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ベリオンの角

 結婚からおよそ二ヵ月。

 変装して離婚後の準備に励んでいたラフィーナだったが、将来設計が少々変わってきていた。


 別れる時はなるべく円満に。

 その後は城を出て、アルガルド領の片隅でひっそりと暮らしていくつもりだった。

 しかし今は、離婚後も城か城下町に残りたいと考えている。


 というのも、いつの頃からかベリオンがラフィーナにあれこれと意見を求めてくるようになったからだ。


 メイドたちの負担を削減し人手不足を解消する施策や、子どもたちの教育に関して。

 そして、領内でよく採れるレモンの活用方法。


 どれもこれも前世の知識を提供しているに過ぎないのだが、ベリオンは重用してくれる。

 この調子で城での地位を確立し、離婚後は部下として雇ってもらえないかと目論んでいるのであった。


(あっ、そうか、これが転生チートってやつね。素人知識なのは申し訳ないけど)


 今この時も新たなレモンメニュー開発のため、ラフィーナは厨房の外でレモンを洗っている。

 料理や飲み物に風味付けする程度だったレモンに新しい価値をつけ、アルガルドの名産として広めたいとベリオンは考えているようだ。


「ふんふふーん、っと」


 鼻歌まじりで大量のレモンを洗い終えたラフィーナは、少し離れた生け垣の向こうに目を留めた。


「あら?」


 生け垣の緑から布が見えている。

 まるでどこかから飛んできた洗濯物だが、ラフィーナはその布に見覚えがあった。


「閣下?」


 近づいてみるとそれはやはり、ベリオンが角を隠している布だった。

 布はのっそりと立ち上がり、あっという間に見上げるほどとなる。


「お昼寝をしていたんですか? 寝るならベッドの方がいいと思いますよ」

「少し目を閉じていただけだ。君の歌が聞こえたから」

「聞こえていたんですか……お恥ずかしい」

「それに休む場所はどこでも慣れている。少し前まで遠征が多かったし、どうせ角が邪魔で横にもなれない」

「角?」


 少し話を逸らされた気がしないでもないが、ラフィーナはベリオンの頭上に視線を向けた。


「言われてみれば、そうですよね……」


 布に覆い隠されている角は、片方に二本ずつの計四本。

 カーブを描きながら前から上へと生えるものと、横から後ろへとねじれて生えるものだ。


 前後左右に張り出しているので、これでは確かにベッドに寝そべることはできないように見えた。

 仰向けや横向きはもちろん、うつ伏せもできないのだろう。


「いつも夜はどうやって寝ているんですか?」


 ラフィーナとベリオンは夫婦だが、白い結婚なので夜を共にしたことはない。

 よってベリオンが毎晩どこでどのようにして眠っているのかも知らないし、考えたことすらなかった。


「椅子に座っている」

「椅子ですって!?」

「と言っても、ソファだ。一人掛けの」


 ラフィーナは絶句した。

 それは寝ているとは言わない。


「しゃがんでもらってもいいですか? もうちょっと……そのくらいで」


 ベリオンはラフィーナの指示に従って腰を落とし、膝立ちの状態となった。

 妻が夫に頭を下げさせている形だが、幸いなことに生け垣に隠れて誰にも見えてはいない。


「少し我慢していてくださいね」


 顔ごと頭を覆っていた布を脱がせる。

 艶のない黒を目の前にしたラフィーナは、その角にそっと触れた。


「ふむ」


 親指と小指を広げて大まかなサイズを測る。

 角自体のサイズの他、頭と角の縦、横、奥行きの差分も確認した。


 ついでに、質感も触って確かめておく。

 表面はひんやりしていて、引っ掛かりもなくなめらかだ。

 つるつるだが、磨いた鉱石やガラスとは触り心地が違う。


 これが生き物の角かと、ラフィーナは初めての感触を楽しんでしまった。


「……っ」


 何度か撫でていると、大人しく角を触らせていたベリオンの身体がわずかに揺れる。


「す、すみません。痛かったですか?」

「痛くはないんだが」

「神経が通っているんですね」


 邪魔なのに切り落とさないのは見た目の問題かと思っていたが、それだけではないらしい。


(回復魔法で治せるからって、わざわざ痛い思いして切りたくはないわよね)


 速やかに各サイズを測り終えたラフィーナは手を離した。


「もう立ってくださって大丈夫です。ありがとうございました」

「角なんか測って何をするんだ?」


 ベリオンはラフィーナが何かをするつもりなのだと信じて疑わない。

 実際、既に構想を練ってはいるのだが、そう期待されると失敗が恥ずかしくて口にできないのだった。


「できるまでの秘密ということで」

「分かった。楽しみにしてる」

「はい」


 布を被り直し、執務室に戻るベリオンの後ろ姿を見送りながら、ラフィーナは腕を組んだ。


(そういえば、こんなところに何の用だったのかしら?)


 ラフィーナに用事でもあったのだろうが、角の話しかしていない。


(ま、夕食の時にでも聞けるでしょう)


 結婚してすぐは夫と顔も合わせない日々が続いていたのに、今ではほぼ毎日会話を交わすようになっている。

 時間が合う限り食事も一緒だ。


 変わったのはおそらく、ササミを飼いたいと頼んだあの日から。

 転生チートで手動洗濯機やレモンピールを作ったのが評価されていたらしい。


 ちなみに、ラフィーナの変装については「バレバレだった」とのお言葉を頂戴している。

 教会の裏庭でのことも知られていた。


(白い結婚のままだし、これなら離婚した後も、上司と部下として問題なさそうね)


 頭の中であれこれと計画を組み立てる。


 まずはきれいに洗ったレモンの加工から。

 すりおろした皮で焼き菓子を作ろうと考えている。

 焼成は料理長にお願いして、その間にベリオンの角の方に取り掛かることにした。


 材料や作り方についてはまたアルマを頼ることになりそうだ。

 お礼のお菓子はたっぷり弾まなければ。


「命短し、恋せよ乙女!」


 将来設計は少々変わったが、今世こそ恋をする目標は変わっていない。

 いつ相手と出会えるかも分からない以上、時間はいくらあっても足りないくらいだ。


 ベリオンを見送ったラフィーナも、足早に厨房へと戻った。

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