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漆黒の羽根の舞い散る夜に  作者: みーなつむたり
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第七話 石つぶては投げられた



 いつまでも、泣いてばかりでは問題は解決しない。

 泣き腫らした目を手鏡で確認して、スガヤは自らの頬を両手でバチンと強く叩いた。


     ・・・


 奴隷馬車が消えて3日目。

 スガヤは召集がある日もない日も変わらず毎日、時間を見つけては奴隷馬車の情報を得るため街を巡回していた。


 だがどんなに歩き回ってみても、奴隷馬車の行方も、あの奴隷商人の居場所も、見つけることができないでいた。


 情報の集め方を変えなければならないと気がついた5日目。


 フラーウムに協力を仰ぎ、傭兵団の監察方アキエースの身柄を確保した。

 嫌がる彼を無理矢理酒場に連れ出す。若いアキエースはフラーウムに淡い恋心を抱いていた。若さゆえにフラーウムの誘いを断ることができなかったのだ。


 酌が進み、気分もよくなったアキエースに近頃変わったことがなかったかフラーウムが聞いた。

 赤ら顔のアキエースは嬉々として自身の情報を惜しげもなく披露する。


「不審な轍?」

「そうなんですよ。コンセンススの峠をコロル領に向けて付いてたみたいですよ。どうやら馬車か重たい荷車が通ったみたいなので、今団長たちが調査に出てます。」

「・・・レアメタルの盗難被害の届けは?」

「今のところ出ていませんね」


 ルーベンでのみ産出可能な万能資源レアメタルは、発掘重量等を国が厳重に管理している。数量重量共に変化がないとするならば、レアメタルが外部に持ち出された可能性は極めて低い。


 レアメタルが密輸された可能性がないとするならば、一体何が密輸されたのか。


「スガヤ姉、この話、私も聞いてないですよ。」


 フラーウムがアキエースに笑顔を向けたまま小声で囁く。スガヤは小さく頷いた。


(こんな情報、私たちに隠す意味がわからない。)


 スガヤの背筋がゾクリと震えた。


 外交を絶っているルーベンにおいて、外部との接触の可能性をもたらす情報は、国境警備にあたる兵士の共有認識として持っていなければならない。

 ルーベン側の何者かがコロルへ向けて何かしらのコンタクトを取った可能性があるのならば、コンセンススの峠の国境警備はより厳重にする必要があるためだ。


 だがコンセンススの峠の警備人員を増やしたとの情報さえも、スガヤもフラーウムも耳にしてはいなかった。


「そっかぁ。まあでも、こんなお仕事の話、お酒の席では無粋ですね。ほら、アキエース、楽しく飲みましょう。」


 アキエースにしこたま酒を飲ませて潰した後、フラーウムが声を潜めて聞いた。


「もしかして、一部には持ち出された積み荷の情報はリークされてるんじゃないですか?しかもそれが国にとって重要ではないから緊迫感も焦燥感もないのでは?」

「おそらくな。しかも私やお前に情報が伏せられている。国境警備を強化するなら、まず私たちを投入するだろう、捨て駒なんだから。」

「またそんな言い方する。スガヤ姉はともかく、私は団に重宝されてますけどね。」


 フラーウムの軽口にハハッと笑って、しかしスガヤはすぐさま腕を組んだ。


「コンセンススの峠は、・・・エブルの管轄だったな。」

「そうですね。」


 フラーウムは安い酒をスガヤのコップへと注ぐ。


「エブル副団長、スガヤ姉が奴隷を買ったって、面白おかしく取り巻きに話してましたよ。その前からスガヤ姉が奴隷馬車に足繁く通っているって噂はしてましたけど。」

「やはり知っていたのか。」

「そりゃ、こんな小さな街ですもの。しかもその奴隷引き連れてスガヤ姉、街を闊歩したんでしょ?そりゃ噂にならない方がおかしいでしょ」

「闊歩はしてない。が、そうか。あいつは前から知っていたか。」


 光明が見えて、スガヤは小さく笑った。


 二日後、傭兵団副団長エブルが密輸に加担した兵士を一人捕らえて来た。

 管轄区域からの国外漏洩の罪は相殺されたと、エブルがちらりとスガヤを見たが、スガヤはそれを黙殺した。


     ・・・


 数日かけて、黒塗りの馬車はコロル首都ペルティナーキアに到着した。

 荷台の扉が開けられ、黒い鎧を着た兵士たちに首の鎖を引っ張られ外に連れ出された。


 まばゆい光に目を細める。


「モタモタするな!早く来い!」


 黒は、兵士たちに足蹴にされながら、じゃらじゃらと足の鎖を引き摺り歩く。


 首の鎖を持った兵士は馬に股がり、そのまま街へと進んでいった。



 人通りの多いメイン通りを、裸足で歩く黒の漆黒の翼は露にされていた。


 忌むべき有翼人が捕らえられた。


 街は最初にどよめいて、しかし次の瞬間には兵士への称賛を口々に叫んだ。


「化け物!」


 一人の子供が小さな石つぶてを黒に向けて投げつけた。


「化け物!化け物!お前なんかやっつけてやる!」


 その石はみるみる増えてゆき、いくつもいくつも黒に向かって投げられた。


 黒を引いていた兵士は馬の歩を止め、にやけた顔で振り返り、黒を見下ろす。


 黒は、ただ前だけを見据えていた。

 その黒い瞳にはなんの感情も見受けられなかった。


 だが徐に、その背中の漆黒の翼をゆっくり大きく広げた。


 街はざわめく。


 異形の様がより一層強くなり、人々の目に黒く滲む。


「化け物!お前のせいで俺の家族は!」

「化け物!兵士は何をしている!早く殺せ!」

「殺せ!殺せ!」


 自らの正義を疑わない民衆の石つぶては留まることを知らない。


 その石は黒の足に当たっては落ち、手に当たっては落ち、身体に当たっては落ち、翼に当たっては落ち、顔に当たってはコロコロと地面に落ちていった。


 全身から少しずつ真っ赤な鮮血が流れゆく。


 それでも黒は、大きく翼を広げたまま、ただ前だけを見据えて立ち尽くした。 


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