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耳の聞えない侯爵令嬢とマンドラゴラ

耳が聞こえない侯爵令嬢はマンドラゴラを召喚し溺愛される ~朝起きたら全裸のイケメンがいましたが、どうやら彼はマンドラゴラらしいです~

作者: 兎束作哉

挿絵(By みてみん)





『キエェェエエエエエエイィイィイイイイイ!』

「いい加減にしろ!ミューズ・アンタイン!」




 この世のものとは思えない叫び声が響き、鼓膜を刺激する。

 部屋のガラス戸はがたがたと揺れ、今にも割れそうな勢いで鳴っている。


 私は、目の前にいる父親スィランス・アンタイン侯爵が何を言っているのか分からなかった。ただ、真っ赤な顔をし両耳を塞ぎながら私の腕の中にいるオレンジ色のマンドラゴラを指さし何かを言っているようだった。




「おとーさま、分かりません。かみ、にかいてください」




 私は、お父様に言っていることを紙に書いて欲しいと手話を交えて言ったが、それどころではないと言った様子で父親は私を睨み付けた。


 そうして暫くして、私の腕の中にいたマンドラゴラは静かになった。

 父親の方を見ると、今度は顔色が悪くなり、まるで死人のように見えた。




「……お、おとーさま?」




 机に突っ伏しぐったりとしているお父様が心配で声をかけるが、お父様は片手をあげ何やら誰かに指示を出しているようだった。

 すると、部屋の扉が開き侯爵家の手話通訳士が部屋の中に入ってきた。

 腕の中にいるマンドラゴラは私を見上げ、顔の部分をグニャリと曲げ笑っているように見えた。




「ミューズ・アンタイン。何度言えば分かるんだ。その汚らしいマンドラゴラを常に持ち歩いて。お前のせいで、周りの貴族から変な目で見られているんだぞ!今年で成人するというのに、婚約者もおらず……障がい者など、これ以上うちに置いておけない」

「……」




 手話通訳士の手の動きを見て、私はお父様が何を言っているのか理解し、お父様の発言の中にあった『障がい者』という単語に酷く胸が痛んだ。




『キェェ……』

「うん、うん。大丈夫、大丈夫」




 腕の中にいたオレンジ色のマンドラゴラは、私を慰めるかのように小さく動いた。きっと何か伝えようと叫んでいるのだろうが私の耳には聞えない。

 あの耳だけではなく頭まで割れそうな悲鳴を私はもう二度と聞くことは出来ない。




「お前のために、マンドラゴラのガラス温室をやったというのに……管理も出来ないのか!成人式をむかえるまでに婚約者を見つけなければ、お前はこの家から出て行って貰うからな!分かったら出て行け!」




 父親がそう言うと手話通訳士は私を睨み付け手を叩く。すると、部屋の外にいた使用人達が数人入ってきたかと思うと、私の背中を押して部屋から追い出した。 

 私はされるがままになりながらも、後ろを振り返るとお父様はまだ苦しげに頭をかかえて倒れていた。



 それから数日が経ち、私は自分の部屋に閉じこもり、ずっと泣いて過ごした。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか?




