
格式の高い催しなので貴族の子女というだけでは参加できないのだ。
婚姻している貴族、もしくは結婚が内定している婚約者同士のみが一人前とみなされ、参加が許されている。
そこまで考えて、はたと思い至る。
「今年はあなたも行けるのよ、カトリーナ!」
「ほ、本当ですね! 嬉しい!」
「よかったな。カトリーナは毎年羨ましがっていたもんな」
「はい! もうわたし、お留守番しなくていいんですね」
夜会だ!
カトリーナの心は色めき立った。
大きな会場にたくさんの人が集まれば、いくらでもはぐれたフリができるはずだ。
義姉も参加していておかしくないから、名を借りることも難しくないだろう。
妻か婚約者のいる相手だってカトリーナには関係ない。
男だって刺激のある遊びを望んでいるのだし、お互い様なのだ。
この気怠さもようやく払拭できる。
一足先に気分良くなってきたところで、両親も上機嫌に言った。
「もしかしたらこの日、あなたたちへの爵位継承権を陛下直々にお認めくださるんじゃないかしら?」
「そうだな。ラフィーナは陛下の命で嫁いだのだからな。カトリーナとアダム君には、特別な配慮がされるだろう」
「まぁ、よかった! 嬉しいですわ!」
爵位については別段興味はないのだが、それでも嬉しかった。
両親は娘の夫に爵位を継がせたがっていた。
アダムは伯爵家の四男で、継げる爵位がないために、オーレン侯爵の地位を欲しがっていた。
本来は義姉がアダムを婿とし、爵位や財産を継いでいく予定だったのだ。
それすらもカトリーナのものになるのだから、自然と顔もほころぶ。
(ああ、やっぱりお姉様は幸せだったのだわ)
義姉のものが、今や全て自分のもの。
カトリーナは幸せだった。