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Silver Sisters 1 ~メイド狩りの魔法少女~  作者: 瑞城弥生
第一章 王家のメイド
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 社長室は、シスカ駅前のビジネス街に立つ十四階建て自社ビルの十二階にあった。


 学生の頃は空手の全国大会に出たりしたくらいだから体力には自信がある。フルマラソンであっても四時間以内に完走はできた。けれど十二階分の階段を朝から登るのは流石に辛いと、麻布は最近思うようになってきた。


 体力の衰えを感じずにはいられなかった

 自分の年齢を感じずにはいられなかった。


 朝から疲れては仕事にならないと、だから麻布は毎日エレベーターを使っていた。


 エレベーターホールに入ると、そこには警備部の前田部長がいた。

 朝の通勤時間に限って、二台あるエレベーターは一階から八階までの中層用と八階から一四階までの高層用に分けられている。今は二台とも八階に止まっていた。彼はその数字をじっと眺めていて、麻布が来たのに気づいていない。身長は百七十弱で、麻布とさほど違わない。やや白髪の混じった頭に、太いフレームのメガネをしている。観たまま、そのままの真面目な男だった。真面目すぎるくらいに真面目だった。


「おはよう」


 朝の挨拶は基本である。だから麻布から声をかけた。


「あ、社長。おはようございます」


 突然声をかけられた前田は、慌てて振り向き姿勢を正すと、気づかなかった無礼をわびた。それから思い出したように話しを続ける。


「西岡の当主から、話があるので時間を作って欲しいと頼まれまして」

「ぼくにかい?」


 西岡というのは、シスカの西方に位置する小高い丘の上に建てられた大豪邸の呼び名である。ただ単純に西の丘にあるから西岡だ。それは蔑称などではなく親しみの込めらた呼び方だった。

 そこに住んでいるのは、吉野という言う名の上級貴族である。当主の名前は吉野瑞希といい、代々その名を受け継いでく由緒正しき家柄だ。


「なんでも社長に直接お話したい事があるとか」


 貴族の当主から、社長である麻布に直接に話があると言うのはただならぬ事だった。特別に思い当たるフシはないが、嫌な予感しかしなかった。貴族が政治や経済に口を挟むことは殆ど無い。法律で禁止されている訳ではないけれど、自重しているのだろう。そういう状況を踏まえて考えれば、通常ありえないことだった。

 少なくとも、麻布が社長になってからは初めてだ。

 いや、『あの日』以来初めてだ。


「それは何時頃なのかな」

「先方の都合が付いたら直接いらっしゃるらしく」


 貴族はいつもそうだった。相手の都合などお構い無しで、自分のことが最優先だ。でもそれは昔からの習わしで、誰も異議を唱えることなどできなかった。

 その習慣だけは、未だに全く変わらなかった。

 変えられなかった。


「相変わらずだな」

「ほんとう相変わらずです」


 前田が呆れ顔でだめ息をついたのと同時に、高層用エレベータが到着しので麻布は、中層階で勤務している前田を残して一人でエレベーターに乗り込んだ。操作パネルにある読み取り装置に軽く手のひらをかざし自らを認証させてから、十二階と閉のボタンを順に押した。この時間だと、通常の社員が出勤する時間にはまだ早いし、高層階は特別な部屋が多いので、エレベーターで他の社員と乗り合わせる事はほとんどない。若い女子社員と一緒になることもなかった。

 それは少しだけ残念だった。

 

 十二階は役員エリアである。社長室を始め、副社長室、役員室、秘書室などが配置されている。社長室はエレベーターを降りて右手の一番奥にあった。

 麻布は生体認証で鍵を開けて社長室に入る。机の他には応接セットや書類棚、そして専用のロッカーがある。それほど広い空間ではないが、麻布にとっては落ち着ける場所だった。麻布は上着を脱いでロッカーに仕舞い、パソコンの起動ボタンを押してから、備え付けの給湯室へと入っていく。朝一番のコーヒーは自分で入れるのが日課だった。もちろん豆も自分で選ぶ。駅前のコーヒーショップ『サーティーナイン』のオリジナルブレンドが自分に一番合っていた。そしてこれだけは、秘書に任せたりせず、必ず自分で買いに行くと決めていた。

