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魔核

 翌朝ラフィーナは、イスティに優しく揺り起こされてようやく目を覚ました。


 飲酒つきの夜ふかしに加え、罪悪感やらなにやらで眠れない夜を過ごしたので、少し寝坊した上に寝不足気味だ。


「本日は休まれますか?」

「いえ、ちゃんと起きます……」


 午前中にレモンの販売促進に関する会議が予定されている。

 朝食を抜かせば間に合うだろう。


 しかし、ベリオンが人の姿に戻ったのはつい昨日のことだ。

 集まった有識者たちが城に泊まっているはずなので、レモンの話はまたの機会になりそうな気がした。


「奥様。王宮より、三ヵ月後に開催される夜会の招待状が届きましたが、旦那様は欠席を検討されているそうです。それでいいか後ほど意見を聞きたいと」

「夜会……三ヶ月後……あぁ」


 毎年王家が主催している舞踏会のことだろう。

 ラフィーナも去年までは婚約者のアダムと参加していた。


(私としても欠席はありがたいわね。今年は両親の他にカトリーナとアダム様も参加されるだろうし、馬車酔いはひどいし)


 人格が入れ替わったおかげで図太さを得たとはいえ、家族と元婚約者に会いたいとは思わない。


 それに、移動に時間と手間がかかりすぎる。

 南の守護伯が長いこと領地を空けるわけにもいかないので、欠席は当然のことと言えた。


(向こうと時期をずらして、私がここで何か開いてみようかな?)


 ベリオンが人の姿に戻った記念のお披露目などはどうだろうか。

 何かの機会にきちんと周知しておくべきことだし、ベリオンの新しい奥さん探しにもいい機会となりそうだ。


(閣下にほの字なご令嬢を探して、私が全力でお膳立てするのよ)


 人の姿に戻ったベリオンに一緒に過ごそうと言われ頷いたのは接待だ。そして、あなたのことを意識してませんよ、とアピールするためだ。


 ラフィーナは形だけのお飾り妻で、部下である。

 どれだけ親しくても姉か妹か友人のようなものだと思ってもらえればいい。


 のろのろと身支度を整えながら、幸せな離婚と再婚を改めて固く誓うラフィーナだった。



「おはようございます、閣下」

「……」


 会議室に入って少しすると、やはりと言うべきか、ベリオンが昨日の有識者たちにまとわりつかれながらやって来た。


 彼らの気持ちは分かるが、朝から疲れる光景である。

 ベリオンもうんざりした顔を隠す努力が見られない。


「王都での夜会についてですが、私も不参加に賛成です。でも、人の姿に戻れるようになったことをお伝えする場は遅かれ早かれ設けるべきかと思いまして、お城でお茶会でもと考えているのですが……」

「……」


 今日も麗しき人間姿のベリオンは、ラフィーナと目が合っているはずなのに全く反応しなかった。


「閣下?」


 思いきり無視される形となり首を傾げる。

 その直後、昨夜の賭けを思い出した。


「……ベリオン?」

「うん。おはよう、ラフィーナ」


 妙に声が甘いような気がするのは、ラフィーナの気のせいではない。

 有識者たちも、レモン会議のために集まった人たちも、気まずそうに言葉を失っている。


「確かにこの姿に戻ったと知らせる正式な場は必要だが、その前に今年は収穫祭があるんだ。まずはそちらを手伝ってもらえると助かる」

「も、もちろんご協力いたします楽しみですね!」


 その後レモン会議は予定通りに開かれ、続けてベリオンの写真撮影会が始まった。

 一晩休んだからか、お礼にお菓子を進呈したからか、くせ毛の精霊はご機嫌で写真を撮っていた。


 写真を撮る、割るが繰り返され、魔力値の観測や体調の変化、カメラの効果検証も並行して行われる。

 そして昼前には、有識者たちの中で結論が出始めていた。


「呪いが解けたわけではなさそうですな」

「だろうな。そんな気はしていた」


 術者である砂漠の主が死んでしまった今、呪いが解けることはない。

 それ自体は覆らないようだ。


「して、奥様は一体どのようにしてこの魔法具を作られたのですか?」

「ええと、魔法具のつもりで作ったわけではなくて」

「精霊に道具を使わせるというのも前例がない。どのような契約をされたのか?」

「それは偶然というか、彼女? のご厚意に甘えたというか」


 人の姿に戻れる理由はカメラにしかない、となれば全注目がラフィーナに集まる。


 希望と現実逃避を兼ねて作った形ばかりのカメラだ。

 薬品が用意できないことには使えないと分かっていたが、だからといって魔法具だの精霊との契約だのと考えていたわけでもなかった。


(むしろ、こうやって魔法や精霊で物事が進んでしまうから科学が発展しないのだなと考えている……)


