scene2−2ボクと環境整備
この患者さんは2週間前に脳出血となった方だ。
僕たちが怪我をすれば腫れたりすることもあるだろう。同じように、患者さんの脳は出血してしまい、周囲の脳組織が腫れてしまっている。脳浮腫と呼ばれる状態だった。
ちなみに人間の骨格は自由に大きく小さくなることはできない。何が言いたいかといえば、脳が浮腫んで大きくなるに連れて、頭蓋骨も大きくなることはありえないのだ。だから、浮腫んでしまえば頭蓋骨のなかが満タンに満ち溢れてしまうほどに腫れ上がることもある。
けれど、もちろんそんな状態では脳の元気な部分にも悪影響が出てしまう。それを避けるために、患者さんは外減圧術という脳の浮腫みを軽減させるために頭蓋骨の一部を外す手術をされ、今に至る。声をかけても目をあけてくれることは今のところない。でも、体の向きを変えたり、手や足の位置変えたりすると少し顔の表情が変わる。
呼吸も患者さん自身が自分で息を吸って吐いてと呼吸をしている訳ではない。今は気管挿管といって口に太いチューブが入っており、その先に人工呼吸器がついている。この人工呼吸器がなければ、患者さんの呼吸は止まってしまう。
そして、明日にはこの人工呼吸器の管である挿管チューブを喉に移す気管切開という手術が予定されている。僕はそんな患者さんの姿を見ながら、周囲の様子を眺めていた。
「んー。終わっちゃいるけど、これ・・・周りどうよ?」
「え?」
患者さんの周囲には不要な機材や、体位変換に使う枕があり、よく見れば先ほど点滴をとった時の残りのテープが置いてある。点滴を機械で一定速度に落とす役割である輸液ポンプのコードも絡まっている。掛けられている寝具も、点滴がとられた側の腕がやや見えており、乱雑だ。挿管チューブも危険な位置ではないが引っ張られている。このままでは患者さんの唇に傷ができてしまうかもしれない。よく患者さんが足につけるマッサージ機と称される下肢の血栓という血の塊ができる病態を予防する機材も、コードと接続の管がぐちゃぐちゃだ。
【環境整備】という言葉は、看護業界特有の言葉だろうか。普通は整理整頓という言葉の方が妥当かもしれない。でも看護業界の環境整備というのは、単純に整えれば良いという訳ではない。
整理整頓はもちろん、患者さんの安全を守りつつ、清潔や感染予防にも配慮し、さらには病院で生活する患者さん自身が大事にしていることにも気を配るという…案外難易度が高いことなのだ。
昔、病棟で働き始めた新人の頃、先輩に環境整備と言われてベッドの上に置いてあったティッシュを捨てたら、患者さんにとても怒られたことがある。それはまだ使うものだと。だから、整理整頓とは違うのだ。ちなみに、ティッシュごと包まれた部分義歯を捨ててしまったという例も以前あったらしい。自分にとっては不要なものでも相手にとっては価値あるものだなんて綺麗な字面では片付けられない。
そういえば、看護学校で読まされるナイチンゲール覚書という本の著者であるナイチンゲールさんも、たしか環境整備が大切だって言っていた。何がどう大事だとか、何をしろとかまでは、よく覚えていない。ナイチンゲールさん、ごめんなさい。でも僕は僕なりの理由で環境整備を大切にしていますので、後輩にもその話をしようと思います。
「ちょーっと汚いかな。患者さんの周り。リハビリやって、点滴とったのが…うん。わかる感じ。その名残りがな、すごい感じ。余波がね。」
「あ・・・。」
僕は元々叱ることや指導が苦手で、後輩に対して指摘しなければならない時などは、特に言葉を選んでしまう。あんまり強くいうのも得意じゃないし、マイルドに伝えると伝わらないし。いい塩梅が未だに分からずにいた。
今も、正直本心から言えば、患者さんの周囲はすごく汚い。片付けられるものも片付けていないし、乱雑な印象だ。これを後輩が次にも生かして、自ら環境整備ができるように伝えるにはどうしたら良いものか。
これは僕だけのこだわりかもしれないけれど、環境が汚いと患者さん自身を粗雑に扱っているような感覚に陥り、とても嫌だと日々感じる。
それでも、例えばものすごく忙しい日や急変が起きた時には、そこまでかまっている状況ではない時も多い、そういう時は、イベントが落ち着いたら綺麗にするが、イベント続行中のまま次の勤務帯に引き継がざるを得ない時は、スタッフに伝えて託すようにしている。
さらにいえば、今この場であるICUは、やはり状態が悪くなる患者さんが多い。何かが起こった時に、すぐ対応できなければならないのだ。そこで乱雑であったり不要なものがあると、対応できるものも出来なかったり、混乱を生じることすらある。それらを含めて、僕は環境整備には口うるさい方だと実感している。
「一緒に片付けようか。」