 落とし終えたコーヒを片手に椅子に腰掛け、コンピューターにログインしてからメールソフトを立ち上げると、麻布は電子メールを確認する。この一連の作業も日課だった。特に急ぎの用事と思われるメールは無かったし、西岡からの連絡もまだ来ていなかったからホッとした。最後に秘書が管理しているオンラインの予定表を確認する。

「珍しいな、午前中は来客も外勤もなしか」

 社長ともなれば、デスクワークよりも接客や接待、あるいはハイレベルな営業がメインになる。落ち着いて部屋にいられるのは、二十二時を回った深夜の時間帯ぐらいだ。だから特段予定が無いのは滅多にないことだった。


「さて何をしようか」


 珍しく手に入った空き時間に少し戸惑いながら、麻布はカップを口元まで運び、コーヒーを注ぎ込む。心地よい香りに包まれ、まったりとした気分でいたところに、内線の呼出が鳴り響く。

 受付からだ。

 通常、受付から直接内線がかかってくることはない。社長には秘書室経由で取り次ぐと内規で決まっていたからだ。秘書室が無人というのはありえない。

 南郷だなと予想しつつ、麻布は内線を繋いだ。


「あ、受付ですぅ」


 やはり南郷だった。間延びした話し方ですぐに分かる。声のトーンから察するに、緊急案件ではないようだ。ただ単純に、手順をミスったに違いない。たまたま白石が席を外していたのだろう。ミスをするのも新人の仕事のうちだと、麻布はいつものように広い心で彼女を許した。


「どうした?」

「お客様がお見えですけど」


客?

 予定表で確認したが、午前中に来客の予定はない。ということはアポなしの飛び込みだろうか。しかし、新人研修で恒例の飛び込み営業の時期はもうとっくに終わっていた。あれは迷惑だから本当に辞めてほしかった。度胸をつけるなら別な方法でやってほしい。それに、営業ならまず営業部に回すべき案件だろう。個人的な知り合いであれば、事前にメッセージを寄越すはずだ。

 いつもならそう考えて、取り次ぐしまもなく断るのだが今日は違った。今朝の警備部長の話を思い出したからである。その客が西岡の使いだったりしたら失礼だ。あいつらはいつだって、予告も予約もなしにやってくる。


「午前中の来客は予定にないはずだが、誰かね」


 とは言え来訪者が西岡の使い、あるいは当主その人である可能性は否定できない。まだ朝の連続テレビ小説が終わったばかりの時間だけれど、貴族を相手にそんな常識なんて通用しない。いや、あいつらテレビなんか観ていないだろう。ただ、八時には出社していると、業界では有名な話だから、その時間を狙ったと考えて間違いない。


「え~と、あの~、それがですね」


 南郷の態度がはっきりしない。白石は何処に行ったと言い掛けたとき、聞きなれない単語がが麻布の耳に飛び込んできた。


「メイドなんですぅ」


 聞き間違いかと思った。

 そんな名前の会社はないし、そんな名前の友人も麻布にはいなかった。

 しかしその言葉の持つ独特の響きに、違和感と危機感を同時に感じた。


「メイド?」


 聞きなれない言葉である。いや、聞かなくなって久しい言葉だ。この国にはもはや存在してはいけないはずの言葉だった。


「メイドだと? メイドってのは、あのメイドのことか?」


 他にどんなメイドがいるのだろうか。分かっているのに南郷に問いただす。麻布は自分が混乱しているのを感じていた。


「多分そのメイドだと思いますぅ。メイド服を着ていますからぁ」


 それはそうだ。メイド服を来ていれば、確かにメイドに違いない。いくら新人の南郷であってもそこを間違えたりはしないだろう。麻布は少し冷静になって考えた。


「それもですねぇ、メイド服がですねぇ、タイプ・ゼロみたいです」


 南郷がメイドという言葉を知っているという事実に驚く必要はない。そして彼女がいくらか興奮する理由も分からなくはない。街で姿を見なくなってから数十年は経過していたが、メイドという職業は未だ女子には人気が高い。一般には募集もしていないし、本来なら存在していてはならない職種ではあったが、今でも貴族の屋敷に居ることを、麻布は職業柄よく知っている。


 しかし、南郷がそのメイド服を「タイプ・ゼロ」と判断したのには驚いた。

 まだメイドが存在していた頃、メイドという職業の特殊性から、メイド服はすべて国の管理下に置かれていて、自由に作ることもできず、メイドの資格を持つもの以外着ることさえ許されていなかった。