 この世界の道具は、大きく二つに分類される。

 魔力がなくても使える『ただの道具』か、魔力がなければ使えない『魔法具』だ。


 後者の魔法具を動かすためのエネルギーとして挙げられるのが『人の持つ魔力』と、『魔核に内包されている魔力』である。

 魔核は魔力を持たない人でも使える非常に便利なもので、地球での使い捨て乾電池に似ている。


 なお、精霊に道具を使わせるのは画期的――というか、ラフィーナの記憶や知識にそういったものはない。


 いずれにしても、魔法具の方が圧倒的に便利なため、魔力がなくても使えるただの道具は軽視されがちだ。

 しかし魔力は個人や状況によって大きな波がある。

 化学のような一定の再現性はないのだ。


「魔力では動かないのですか? 我々でも使えるようにしていただきたい」

「おい、誰か魔法具士はいなかったか」

「他の呪いも解けるのか検証したいですね」

「しかし精霊が動かすほどの魔法具です。魔力の消費はいかほどか」

「何、魔物なら砂漠からいくらでも湧いて出てくるのだし、魔核を使えばよかろう」


 寒くないはずなのにぶるりと震えた。

 周囲の剣幕に圧倒されてか、くせ毛の精霊もカメラではなくラフィーナの影に隠れるようにひっついている。


「そこまでだ」


 声と同時に、ラフィーナの肩に温かい手が触れた。


「お前たちが研究熱心なのは結構なことだが、もう帰れ。こちらにも都合があるんだ」

「閣下! それはあんまりです!」

「呪いは解けていない。だが人にも角付きにもなれる。それが分かればもう十分だ」


 ベリオンは声色を変えて続ける。


「ラフィーナ、昼食の時間だ。行こう」

「は、はい」


 差し出された腕に手を添え、くせ毛の精霊とカメラを抱えるようにしながら、ラフィーナは会議室を出た。


 到着した食堂では、ほぼ支度が整っているようだった。

 ベリオンに引いてもらった椅子に腰掛け、カメラはその隣に置く。


 くせ毛の精霊は日当たりのいい窓辺に移動し、どこからともなく現れた三編みの精霊と並んで座った。


 運ばれてきた食事は寝坊して朝食を抜いたラフィーナのためか、ブランチのような内容だった。

 

 ホイップバターとシロップを添えたパンケーキ、とろとろのスクランブルエッグにソーセージ。みずみずしいサラダ、にんじんのポタージュスープ、果物とはちみつ入りのヨーグルト。

 どれも美味しそうなのに、いまいち食が進まない。


 スープを一口飲んだきり手の止まったラフィーナに、ベリオンが問いかける。


「大丈夫か? 悪い奴らではないんだが、熱心なあまり強引なところがある。不快だっただろう」

「そういうわけではないのですが……」


 どうしても胸に引っかかる言葉があった。


『魔物なら砂漠からいくらでも湧いて出てくるのだし、魔核を使えばよかろう』


(こうならないために精霊を無視するようになったのに……カメラに浮かれて軽率なことをしてしまった)


 カトラリーを置いたラフィーナは、ベリオンを見た。


「ベリオン。辺境はどうしても魔物がたくさんいますし、その分たくさん魔物を……殺しますよね?」

「そうだな」


 国境代わりとなっている砂漠や森、川、海などは人の立ち入りが少なく、魔物が多い。

 だから国境になっているのであって、国境沿いの辺境に魔物が多くなるのは必然のことだった。


「あの、魔物を殺さないでと綺麗事を言いたいのではありません。魔核が便利なものだということも分かっています。でも、義妹のカトリーナはおそらく、魔核のために実の両親を亡くしていて……王都にはそういう子どもがたくさんいるんです……」


 人は利便性と名誉のために魔核を求め、魔物に対峙した。

 魔核を狙われた魔物は反撃し、親を殺された子どもが増えた。

 残された子どもは貴族の見栄のために引き取られるか、大人になる前に死ぬか、そうでなければ長じて魔物を殺しにいく。

 そしてまた、その子どもがとり残される。


 この世界には、負の連鎖が存在しているのだ。


 しばらく考えた様子のベリオンもカトラリーを置き、ラフィーナに向き直った。


「アルガルドでは魔物の縄張りを人が侵さないように管理している。そこから出てくる分は討伐の対象となるし、その数も決して少なくはない。よって手に入る魔核もそれなりの数になるが、私たちが魔物を殺すのは魔核を得るためではなく、領民の命を守るためだ」


 ラフィーナはベリオンの言葉に身体の力を抜き頷いた。


「殺されていい命なんてない」


 短いその言葉は、低く、重く、響いた。

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