「耳が、きこえてたら……もっと違った、人生だったのかな……」




 私は、このままではいけないと思いある場所へ向かうことにした。





***




『キェエエエ!』

『キィィェエエエ!』

「わー、久しぶりだね。元気、にしてた?」




 屋敷から離れた所にある防音のガラス温室に私は足を運んでいた。


 ガラス温室の重たい扉を開けると同時に、温室の奥の方から大量のマンドラゴラ達が私の方に駆け寄ってきた。

 口と思しき場所をグニャリと曲げて、何かを発しているようだったが私の耳には聞えない。しかし、その顔らしいところを見ていると彼らは笑っているようにも見えた。

 赤だったり、黄色だったり、青、紫だったりと多種多様な色のマンドラゴラ達が私を取り囲むようにして群がった。総勢12匹。




「あ!貴方、この間より大きくなってるわね」




と、マンドラゴラ達の中から一番小さいクリーム色のマンドラゴラを抱き上げ私はにこりと微笑んだ。


 この子は最近召喚したばかりのマンドラゴラで、他のマンドラゴラとは違いまだ鳥の雛のようにしか声が出ないようだけど、表情豊かで、とても可愛らしく感じる。


 私が抱き上げたマンドラゴラを見て、周りのマンドラゴラ達は羨ましそうにしているように見える。

 しかし、私がそのマンドラゴラに構っていると、私のドレスをあのオレンジ色のマンドラゴラが強く引っ張ったのだ。




『キェエエ、キエェエエ!』

「ん?もしかして、嫉妬?」




 オレンジのマンドラゴラが怒ったような声を出しながら、何度も強く引っ張り、私の手の中にあるマンドラゴラを指さしているように見えた。


 そんな様子に思わずくすっと笑うと、マンドラゴラは短い足のような根で地面をだんだんと踏んでいた。私は、その子にごめんなさいと言う意味を込めて謝ると、マンドラゴラの機嫌が良くなったのか笑顔になった。

 そして、また私のドレスを引っ張るので、私はマンドラゴラを床に置き、今度は別のマンドラゴラに視線を向けた。



 ここは、お父様が私の為にくれたガラス温室。しかし、実状は管理が面倒でマンドラゴラを隔離するための施設なのである。




 私は、数年前マンドラゴラを引き抜いたことにより耳が聞えなくなってしまった。あれは、私の不注意により起きた出来事だったのだ。


 庭を散歩している最中土の中に埋まった動く何かを発見した。それは初めモグラか何かと思ったが、真っ直ぐと青い草が伸びておりその草に繋がった何かが土の中に埋まっているようだった。その様子を見て直感的に引き抜かなければと思った私は、使用人達の目を盗んで花壇の前で屈みその何かを引き抜いた。すると、その瞬間――――




『キエェェエエエエエエイィイィイイイイイ!』




と、この世のものとは思えない悲鳴が耳を貫いた。




 耳を塞いだときには時既に遅く、周りにいた使用人達は倒れ、騒ぎを聞きつけ駆け寄ってきた騎士達もその惨状を見て絶句した。

 後から駆けつけたお父様やお兄様も何か叫んでいるようだったが、私には何一つ聞き取れなかった。そして、この時私は気づいたのだ。


 耳が聞えなくなってしまったと言うことに……




「……」

『キェエ?』

「ううん、なんでもないよ。それより、今日はね貴方達にお願いがあって来たんだ」




 私は、腕の中のオレンジ色のマンドラゴラを撫でながら、目の前にいる12匹のマンドラゴラ達を見つめた。

 彼らは小首を傾げ私をじっと見つめる。目があるのかないのかは不明だが、見つめられているような気がして私はまたプッと吹き出してしまう。



 確かに、耳が聞えないのは不便だ。


 けれど、お父様の小言も、使用人達からの悪口も聞えなくなったから……ある意味良かったのかも知れない。だが、そのせいで皆に迷惑をかけていることも、邪魔者扱いされていることも事実である。



 耳が聞えなくなった日から、私は必死に手話を勉強した。まだ習得が出来ていない時は筆談でどうにか自分のいいたいことを伝えようとしたのだが、自分の言っている言葉も自分の耳には聞えず、きっとカタコトであやふやな発音の聞くに堪えない声だったと思う。けれど、私は伝えるのに必死だった。