 だからこそ、メイドは憧れでステータスだった。


 タイプ・ゼロとは、その中でも上級貴族の家でのみ使用された由緒正しき特別なデザインのメイド服だ。上級貴族とは「北山」「保坂」「伊集院」「吉野」「柏崎」の五つの貴族を指し、表向き行使する事は無かったけれど、今なお強大な権力を有していた。

 三十年前に隣国ソーニャ連邦が、ここカラフ王国を侵攻し、征服し、自治領とは言え属国として併合した際、連邦政府はメイドの存在を大いなる脅威と認定し、メイド禁止令を発令した。今もその法律は効力を発揮している。道端でメイド服を見かければ、撃ち殺しても罪にはならない。

 たとえ本物のメイドであっても、外出の際にメイド服を着たりはしない。メイド服を着て外に出るなど狂気の沙汰だ。何時、誰に殺されてもおかしくはないのだから。

そんな危ない格好での会社訪問など、麻布にとって迷惑以外の何物でもなかった。

 しかしそれゆえ、その格好であること自体が正式な、本物のメイドによる訪問だと証明している。つまり、貴族当主の名代であることは間違いない。そして麻布の方も、正当なメイドの訪問を断ることは許されない。それは占領下にある今でも、旧王国民の変わらないシキタリだった。それが国内に知れ渡れば、商売など続けることは出来なかった。


「それで、一体どこのメイドなのかね」


 タイプ・ゼロのメイド服を着ていれば、間違いなく上級貴族のメイドである。やはり西岡からの使いと考えるべきだろう。目立つ行動は連邦政府の機嫌を損ねかねない。本当なら遠慮してほしかった。あとで抗議しようと考えたけれど、貴族が一市民の言うことなど聞かない事も、分かりきった事だった。麻布には経験上それが痛いほど分かっていた。


 西岡、つまり吉野家の家紋は桜の花びらである。王国時代には教育分野に力を注ぎ、最高級の教育機関である如月女学院を創立した。そこから多くの優秀な人材が産み出されてきたことは有名である。うちの副社長もかの大学部経営学科の出身だった。


 吉野家からの依頼とあれば、普通であれば警護だろう。しかし、その程度の依頼であれば、まずは屋敷の警護責任者から、我が社の警備担当課長あたりに相談があるはずで、危険を犯してまでメイド服姿のメイドを寄越す必要など無い。有り得ない。依頼の内容が何であろうと、その重要性はメイドがメイド服で現れた時点で明らかだった。


 どれほど面倒な問題を持ち込んで来たのだろう。

 麻布の胃がキリリと痛んだ。


「ちょおっと待ってください」


 南郷は来訪者の名前を聞いていなかった。メイドの出現に興奮するのは分からなくも無かった。新人だし、それは仕方ない事だ。そのことについては、あとから白石に注意させよう。しかし流石にミスが多すぎる。


 その時の麻布にはまだ、そう考えるだけの余裕があった。


「え~とですねぇ。柏崎さまのお使いだそうです」


 吉野家の使いだと思いこんでいた麻布は、その名前を聞いて驚いた。


「柏崎だと」

「あ、はい、そうおっしゃっておられますです」


 南郷の怪しい敬語など、既に気にならなくなっていた。


 柏崎家は隣の第五行政区を治めていた上級貴族である。代々の当主の名前は柏崎五月と言う。主に科学技術の分野を担当していて、国立研究所の管理・運営を任されていた。

 柏崎家の邸宅は、ここから車で小一時間ほど、峠を超えてすぐのところにあるから、距離的に遠いというほどではない。しかしメイド姿で訪ねて来るには、吉野家以上に危険な旅だ。


「一体何の冗談だ」


 そうつぶやくのがやっとだった。麻布にはすでに余裕など無かった。相手の目的が全く読めない。いろいろな可能性を考えたが、考えるだけ無駄だとすぐに悟った。


 麻布は目の前の空間にコンソールを開き、受付に備え付けられてある監視カメラの画像を呼び出した。カメラの角度が悪くはっきりとは分からないが、彼女が着ているのはタイプ・ゼロのメイド服によく似ている。近くで見ない事には確信はできないが、どうやら南郷が冗談を言ったわけではなさそうだった。


