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漆黒の羽根の舞い散る夜に  作者: みーなつむたり
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第八話 影


 副団長エブルが捕らえた兵士は、存外あっさりとコロルへ渡った積み荷が奴隷であったと白状した。


 ルーベンにとって奴隷が一人コロルへ密輸されたところで何の弊害もない。故に自身はすぐに解放されるという自負があるのだろう。



 取調室にて聴取を筆記していたカーヌスは、顔を上げることなく兵士に問う。


「あ、そうそう。奴隷馬車には微量なレアメタルが積み込まれていたとの情報を得ていたのだが。レアメタルの密輸はルーベンではもっとも重い罪に問われることぐらい知ってるよな。」

「そんな馬鹿な!俺はそんなこと一言も聞いてないぞ!」

「そうか。で誰から聞いてないんだ?」

「そ、そりゃ、・・・奴隷商人に決まってるだろ!」

「奴隷商人はなぜコンセンススの峠を越えられると知ってたんだろうな。あそこは見晴らしがいい。どちらかと言えば密輸には不利なルートだ。それでもそこを選んだのは、お前がリークしたからってことでいいんだよな。レアメタルを積んだ奴隷馬車を、知らなかったとはいえ、コンセンススからコロルに通したんだよな?」


 カーヌスは顔を上げると、眼光鋭く微笑んだ。



 翌日。

 団長カーヌスより、副団長エブルの会計監査への異動と一年間の減俸、1ヶ月の自宅謹慎が発表された。


     ・・・


 スガヤは召集のかからない日は必ずコンセンススの峠を訪れた。


 馬車の轍は既にない。

 峠に身を伏せ、国境の向こう側に広がる深い樹海に目を凝らす。


 明確なルートは透けて見えないが、何度も頭の中でシュミレーションを繰り返していた。


「何度見ても、そっから先は俺たちにとっては未開の地だ。地の利のない戦は挑むなっていつも言ってんだろ」


 聞き覚えのある声に、スガヤは振り返る。そこには西日を背負って影になっている男が仁王立ちしていた。カーヌスだ。


 スガヤは起き上がり、立ち上がる。

 身体についた砂埃を払いながら、うっすら笑った。


「越境は死罪だぞ。」


 カーヌスが溜め息混じりに呆れたように言った。スガヤは何も答えず、歩みを進めてカーヌスの肩をポンと叩く。


「スガヤ、何で俺たちに助けを求めないんだ!」


 カーヌスはスガヤの腕を掴み、声を荒らげた。その声にはあからさまな怒りが込められていた。


「別に。これは私の問題だ。お前たちには関係ない。」

「一人でコロルに侵入する気か?それが無謀だと言ってんだろ!何のためにそんなリスクを犯す!確証はあるのか!」


 カーヌスの怒鳴り声に、スガヤは軽く笑って、だがすぐにその顔から笑みを消した。


「今さらだろカーヌス。隠さなくてもいい。積み荷は奴隷だったんだろ?」

「違う。」


 カーヌスは平然と言ってのけた。

 スガヤは相変わらずだなと鼻で笑う。


「お前がここに私を止めに来た時点で決定だろ。団員を放っておけないのは、お前の長所であり短所だな」


 そしてスガヤは小さく呟いた。


「コロルが、密輸させてまで欲しい奴隷が、有翼人ではないはずがないのさ」

「・・・お前の買った奴隷は、有翼人だったのか」


 カーヌスは言葉を失い、スガヤは穏やかに微笑む。


「今まで、色々ありがとうな、カーヌス。お前の下で働けて、本当に楽しかったよ。」

「・・・スガヤ、」


 西日に向かい歩くスガヤの影はまっすぐに伸びていた。

 その背中を見送りながら、スガヤは今日旅立つのだろうなと、カーヌスは強く歯噛みした。


     ・・・


 黒を買ったのはコロル高官だったが、その所有権はコロル政府にあった。


 度重なる有翼人の襲来で疲弊しきった国力と士気を上げるため、1ヶ月後に予定している大規模な軍事パレードの一環で、有翼人の公開処刑が行われる。


 その日までただ収監しておくはずが、有翼人を捕らえたその高揚感から一部の兵士が暴走した。



 黒の収監されていた地下牢には、毎日のように数名の兵士が現れた。


 捕らえられた姿を見て嘲笑を浴びせる者、唾棄する者、挑発する者、様々だったが、ある日、若い兵士が牢を開け、中へ入り、直接黒を力任せに蹴りあげた。


 周りの兵士に囃し立てられ一層調子づいた若い兵士の暴力は、黒をその場に跪かせ、嘔吐させ、意識を混沌とさせ朽ちるほど執拗に行われた。


 それでも、猿轡をされているとは言え、声を上げない黒に、兵士たちは一層興奮した。


 その噂は瞬く間に広がり、特に若い兵士が代わる代わる毎日のように地下牢を訪れては黒への折檻を続けた。


 折檻が常態化していった背景には、有翼人のその高い治癒力にも要因はあった。


 どれ程ひどい暴行を受けようとも、翌日にはあらかた治っている。


 だが、それは行為をエスカレートさせる原因ともなり、兵士たちはいかに翌日まで自分が付けた傷が有翼人に残るか賭けまで始める始末だった。


 そんな日々が暫く続いた。



 人知れず、黒の瞳は次第に黒さを増してきていた。もはや漆黒と化している。白目の部分は赤く充血を始めていた。



 ある日。

 毎夜、黒の身体を清めに来る幼い奴隷の少女が、その黒の静かな異変に気がつき、横たわる黒の頭を撫でた。


「大丈夫、ですか?」


 あからさまに大丈夫ではない黒に、恐る恐る尋ねる。黒は漆黒の瞳を少女に向け、途端に半身をもたげた。


『・・・お前、お前は、何者だ?』


 猿轡をはめられているため言葉にならない黒の言葉を、少女は理解し、俯いた。


「私は、・・・私は、有翼人に作られた、有翼人亜種と呼ばれるホムンクルスです。」


 泣きそうな、それでいてとても消え入りそうな声だった。


『あいつらは、まだそんなものを作っているのか』


 呆れにも似た息が漏れる。


(だが、)


 黒は起き上がり、その場に胡座をかいて改めて奴隷の少女を見遣る。


(この子は、同志らが作り出すあの傀儡どもとはわけが違う。もっと、崇高な、)


『背中の羽根を見せてくれないか?』


 黒の訴えに、少女はおずおずと後ろを向き、羽織っていたマントをずり下ろして、服を少し脱いだ。


『・・・それは、』


 その背に現れたのは、ヒヨコほどの小さな翼。だがその色は、有翼人の始祖、遥か昔に亡くなった同志、プルウィウス・アルクスと同じ七色であった。




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