 私の世界からは、音がなくなったけどそれでも誰かと会話が出来ると……そう、信じて。




「あのね、私ね……あと一年で、この家を出て行かないといけないかも知れないの。お父様がね、この一年で婚約者をみつけなければ、家を出て行けって……そう、いったの」




 私は、マンドラゴラ達の反応を見るために、彼らの方へ顔を近づける。


 マンドラゴラ達はお互いに顔を見合わせているようだった。

 私は、そんな彼らに微笑むと、マンドラゴラの頭を優しく撫でた。




「でも、だいじょーぶよ。貴方たちはおいていかないから……と、私についてきてくれる?」




 そう私が尋ねると、私の言葉を理解したかのようにマンドラゴラ達はコクコクと頷いた。




「……ありがとお。貴方たちだけだわ。私の味方は」




 私はそう言うと、マンドラゴラを抱きしめた。


 けれど、不安しかない。

 この国のそれも貴族という身分でありながら障がいを持った私に、婚約者なんて見つかりっこない。皆に邪魔者扱いされ、最後にはこの家を出て行くことになるだろう。




「……」




 私は、オレンジ色のマンドラゴラを抱きかかえ他の子達に別れを告げるとガラス温室を後にする。




「ねえ、私の王子様って……現われるのかな」




 耳が聞えなくなった日から、何故かマンドラゴラを召喚できる役にも立たない魔法を手に入れた。しかし、この召喚魔法は意外と役に立っている。


 それは、私を人とも扱わない邪魔者扱いする使用人達とは違い、彼らは私を必要としてくれるから。私を慰めてくれるし、好きだよって言ってくれているから……



 マンドラゴラ達は私の支えで、大切な子達なのである。

 この国では、悪魔の植物……何て呼ばれていて、気味悪がられているけど。それでも、私にとっては必要な子達なのだ。




『キエェ……』

「大丈夫よ。私は、貴方たちの事が大好きだから」




 私は、そう腕の中で不安そうに鳴くマンドラゴラに言い聞かせて自室に戻ることにした。





***




「……ん、んん……」




 ゆっくりと、重い眼を開ければ眩しい光が差し込んでくる。


 ああ、もう朝なのか……


 寝ぼけている頭で、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 そして、私は起き上がろうと手に力を入れようとしてふと温もりを感じシーツをめくった。するとそこには、オレンジ髪の二十歳前後の全裸の男が横になっていたのだ。




「きゃあああああああッ……!」




 私は、思わず悲鳴を上げてしまう。


 そして、私はその男から離れようとベッドの上で後ずさりをする。

 男は、目を擦ると上半身を起こしこちらを見つめてくる。


 私は、慌てて近くにあった服を掴んで身に着けていく。すると、私の悲鳴を聞いたのか使用人達が部屋の中に入ってきた。




「お嬢様、どうしましたか!」

「あ、な、なんでも、ないの!ちょっと虫が、でも虫じゃなくて毛玉で!だから、何にもない!」




と、私はとっさに男をベッドの上に押しつけてシーツで隠し使用人達に身振り手振りで説明した。けれど、そんな私を見て使用人達は首を傾げるだけだった。


 しかし、すぐにそうでした。と何事もなかったかのように部屋を出ていった。使用人達の目にはまた面倒を起こして……といった、仕事を増やさないで欲しいみたいな感情がひしひしと伝わってきて痛かった。



 だが、今回はそんな私への関心のなさに救われた。




「……ふぅ、吃驚した」




 私は、安堵のため息をつくと改めて自分の下敷きになっている人物を見下ろした。


 彼は、まだ眠いのか大きな欠伸をしている。その仕草はまるで猫のようで可愛らしい。けれど、状況的に全裸の男が女性のベッドの上で寝ているという危険すぎる、意味の分からない状況では、さすがの私も眉間にシワを寄せてしまった。




「あ、あの……どちらさまで」




 とりあえず、彼の身元確認のために尋ねてみる。


 けれど、彼は私の声にビクッと肩を震わせるだけで何も答えない。

 それどころか、じっと見つめられるばかりで……私は、なんだか気まずくなり視線を逸らした。まず、こちらの言葉を理解してくれているのだろうか。理解してくれていたとしても、私は彼の声が聞えないわけだし。


