威生活の始まり
「んで…えっと、校長さんよ」
「何かしら?」
「これから俺らはどーすればいいんだ?」
すっかりやる気になったレイルは指の骨を鳴らしながらチヅルに問い掛ける。その様子を眺めながらルラクは犬と戯れていた。
「まずは男子寮へと案内するわ。リオ、こちらへいらっしゃい」
「リオ?」
彼女が名を呼んだ途端、犬はルラクの元から離れチヅルのリオは隣へと移動した。その行動がリオはこの犬の名である事を示している。
「お前の名前リオっていうの?」
ルラクの声に返事をする様にリオはワンと元気に鳴く。彼がしゃがみ込んで優しく頭を撫でると嬉しそうだ。
「この子は私の愛犬なの」
「校長のか」
「えぇ、長年連れ添ったパートナーよ」
何処と無く納得したレイルに微笑み掛けるチヅル。ルラクとリオは楽しそうに戯れている。いつの間にか三人と一匹は互いに打ち解けていた。平和そのものを具現化したといっても過言ではない程、長閑な雰囲気が自然とそうさせたのだろう。
「可愛いですよね、リオ」
「ルラクは最初逃げまくってたけどな」
「ちょ、それ言うなぁ!!」
誰よりも臆病ではあるものの、それを周囲に知られたくないルラクは慌てて言葉を遮ぎろうとした。しかしその言動は虚しくも間に合わず彼女には聞こえてしまっている。髪色の件といい今回の事といい、彼のメンタルはジワジワと削られていく。
「もー…今日は最悪だよぉ…」
ルラク嘆きながら言い訳を考えようと自問自答を始める。そんな彼を他所に男子寮へと向かった一行は、五分も経たない内に木造校舎の出入口に辿り着いた。慌てて後を追ってきたであろうルラクも到着する。
「ここの四階が男子寮になっているわ。一階と二階は教室と授業に使う部屋。三階は女子寮よ」
「あれは?」
「あれはホールといって式典を行う場所。普段は体育館として使われているからよくお世話になるかもしれないわね」
まるで新たな街を訪れたかの様な感覚を覚えた二人は無意識に小さく感心の声を上げる。お世辞にも綺麗とは言えない古い木造校舎が三人の前に佇んでいた。レイルが指を差した離れにあるホールは比較的新しいのだが。
チヅルが鍵を外して扉を開けると、重々しい音と共に埃まみれの玄関が顔を出した。真っ暗な空間が何とも不気味な雰囲気を漂わせている。
「魔物居そうな雰囲気なんだけどさぁ…ほんとに居ない?」
「居たら俺がぶっ倒すわ」
「それ失敗するフラグなんだって!」
躊躇無く足を進めるレイルの後ろでなんだかんだ言いつつ着いて行くルラク。先頭を歩いていたチヅルは壁に付いている照明のスイッチをオンにした。途端に明かりが灯され校内の雰囲気がガラリと変わる。埃まみれなのは玄関だけの様で奥に見える長廊下はかなり綺麗だ。
「この青階段しか四階には通じていないから気を付けてね」
「はぁい」
「へーい」
青色に塗られた階段を上りながらいくつかの質問が飛び交う。この時間に分かったのは四階に繋がっているのは青階段のみで、三階に繋がっているのは赤階段のみ。そして各教室は二階に、食堂や洗濯場、風呂場等の生活用の部屋は一階にあるという事だ。至ってシンプルなこの校舎で迷う事はあまり無いだろう。
「着いたわよ。ここが貴方達の部屋。五日後には新入生達も入ってくるから仲良くね」
「じゃあ四日間は俺らだけ?」
「そうよ。二人で自由に使ってちょうだい」
説明を受けながらギシギシと軋む階段を上っていくと、大きな部屋が隣接するだけの場所に出た。部屋の名前が記される予定のルームプレートはまだ真っ白だ。右側の部屋に入ると二人で使うには勿体無い程の広々とした空間が拡がっている。
「ギルドの休憩部屋より広いんじゃね?」
「絶対ここの方が広いよ。あ、二段ベッドもある!」
「お、まじだ!俺上な!!」
ロゾル・ガーティオでは基本的に狭い部屋での寝泊まりしか出来なかった彼らにとって二段ベッドは憧れ中の憧れなのだ。レイルは真っ先に上に登ると上段を占拠する。
「ざぁんねんでしたぁ!俺こっちあるもんねー!」
「いやいやルラク、そっちの上は別の奴らのもんだかんな?」
もう一つの二段ベッドの上段に上り満足気なルラクに澄ました顔でダメ出しするレイル。隣合った二つの二段ベッドの上段では争奪戦が起こった。
「それ言ったらお前もだろ!?」
「俺はいーの!!先に取ったもん勝ち」
「それは狡いんじゃ!どけやレイル!」
「やーだね、絶対どかねぇから」
まるで幼い子供達の喧嘩の様に互いに一方的な意見をぶつけ合う二人。それを見ていたリオは楽しそうに感じたのかベッドの下で尻尾を振って見上げている。一気に騒がしくなった室内でチヅルは何やら備え付けのクローゼットを開いた。
「んぉ、校長何してんの?」
「ちょっ…話逸らすな!」
「下準備よ。二人用に服を用意してあるから後で着替えておきなさいな。後…夜は誰も居なくなるから寂しいかと思ったけれど、貴方達なら大丈夫そうね」
だってとても仲良しだもの、と付け加え微笑むチヅルに否定も肯定も出来ない二人は顔を見合わせる。二人の代わりに仲良しを肯定するかの様に鳴いたリオの一声が部屋中に響き渡った。
窓から差し込むオレンジ色の光が日が暮れた事を意味する午後6時。チヅルとリオは校舎を後にし、残った二人は久々にのんびりとした時間を過ごしていた。分からない事があったら連絡する様に、と残されたメモには内線電話の使い方が記されている。
「これかけたら怒られんのかな」
「分からんけど…多分用無かったら怒られると思うよ?」
「いっぺんかけてみ?ルラク」
「やだよぉ!!レイルがかけろって」
結局内線電話はかけずじまいに終わった。気になってはいるものの、いざとなると初対面の文明機器は二人にとって高レベルだったのだ。魔法以外の文明が全く発展していないロゾル・ガーティオには電話という機器など存在しない為、あらゆる物が二人にとっては新鮮だった。
連絡用ホワイトボードに記されたリストに目を向けるとそこにはチヅルからの指示が書いてあった。用意されていたパーカーやTシャツに着替えた彼らはクローゼットの奥に着ていた服を仕舞い込む。
「あと何するんだっけ?」
「えーっとぉ…とりあえず入学式までは待機。風呂や食事は各々行ってくれって書いてある」
「じゃあ風呂行くかぁ」
乾燥棚に置かれたバスタオルを二つ手に取ったレイルは一つをルラクに投げ渡す。受け取った彼は先に戸を開き廊下に出た。
「ん…?」
「おーい、早くしねぇと一番風呂貰っちまうぞ?」
「あぁ!!ちょ、待ってぇ!」
その時ルラクは視線の先に動く何かを見つけた。のだが、特に気に留める事もなく自分より背の高いレイルの背中を追いかけたのだった。