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Silver Sisters 1 ~メイド狩りの魔法少女~  作者: 瑞城弥生
第二章 旧国立研究所
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 旧国立エストル研究所の所長である伊集院梨絵は、実験室にある自分専用のコンピューター前に座ったままモニターを睨みつけていた。


「まじか」


 メールの内容はいたって簡単だ。差出人はメイド長である。来月視察に行くのでよろしくとのことだった。


「勘弁してくれんなまし」


 そのメールを開いてから、梨絵の心は沈んでいった。

 研究所から三百キロほど南に位置する旧王都トヨハラの中心に、梨絵の実家である伊集院家は建っていた。延床面積二十五万平米を超える大豪邸だ。

 現在の当主は梨絵の姉である長女だが、彼女がわざわざこんな田舎までやって来るはずはない。いや、そんな暇などないという方が正しかった。来るのは彼女ではなく、彼女の側近である当主専属のメイドだろう。メイドは身の回りの世話をするだけではない。秘書的なこと、護衛的なこと、とにかくあらゆるの業務を難なくこなすエキスパートだ。時には名代として大きな権限を持つことさえあった。

 連邦に占領されてから、公式にはメイドの存在は禁止されたが、上級貴族である伊集院家にもまだ数多くのメイドが働いている。全盛期には三十二人いた当主専属メイドも今では十六人へと半減した。それでも皆優秀な人材には違いない。

 梨絵は伊集院家の三女である。原則として女性が家督を継ぐ事になっているこの国に於いても、上の二人の姉が生きている限り梨絵が家を継ぐ必要はない。始祖である伊集院玲子の才能を色濃く受け継いだ梨絵は、当然のようにシステム開発の道に進んだ。もとから才能はあったけれど、ちょうど十年前、それまでの実績が認められ、二十八歳でここの所長に抜擢された。

 実際には実績よりもコネだった。

 旧国立研究所は、連邦の占領後に上級貴族である柏崎家の所有物となった。もともと柏崎家の寄付により設立された研究所だったから、本来の持ち主に戻ったというのが正解だろう。

 コネが使えたのは、伊集院家と柏崎家という上級貴族としてのよしみであるが、ある程度自分の好きにできる環境は嬉しかった。


「所長、少しお時間よろしいでしょうか」


 副所長の北野美千留が、遠慮がちに声をかけてきた。黒髪で三つ編みでメガネという学級委員長を絵に描いたような白衣の女性だ。研究所だから白衣を着ているのは当たり前だったが、美千留はとても白衣の似合う女性だった。梨絵より五歳年下だが、しっかりとしていて信頼のおける部下だった。


「はい、いいっすよ」


美千留はこの研究所では特別に優秀な職員だ。もともと連邦東部の田舎町の出身で、連邦の有名大学を主席で卒業したという才女である。その上、連邦政府の監視役という顔も持っていた。彼女のお陰で、連邦に目をつけられそうな研究は表立って出来ないという問題はあったけれど、日常業務をこなすという意味では、とても貴重な人材だった。


「実は内地の研究室に戻るよう内示がありまして」


 もともと国立だったこともあって、占領後も、職員は国家公務員のままである。梨絵自身は、その立場と家柄の関係で強制的な異動はないけれど、その他の職員は連邦各地に飛ばされる可能性さえあった。そして残念なことに、梨絵に人事権はないのである。人事についてはすべて連邦の人事局が掌握していた。


「そっか。北野さんが抜けると色々困るなぁ」


 連邦国内に研究所などほとんど無い。だから職員の異動は珍しかった。そのせいでそういったイベントが有ることを梨絵は忘れていた。監視役がいなくなるという意味では嬉しかったけれど、優秀な人材が抜けるという痛手はある。後任も彼女ほどの仕事ができればいいなと思ったが、それは無理な注文だろう。こんな辺境の施設に送られてくる者に優秀なものなどいない。連邦本国から見れば、島流しもいいところだ。

 そういう意味で美千留は特別だった。


「後任はすぐに来ます。ですが……」


 美千留が言葉すなど、彼女にしては珍しいことである。やっぱり後任人事に不安があるのだろう。


「何か問題でも」


 彼女は言いにくそうに顔をしかめる。そんな顔をされると、こっちまで不安になる。


「優秀とは聞いているんですが、なにぶん新人なものですから」


 梨絵は、人事局が研究職の新人を採用していた事の方に驚いた。


「まあ、仕方ないよ、こればかりはね。その子には頑張ってもらいましょ」

「すいません力足らずで。よろしくおねがいします」


 連邦の国家公務員には、異動するときに後任を指名出来るシステムがあった。今回はそれを活用できなかったという事だろう。彼女の力不足というより、人事局の都合に違いない。それでも新人のほうが御しやすそうだ。ある意味嬉しい報告だった。


 北野美千留が本国に戻った翌日の朝、紅茶をすすりながらその日の予定を確認していた梨絵のもとに、新人が着任したという連絡が届いた。どういうわけか着任当日まで、着任日も名前も何もかも、必要な情報すら伝えられてこなかった。今日まで何度も人事局に問い合わせたが、答えは一向にもらえなかった。

 それも原因の一つだろうが、梨絵は新人のことなどすっかり忘れていた。美千留という監視役がいなくなった気の緩みと、伊集院家からの視察の件で緊張したのが原因だ。

 受付を含めた事務全般を担当している中島広恵が、若い見慣れない女性を引き連れて所長室を尋ねてきた時、梨絵はやっとそのこと――新人がやってくる事を思い出した。


「所長、新しい方がお見えになりました」


 中島はそう言って新人を所長室に放り込むと、逃げるように出ていった。

 事務系の職員は一人しかいないから、忙しいのは分かっているけど、そこまでそっけなく対応することも無いと、梨絵はいつだったか中島に直接言ったことがあった。けれど彼女は適当に返事をするだけで直ぐに仕事に戻ってしまう。高卒採用で五年目の中島は事務員としては優秀だけど、もう少し愛想があってもいいんじゃないかと心配になる。

 しかし、あれでも恋人はいるのだから世の中は不思議だった。


「はじめましてです」


目の前の女性――と言うか見た感じ少女は、明らかに新人というオーラを振りまいていた。その上、割と可愛らしい容姿をしている。ショートカットもよく似合っていた。おどおどとした様子はなく、かなり好感の持てる部類である。もとより仕事の出来はたいして期待していないから、見た目と雰囲気は取り敢えず合格だと梨絵は思った。


「所長の伊集院だ。まあ座り給え」


 梨絵は応接セットのソファーを彼女に勧めた。


「はい失礼します」


 少女は、礼儀正しく挨拶をしてソファーに座った。

 それなりの教育は受けているようで、まずは安心した。


「さて」


 梨絵は彼女の向かいに座った。

 まずは聞かねばならないことがある。それを聞かなきゃ始まらない。


「君の名は?」


 彼女はにっこり笑ってから、自らの名前を口にした。 

次回更新は 3/13 です。

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