と、思っていると彼はシーツで身体を隠しながら部屋のテーブルの上にあった紙とペンと手に取ると何やら書きだしたのだ。私は、その様子をジッと眺めていると彼が書いた文字を見せてきた。




『俺の名前は、アグラード。君の耳が聞えなくなる原因を作ったマンドラゴラだ』




と、書かれた文字を見た私は目を見開いた。


 私はマンドラゴラという単語に釘付けになった。

 確かによく見ればオレンジ色のはねた髪とか、瑞々しいエメラルドグリーンの瞳とか……あのオレンジ色マンドラゴラの面影があるような気がするけど。

と、私は目の前の人物をまじまじと観察してしまう。


 けれど、普通に考えてマンドラゴラが人間になるなんてあり得ない事だった。それに、名前まであって……


 私はそう思い、アグラードと名乗ったマンドラゴラの男を警戒するように見た。私が耳が聞えないと言うことを理解していると言うことは、私の関係者であることは確かだろう……


 すると、そんな私の視線に気がついたのかアグラードは再び何かを書きだした。




『俺は、君を害するつもりはない。ただ、どうしても伝えたいことがあってここにきたんだ。信じて欲しい』

「……貴方がマンドラゴラだって証拠はあるの?」

『他の12匹のマンドラゴラに一人一人名前を付けていると言うこと』




と、アグラードは回答した。


 それを知っているのは、確かにマンドラゴラ達だけである。私は、召喚したマンドラゴラに全て名前を付けていた。しかし、あのオレンジ色のマンドラゴラだけには名前を付けていなかった。何故なら、あの子は名前を付けられるのを嫌がっていたから。自分には名前があるんだというようにだんだんと地団駄を踏んでいた。


 そこまで筆談すると私は、再びアグラードと向き合った。

 彼は、愛おしそうに私を見て微笑んでいた。その笑顔に一瞬胸が大きくうつ。そんな笑顔は誰にも向けられたことがなかったからだ。


 これまで、向けられてきたのは軽蔑の目ばかり……




「う……うぅ……ごめんなさい……嬉しくて……」




 突然泣き出した私をみて、アグラードはオロオロとしていた。


 すると、彼は恐る恐るという感じで手を伸ばしてきて私の頭を撫でてくれた。その感触が心地良くて私は目を細めた。



 それから、しばらくしてようやく落ち着いた私は彼に服とお茶を出した。

 アグラードはそれを美味しそうに飲んでいる。私はそれを飲みながらアグラードを改めて見つめた。


 マンドラゴラはぶちゃいくな顔が可愛いと思っていたけど、こう人間になってみると綺麗というか。これまで出会ってきた貴族の誰よりも美しく、整った顔立ちに、気品ある振る舞い、雰囲気……もはやマンドラゴラの面影は何もない。




「……でも、マンドラゴラとは言え人間の姿になった貴方をここに置いておくことは出来ない、かな……それこそ、おとうさまに追い出されてしまう」




 私は、小さくため息をつく。けれど、アグラードは私の言葉に首を横に振る。


 彼は、テーブルの上に紙を置くと私に見せた。


 そこには、『それならいっそ、この家を出ましょう』と書かれていた。

 私はその文字を二度見し、それからアグラードを見た。彼の顔は真剣だった。だが、所詮はマンドラゴラと私はため息を漏らす。そう、マンドラゴラだから私の置かれている状況をしらないのね。と私はアグラードの頭を撫でた。


