そして朝
爽やかな風が朝の日差しと共に吹き渡る。そんな気持ちの良い朝だった。だけと目覚めは最悪だった。
夢を見ていたのだ。
明晰夢というやつなのだろうか。夢を見ていることは分かっていた。分かったのだが、その夢は真っ暗で、体を動かすことも出来ず、規則正しい機械音だけが耳に響いていた。ただ、それだけの夢なのだ。
ただそれだけの夢なのに。
はあ。
ため息一つ。全く持って夢見が悪い。
「よく眠れ、ましたかぁ?」
突然背後から声をかけられて、口から心臓が飛び出るほど驚いた。
「ちょっと、そのままでぇ」
何か言おうとしたが、トイラーはこちらの返答を待たず服を脱がしにかかる。不意のことで頭が真っ白になり体が固まるが、すぐに逃げ出そうと試みる。
「動かない、でねぇ」
しかしその細腕からは想像できないほど強い力で押さえつけられてしまい、いとも簡単に半裸にされてしまった。何をされるのか分からず、冷や汗を流し息を止めながら、トイラーを見つめていた。
彼の腕が伸び、手の平が腹を撫でる。指先が冷たく、触れた瞬間心臓が跳ねる。
「ここは、どう、ですかぁ」
「──はい?」
「痛い、ですかぁ」親指で押す。
「……痛く、ないです」
「では、ここはぁ」何かを確かめるように。
「大丈夫、です」
どうやら怪我の治り具合を見ているようだ。
そうと分かると力んでいた体も緩む。彼の問いかけに応えながら他のことを見る余裕も出来たので、自分の体をまじまじと観察していた。
六つに割れたお腹には綺麗な縦筋が三つ。腕も太く、力を入れると筋肉が主張し血管も浮き出る。胸も筋肉により少し盛り上がっている。テレビで見るアスリートの身体。どこにも無駄な脂肪がない。想像を遥かに超えた理想的な肉体だった。
「体は、もう、大丈夫、ですねぇ」
トイラーが俺から離れて立ち上がり、朝日に照らされた彼の髪がきらりと光る。よく見ると、毛先がピンクになっている。不思議な配色だ。
風が吹き少し肌寒くなった。辺りを見渡し床に置いてある服に手をかける。
その瞬間トイラーが反転し短剣を手にこちらへ向かってくる。
彼の手に持つ短剣が目の前にきた瞬間、恐怖で体が強張った。しかし咄嗟に動いた体が右手で彼の腕を右に払い手首を掴み、そのまま内側に捻り空いている左手も使い彼を床に押さえつける。
瞬きをする暇もない刹那の出来事だった。体が勝手に動いた。頭は置いてけぼりだ。
心臓はどくどくと脈打ち、呼吸も荒くなっている。
床にいるトイラーはこちらをじっと見つめている。その真意が読み込めない。
彼が床に倒れた音で、他の人たちも目を覚ます。
「何があった!」
この状況を飲み込めず目を丸くするカイヤ。
「ちょっと、確かめたい、ことがぁ」意に介さずいつもの口調でトイラーは話す「もう、離しても、大丈夫、ですよぉ」
にっこりと笑うトイラーからは敵意も何も感じない。それが却って底知れぬ恐怖を感じてしまう。恐る恐る手を離すと、彼は体を起こし床に落ちた短剣を拾って仕舞う。
「ああ、怪我、させちゃいました、ねぇ」
右の頬がじわりと痛む。いつの間にか切られていた。彼が鞄から何かを取り出した。銀色の丸い小さい缶だ。蓋を開けマーガリンのようなものを左手の薬指ですくい、缶を持ったまま右手で俺の顎を軽く掴んだ。
ぬるり。
冷たい指先が傷口をなぞる。先程の笑みはどこにもなく、琥珀色の瞳が俺を見据えて離さない。鈍く光る双眸で全てを覗かれているような気になり、思わず唾を飲み込む。
「明日には、治り、ますのでぇ」またにっこりと笑い、カイヤの方へ。
彼が立ち去るや否や、どっと汗が吹き出した。心臓の激しく脈打つ音が耳に響く。
頬を触るとベタベタしたものが付着した。匂いを嗅いでみると濃縮された雑草の香りがする。
「大丈夫でしょうか?」
部屋の隅にいたカトが寝癖を付けたままこちらに駆けてくる。その間の抜けた姿は俺を安堵させ、ほっと息を吐いた。その後ろには身支度を整えたガネットがいる。
「ちょうど、いいですねぇ」
カイヤの右足を診ていたトイラーは呟いた。