タイプ・ゼロのメイド服というのは、一着ずつオリジナルナンバーの縫い付けられた登録制で、その製造方法の特殊性から、複製は技術的に不可能だった。つまりそれ自体が信用のあかしであり、権力の象徴でもある。


「すぐにお通ししろ」


 平和だった午前中の予定が、面倒な出来事でひっくり返されたのは腹立たしいが、このままメイドを追い返すということは、上級貴族を敵に回すということである。貴族の警護で成長して来たフィックス・スター社は、いまその仕事を失うと会社の経営が厳しくなってしまう。それに、大概的な印象はガタ落ちだろう。自分の代で会社を潰すわけには行かなかった。麻布には、メイドを受け入れる以外の選択肢はあり得なかった。


「よろしいんですかぁ」


 南郷の語尾にイラッと来たが、いまはそれどころではない。


「いや、すぐに秘書を向かわせる。そこで待っていてもらえ」


 南郷はまだ若い。占領前のことなど教科書でさえろくに読んだことなどない小娘だ。いくらメイドに憧れを持っていたとしても、メイド服のデザインを知っていても、彼女にとって「柏崎」などというブランドは、そう簡単に認識できるものではないのだろう。

 恐れるべき対象でもないだろう。

 それは今回のように上級貴族のメイドが現れるという可能性を想定して、そのような新人教育を行ってこなかった麻布の落ち度とも言える。しかしそんな可能性など、誰だっても思い付きはしないだろう。


「メイドが来社するなんで、帝国の大統領よりあり得ない事だと思っていたんだがな」


 連邦と敵対する帝国の大統領が来社することも、もちろん有り得ないことだった。

 そうだ、誰も悪くない。常人ならば想像できない完全に想定外の出来事だ。麻布はそう考えることで、正気を保った。

 それでもこれは現実だ。現実として受け入れて、現実的な対応が必要だった。

 受付との内線を切断した麻布は、すぐに秘書室へと内線をつなぎ替える。


「はい、秘書室・宮沢です」


 一コールもしないうちに応答したのは中堅社員の宮沢美城みしろだった。秘書には似合わない元気な声は好感が持てる。麻布がお気に入りの一人だった。目立たないことを優先した髪型とは裏腹に、その容姿は人並み以上であり、すました顔も堂に入ってる。秘書として申し分ない人材だったが、他人を見下し気味なところは否めない。ただ、それを表に出すのは、酒の席でだけだった。


「受付まで来客を迎えに行って、応接室Aに案内してくれ。粗相のないようにな」


 いつもなら、仕事の話の前に冗談交じりの世間話をするのだが、今回は手短に要件のみ伝えた。そのおかげでただならぬ状況だと宮沢はすぐに気づいてくれたようで、彼女にしては緊張した返事が帰ってきた。


「かしこまりました。それで、お客様のお名前は?」


 宮沢は当たり前のように客の名前を尋ねてきた。当然の手順である。彼女はどんな時でも確実な仕事をする。仕事のできる秘書はありがたい。


「名前?」


 それと同時に、麻布は、名前を確認していないという不手際に気づかされた。それだけ動揺していたのだろう。基本的なことも出来ていなかったと、麻布は恥じる。これでは南郷の失敗をを怒れない。


「柏崎家のメイドだそうだ」


 仕方ないのでわかっている情報をとりあえず宮沢に伝えた。優秀な彼女なら、それでだけでなんとかしてくれるはずである。


「メイドですか?」


 宮沢は、その言葉を聞いても動揺さえしなかった。本当に仕事のできる部下は頼もしいと麻布は思った。宮沢の優秀さにいつも以上に感謝をした。


「そうだメイドだ。最上級のおもてなしで頼む」

「かしこまりました」


 見たことなど無いはずなのに、宮沢は、メイドとは何かと聞き返してはこなかった。メイドについての基本情報は持っているのだろう。彼女なら心配することは何もない。そう自分に言い聞かせて、麻布は椅子の背にもたれ掛かる。机上のカップを持ち上げるが、中身が空になっているのに気づいて元にもどした。


 正直を言えば、上級貴族が寄越してきたメイドの相手などしたくない。けれどメイドをそのまま応接室に放置しておくわけにもいかなかった。麻布は室内の姿見で身なりを整えて、メイドが入室するのを確認してから、渋々応接室Aへと向かった。

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