 すると、アグラードは私の腕を掴んで両手で包むように握ってきた。

 私は、いきなりの行動に動揺して顔を赤く染めると、彼は真っ直ぐ私を見据えて口を開いた。ゆっくりと、大げさに口を開いて私に分かるように動かす。




「大丈夫です。俺にいい考えがあります」




と、アグラードはにこりと微笑んだ。






***




「何処までついてくるの?」

『ミューズ嬢に何処までもついて行くつもりだ』




 何とか、使用人達の目をくぐり私はアグラードを外に連れ出すことが出来た。取りあえず、彼には屋敷の外に出ていって貰おうと思ったのだ。見つかったら色々と厄介だし。


 これが、貴族のご令息だったら話は変わっていたんだろうけど……マンドラゴラじゃ。


 そう思い、私は彼に離れるよう言ったのだけど何故か彼は何処までも私についてきた。

 紙とペンだけを持ち、私の後をついてくる。確かに、あのオレンジ色のマンドラゴラは私に常に付きまとっていたけれど。




「ねえ、どうして貴方は私にかまうの?」




  私は振り返り、アグラードに尋ねた。すると、彼はきょとんとした表情を浮かべてから、笑みを深めた。

 その笑顔に、またドキッとする。なんなんだろ……これ。こんなにドキドキするなんて。まるで恋をしているみたいじゃない。




(相手は、マンドラゴラよ……!)




 そう言い聞かせ、頬を叩くとアグラードは紙に書いた文字を見せてきた。




『俺を引き抜いたことで、貴方の耳が聞えなくなってしまった……そのことで、俺を恨んでいるのかと。だから俺に出来ることなら何でも貴方の力になりたい』


と。その文章を読んで私は苦笑いをした。


 そんなこと気にしていたの? と、思うと同時に私のためにそこまでしてくれる人がいると言うことに感動した。その気持ちが嬉しいと思う反面、迷惑をかけたくないとも思った。




「うらんでないわ……確かに、不便だけどね。でもね、そのおかげで私は嫌な言葉も悪口も聞かなくて言いようになったの。だからね……」




 私は、そこまで言って言葉を詰まらせた。


 聞えないからと言って、心がスッキリしたわけじゃない。

 初めから、お父様には愛されず、使用人達からも馬鹿にされてきた。音が聞えなくなったせいで、彼らの視線が前よりも鋭く感じられるようになってしまった。


 私が俯いていると、アグラードは再び紙に何かを書いて私に見せてくる。




『笑って。俺が、必ず貴方を幸せにするから』




 その言葉に、胸が締め付けられるような感覚に陥った。私は、思わず胸を押さえる。すると、アグラードは心配そうな顔で私を見ていた。そんなアグラードを見て、私はふっと微笑む。

 すると、アグラードは嬉しそうに微笑んだ。



「そおだ、ガラス温室に行きましょう。皆に会いに行かなきゃ。きっと、さみしい思いしてるわ」




 私は、誤魔化すようにそう言ってアグラードの手を引いた。彼は、優しい笑みを浮べるとはい。と口を動かした。私は、アグラードを連れて屋敷の裏にあるガラス温室に向かった。




「皆、きたよー」




と、いつも通り声をかけるが不気味なぐらいガラス温室は静まりかえっていた。


 いつまなら、私が扉を開けてきた瞬間にこちらに向かってくる気配を感じるのにその気配は一切感じられなかった。

 辺りを見渡してもマンドラゴラ達はいない。


 一体どうしたのかと、私はアグラードの手を離しガラス温室の中を探し回った。そして、ようやくあのクリーム色のマンドラゴラを見つけたのだが、何故かぐったりとしていた。

 慌てて駆け寄るとマンドラゴラの顔色……身体の色は悪く、呼吸は荒かった。




「傷、ついてる……いったいだれが……」




 そう考えていると横からアグラードに突進されるような形で抱きしめられ、私とアグラードは石が敷き詰められた床の上を転がった。




「……な、なに!?」




 目を開けると、先ほど私がいた場所にきらりと光るナイフが刺さっていた。


 私は、その光景をみてぞっとして起き上がることが出来なかった。

 何が起こったのか分からないでいると、アグラードが動かないようにと私を強く抱きしめた。彼の肩からは先ほどナイフがかすったのか血が滲んでおり、それがポタリポタリと床にシミを作っていた。




「あん、さつ……しゃ?」




 私の呟きにアグラードは首を小さく縦に振る。

 一旦ここを離れた方がいいと、アグラードは私を立たせ私を守るように人の気配がする方へ視線を向ける。すると、ガラス温室に生えている木々の中からナイフが二三本、こちらへ向かって飛んできた。アグラードはそれをかわすと、素早く私の手を引いて走り出した。




(ど、どうしてこんなことに!)




