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完成しないカメラ

 写真とは、レンズで光を集め、ガラスだか銀だかの板に写した画像を薬品で定着させたもの。

 どうにもならないほど曖昧な知識だったが、ラフィーナはそのように認識していた。


 考えていても細かいことは分からない。

 そういうわけでここ数週間、ラフィーナはずっと手を動かしている。


 いわゆる写真機はないが、遠くのものを見るための望遠鏡はこの世界にも存在している。

 使われなくなった望遠鏡からちょうど良さそうなレンズを拝借し、記憶にあるレトロな感じの箱を作った。

 脚立に乗せたのは、三脚の代わりだ。


 ピントを合わせるためのものだろう蛇腹は、ひとまず黒い紙を折って作る。

 本来は武器の反射を消すために使う艶なしの黒色塗料というものがあったので、遮光性が上がるかと思い塗布しておいた。


 レンズの反対側には、一般的な写真と同程度の大きさのガラス板を設置する。

 黒い布で覆ってから覗き込むと、お茶の用意をしに来たイスティがぼんやり映り込んだ。


 レンズを動かし、ピントを合わせる。

 すると、レンズの方を向いたイスティが、左右上下反転した状態でくっきりと映し出された。


「うわ! すごい!」


 まさかここまで上手くいくとは思っていなかった。

 イスティもカメラを覗き込み、反転して映り込む景色に感嘆の声を上げる。


「すごいですね、奥様! これはどのようにして使うものなのですか?」


 イスティが尋ねる。

 それに対してラフィーナは、顔に影を落とした。


「ここまで作ったはいいんですが……これ以上は私の知識では難しいかもしれなくて……」

「えっ?」


 映った像をトレースして写実的な絵を描くことはできるかもしれないが、ラフィーナが作りたかったものはあくまで写真機だ。

 その時の瞬間をそのまま残したいのだ。


(でも、薬品の辺りはもう本当に、心の底からお手上げなのよね)


 今はそのまま設置しているだけのガラス板に、色々なものを混ぜた薬液を塗らなければいけないはず。

 その後も、赤い光が灯る暗室で何かをしなければいけないと思うのだが、そのあたりのことに一切の見当がつかない。


 結局ラフィーナが作ったのは、投影像を得るだけの装置だ。

 おそらく需要はないだろう。


(でも、何かしていないと落ち着かなかったから……)


 手と耳にまだあの時の感覚が残っているような気がして、声に出すでもなく言い訳をした。


(結婚式の時は何も思わなかったのに)


 手のひらに押し付けられた鱗と、身体の奥に響くような声。

 考えないようにしていても思い出してしまって、ラフィーナは少し冷めたお茶を一気に飲み干したのだった。



 お茶を下げたイスティが部屋から出て一人になると、ラフィーナは部屋を片付け始めた。

 ここしばらくはカメラ作りのためにものを出しっぱなしにしていることが増え、散らかり放題となっていたのだ。


 どこに何があるかは把握しているから、などという汚部屋常套句を口にして、散らかった部屋に眉をひそめるイスティに手出しさせなかったので、片付けもすべて一人で行う。


 散らかっているのは箱を作った木の板、蛇腹を作った紙、塗料を塗った筆、暗幕用の布の切れ端、もろもろの失敗作など。

 捨てるもの、取っておくものを分別しながら部屋の中を動き回っていると、小さな声が聞こえてきた。


「コレナニ」

「ナニコレ。ワカラナイわ」


 小さな子どものような高い声だった。


「ドウ、ツカウ?」

「ドウ、シタイの?」


 開けた窓から使用人の子どもたちの話し声でも届いているのだろう。


 ラフィーナが教会の裏庭で青空学級を開いたことを発端に、アルガルドの児童教育カリキュラムが組まれ始めている。

 その参考として使用人の子が招かれることになっていた。


「ネエ、ッテば!」

「きゃあっ」


 突然耳元で大声を出されて、文字通り飛び上がった。

 そのままベッドの上に転げ落ちる。


「マダ、ハナサナイの? ズット?」

「えっ、だれ!? どこ!?」


 耳を押さえながら上体を起こし、キョロキョロと辺りを見回した。


 どこか遠くの話し声だと思っていたが、いつの間にか子どもたちが部屋に入ってきてしまったらしい。

『人の部屋に入る前はノックをしなければなりません』もカリキュラムに加えるべきだろうか。


「ココ、ダよ」

「どこ?」

「ウエ、ウエ」


 下を見ていたラフィーナが視線を上げると、そこには――子どもが二人、宙に浮いていた。

 半透明で、身長十センチ程度の小人だ。


「わっ」


 驚いたラフィーナだったが、同時に懐かしさを感じた。


「光の、精霊?」

「セイカーイ!」


 この世界には火、水、風、土、光の精霊がそこかしこに存在している。

 ふよふよ浮かぶ手のひらサイズの二人は、光の精霊だ。


「モウ、ハナシテクレナイ、ッテオモッテタ」

「ネ。イッショウ」

「え?」


 白っぽい髪を後ろで三編みにした精霊が頬をふくらませる。

 その言葉に、父親の声を思い出した。


『お前はせっかくの精霊術士だったのに、魔法の一つも使えない役立たずで――』


 彼らの姿を見て、対話と交渉によってその力を借りることができる者を、精霊術士と呼ぶ。


(そうだ。私って確か……)


 前世の人格が強く出ていたためすっかり忘れていたが、ラフィーナは精霊の姿を見て言葉を交わす者――精霊術士だった。

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