 私は、恐怖と焦りを感じながら必死にアグラードについて行く。すると、後ろの方から足音が聞こえた。私は、振返る。そこで、私の目に映ったのは黒い服を着た如何にも暗殺者といった身なりの男達だった。男達の数は五人。全員が手に刃物を持っている。


 彼らは、私達に狙いを定めて追いかけてきていた。




(なんで……なんで、こんなこと……!)




 そう思いながらも、私はただひたすらに走った。




「ッチ……」




 男達が投げつけてくるナイフを、アグラードは持っていたペンで弾いた。その光景を見て、私も暗殺者も目を丸くする。




(ぺ、ペンでナイフを……!?)




 信じられないと思いつつも、今は逃げることが優先だと私は再び前を向いて走る。


 しかし、逃げている途中で足元にあった木の根っこに足を取られてしまい私は倒れてしまった。

 すぐに立ち上がろうとするも、足が痛くて上手く立てない。


 その間にも追って来ていた男たちは距離を縮め、とうとう私達の目の前までやってきた。




「アグラード、逃げて。きっと、狙いは私……だから、ね」




 そうアグラードに伝えるが、彼は私を庇うように前に立つ。暗殺者達は徐々に距離をつめてきて、これではいくらアグラードが反射神経が良くてペンでナイフを弾けるからといって、弾く時間すら無いだろう。

 

 それに、このままじゃあ二人とも殺される。




 そう思った時、ぞろぞろと暗殺者の後ろからマンドラゴラ達が揃ってこちらに向かってはしってきたのだ。




「皆……!?」




 マンドラゴラ達は、暗殺者の足にしがみつき、彼らの動きを止める。そして、今度はその勢いのまま、他のマンドラゴラも次々と暗殺者に体当たりをして行った。 


 その隙に、アグラードは私を抱きかかえ暗殺者達から距離を取るとアグラードはマンドラゴラ達に目で何か合図をしているようだった。

 そうこうしているうちに、マンドラゴラ達は皆暗殺者から引きはがされ地面に力なく倒れたが、次の瞬間地面が揺れるほどの叫び声を上げたのだ。




『キエェェエエエエエエイィイィイイイイイ!』

『キエエエェエエイ!』




 1匹が鳴くと、他のマンドラゴラ達も共鳴するように叫ぶ。

 その声は次第に大きくなりガラス温室の防音ガラスを振動させ、パリンパリンと次から次へと割っていった。


 暗殺者は耳を塞いでいたが、その音に絶えられる膝をつきその場で倒れた。


 マンドラゴラ達は、疲れてしてしまったのかピクリとも動かなかった。

 私はマンドラゴラ達の安否を確認するため彼らに近づこうとしたが、その時ガラス温室のドアが開かれ人が入ってくる気配がし、振返った。




「何事だッ!」




 ガラス温室ドアの前に立っていたのはお父様だった。数十人の騎士を連れ、慌てた様子でこちらに駆け寄ってきたのだ。

 まさか、心配してくれたのかと思い私は事情を説明するべく立ち上がったがその行動をアグラードに制された。




「ッチ、役立たず共め」




 お父様は、倒れている暗殺者を見て舌打ちを鳴らしているようで、私が助かったことを喜んでいないようだった。




「どういうことか、説明しろッ!ミューズ・アンタイン!」




 お父様に怒鳴られ私はビクっと身体を震わせた。

 だが、ここで怯んではいけないと震える唇を動かそうとしたがその前に、アグラードが口を開いた。




「それは、こちらの台詞です。スィランス・アンタイン侯爵」

「何だ、貴様はッ……!」

「………」

「ま、まさか……っ!」




 アグラードとお父様が何を話しているかさっぱり分からなかったが、アグラードが何かを言った途端にお父様の顔は青くなった。

 後ろに控えていた騎士達も動揺し、それから彼らは膝をつき頭を垂れた。


 お父様は鯉のように口をパクパクと動かしているばかりだった。




「アグラード・メロドラマ皇太子殿下……っ」

「彼女に暗殺者を仕向けたのは貴方ですね。実の娘に何てことを……」

「ご、誤解です。殿下!」




 そう言って、お父様は弁解するが、アグラードはそれを冷めた瞳で見下ろしていた。




(アグラード、怒ってる……?)




 その事に私は気づき、彼の顔を覗き込んだ。すると彼は私を見て優しく微笑んだ。




「今回は見逃してやろう。だが、今後一切彼女に関わらないと誓うんだ」

「……わ、分かりました」




 お父様は、アグラードの言葉を受けて深く頭を下げた。

 そうして、私の知らないうちにこの事件は幕を下ろしたのであった。






***




「ええ!アグラードって、皇太子殿下だったの……!?」

「ああ、魔法でマンドラゴラに変えられていたんだよ」




 皇宮の執務室で、私は高そうな白い服に身を包んだアグラードと向かい合っていた。


 あれから、目が回るほどあれよこれよと物事が進んでいった。あの事件の後私は何故か皇宮に招かれ、第一皇子でありこの国の皇太子であったアグラード・メロドラマ殿下との婚約の話になり、息をする暇もなく今に至る。 

 マンドラゴラ達も新しいガラス温室に移動となり、そこで元気に暮らしているのだそうだ。


 そして、やっと一息つけると思ったら、今度はアグラードから事の真相を話され私の頭はさらに混乱していた。



 彼曰く、数年前、帝国の最大の敵であった魔女との戦いでマンドラゴラの姿にさせられ私が住んでいた侯爵家の庭に埋まっていたという。そして、埋まっていたところを私に引き抜かれ数年間言葉を喋れないマンドラゴラとして私の側にいたという。




「え、でも、何で……えっと、人間の姿に戻れたんです、か?」

『君が、俺にキスしてくれたから……かな』




と、アグラードは紙に書いて見せてくれた。


 それを見た瞬間ボンッと顔が爆発したかのように熱くなるのを感じた。

 確かに、寝る前にオレンジ色のマンドラゴラだった彼にキスはしたが……そんな、おとぎ話みたいな事あるのだろうか?と私は首を横に振る。


 しかし、それがもし、その魔法を解くための鍵となっていたなら理解できないわけでもない。

 それにしても、皇太子殿下がマンドラゴラの姿になっていただなんて……




「うう……皇太子殿下とは気がつかず、無礼お……」

「気にしないでくれ、それに君に愛されているという優越感にも浸れたし……侯爵のような障がい者を邪険に扱う輩がいたことも、知ることが出来た」




と、アグラードは手話を交えて話してくれた。


 どうやら、アグラードの母親も事故で目が不自由になってしまったらしく障がい者についての理解が無い者や、障がい者の障害を作り差別するもののことが嫌いなのだという。


 障がい者もそうでない者も、生きやすい世の中にするのが彼の目標なのだとか。


 私は、彼のその思いに共感し、彼の婚約を受けることにした。勿論、障がい者である私が皇太子殿下の妃になると言うことに反対する人は沢山いるだろう。しかし、そういう人でも身分がどうでアレ、障がいがどうであれ生きていけるのだと証明する機会でもある。


 私がそう考えていると、アグラードは私の頬に優しく手を当ててきた。彼の気配に気づかず私はビクッと肩を上下に揺らす。




「驚かせちゃったかな……?」

「い、いえ……その、だいじょーぶです」




 私はカタコトニなりながら返事をする。

 すると、アグラードは嬉しそうに微笑んだ。今もマンドラゴラだったときもそうだけど、彼の笑顔は落ち着くなあと思った。




「ミューズ、キスしていいか?」

「え、あ、えっと……」




 そんなアグラードの突然の申し出に私は戸惑いを隠せない。だって、マンドラゴラにキスするのと、人とキスするのとでは違う。当たり前と言ったら当たり前なのだけど……

 私がそんな風に戸惑っていると、アグラードは少し頬を膨らまして、私の唇に指で触れた。




「マンドラゴラだったときにファーストキスは貰ったが、ようやく人間の姿に戻れたんだ……だから、これが俺とのファーストキスにして欲しい」

「……殿下」

「いいだろ?」




 そう言って、アグラードは私を抱き寄せた。


 彼の体温を感じて、心臓の鼓動が大きくなっていくのを感じる。そして、私は小さくコクンとうなづいた。


 アグラードは私の顎に手を添えて、ゆっくりと顔を近づけてくる。

 目を閉じれば、アグラードの顔が近づいてくるのを肌で感じた。

 私はギュッと強く目を閉じる。




 しかし、いつまで経ってもアグラードの唇の感触が訪れない。不思議に思った私は恐る恐る瞳を開けると、そこにはあの小さいクリーム色のマンドラゴラがいた。


 私とアグラードの間に入って何やら怒っているようだった。




「どおしたの?」

『……キェエエエ』




 私がそう聞くと、クリーム色のマンドラゴラは小さく鳴いた。そして、アグラードの方を向いて対抗心を燃やしているような目で彼を見た。




「邪魔しないでくれ。彼女は俺のものだ」

「えぇっと、殿下はこの子の言っていること分かるんですか?」

「ああ、此奴はミューズは僕のだと言っているんだ」




と、アグラードはふて腐れたように言った。


 どうやら、アグラードはマンドラゴラの言葉が分かるらしく彼らの悲鳴にも耐性があるようで、クリーム色のマンドラゴラをつまみ出すと部屋から追い出してしまった。


 そんな彼の様子を見て私はプッと笑う。




「何か、面白いことでも?」

「へへ……そうね、マンドラゴラの時もそうだったけど殿下って嫉妬深いのね。マンドラゴラにも嫉妬しちゃうぐらい」

「……悪かったな。嫉妬深くて」




 そうアグラードは言って、私を抱きしめてきた。その力強さに思わず息が詰まる。


 そんな彼に私は苦笑いを浮かべると彼の背中に腕を回した。そしし、アグラードは私の耳元で囁くようにしてこう言った。




――――君が好きだ。




と。確かにそう聞えたのだ。


 耳が聞えないはずなのに、と思いつつ私はアグラードの唇に自分の唇を重ねた。


 今度こそ、マンドラゴラに邪魔されず、私達はゆっくりと互いの体温を確かめるように口づけを交わすのであった。







ここまで読んでいただきありがとうございます。



もしよろしければ、ブックマークと☆5評価、感想など貰えると励みになります。

他にも、1作連載、1作完結作品、短編小説もいくつか出しているので是非。



恒例のこそこそ話になりますが、今回は音に関する名前にしております。

それはそうと、マンドラゴラって可愛いですよね。しっかり手順を踏んで抜いて保存すれば幸福が訪れるとか何とか。あのしわくちゃな顔もチャーミングで私は好きです。




それでは、次回作でお会いしましょう。



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― 新着の感想 ―
[一言] まさかアグラードが王子とは…(笑) ま、普通のマンドラゴラは人間にならんよね〜 しっかし酷い親父てしたね〜
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