スリークエスチョン
「何が起きても不思議じゃねぇ学校なんてあんのかよ」
「世の中は例外がたくさんあるのよ。貴方だってその1人じゃない」
「え、玲が?」
注目を受けていた矢先にチヅルが発した言葉はクラス全員の耳に届いていた。隣に座っている真斗が不思議そうに首を傾げている。痛い所を付かれた玲は唇を噛み締め黙り込んだ。
「あ、あのぉ…校長先生」
静まり返る空間を破ったのは琉々だった。
「俺昨日…その生物踏み潰しちゃったんですけどセーフですか?」
「踏み潰したん!?」
「嘘だろ!?何処で!?」
「玄関のとこっすよ」
弘也と蒼介が声を上げる程驚いた様に誰もがその発言に驚きを隠せなかった。真斗はしれっと自分も遭遇したと自白している。チヅルはと言えば眉間に皺を寄せた。
「それはどの様な物だったか覚えてらっしゃる?」
「液体状の…スライム?みたいな感じだったかなぁ。気付いたら消えてたんですけど」
「僕が見たやつだよそれ!やっぱり居たんだ…」
青ざめる蒼介は踏み潰してくれたお礼を琉々に述べる。対する彼は複雑な心境であった。何故なら関わる事が禁忌なのであれば既に自分は禁忌を起こしている事になるからだ。
「禁忌とはいえ、万が一目が合った場合の対処法は大きく分けて二つあるの。一つは一時間の間逃げ続ける事。もう一つは彼の様に異ノ物を倒す事よ。よくやったわね狩ノ瀬さん」
彼女がにっこりと微笑むと一斉に歓声が上がった。男女共に琉々の周りへと集まっていく。
「異ノ物ハンターの誕生やな!」
「すごいわ狩ノ瀬くん」
「次見つけたら退治してもらおうぜ!!」
「ちょっ待って!!たまたまだってぇ!次は無理だから!」
弘也に続き幸、俊の三人の声を否定しようと琉々は必死である。仮に死んでも構わないと思う者、死にたくないから倒そうと考える者、絶対に関わるまいと心に決めた者。クラス内には主に三つの派閥が生まれた。そんな中、すっかり注目から逸れたチヅルは淵谷の近くへと歩み寄る。
「淵谷先生」
「は、はい?」
「後で生徒達にあれを配布してくださいな」
「もうですか!?万が一とか…」
あれという言葉に覚えのある淵谷はおろおろとした様子を見せる。しかしチヅルは確信に満ちた笑顔を浮かべていた。
「大丈夫よ。あの子達なら」
「そうですかね…?」
「えぇ。後この事は嘉瀬先生にも伝えておいて下さいね」
では、と一礼するとチヅルはリオと共に階段を降りていく。倒す術がある、と不安が払拭され盛り上がっている生徒達は彼女が教室を出た事に気付いていない。たった一人、チヅルを追い掛ける彼を除いて。
偶然なのか必然か、外は大粒の雨が降り始めていた。灰色で重たい雨雲が綺麗な青空を隠す。遠くでは雷も鳴っている様だ。
「どこまで着いてくるおつもり?」
「ちぇ、バレてたのかよ」
足音を立てない様にとお得意の飛行で後を付けていた玲は舌打ちした。そして地に降りて振り向いた彼女と向かい合う。
「俺の質問に答えてくんね?」
「いいでしょう。でもリオが雨を嫌がるの。だから3つまでに絞ってくださる?」
「お、おぅ、ただ正直に答えろよ」
大きめのビニール傘が雨からチヅルとリオを守っている。自身が濡れる事など微塵にも気にしない玲はフードを被り雨を凌いだ。断られたら戦う羽目になってでも聞き出そうとしていた彼は、あっさりと了承する彼女にペースを乱されかけた。
「俺らが帰還する為の特別単位っつーもんはいつになったら取得出来んの?」
「それは貴方達四人が揃ったら説明するつもりよ」
「なら…あいつらは、二人はどこにいんだ?」
「お二人は捜索中なの。てっきり全員が桜の近くにいるものだと思っていたから…」
ごめんなさいね。と申し訳無さそうに眉を下げるチヅルに掛ける言葉の無い玲は口を噤む。ただあいつらなら簡単には死なないだろうと、死なないでくれと願う事しか出来ない。玲は悔しさからか拳に力を込める。
「…最後の質問だ。俺ら以外にこの世界に来たロゾルの人間はいるのか?」
その言葉にチヅルはピクリと反応した。先程までしっぽを振っていたリオも動きを止める。一定のリズムを刻む雨音だけが辺り一帯を支配していた。
「…そうね、居たわよ。そちらの世界では”伝説の勇者”と呼ばれていた人間と言えば分かってくださるかしら」
「伝説って…あの数百年前のか!?」
「えぇ。彼が初めてこちらの世界に来た人間。あとは仲間だった魔物使いと賢者、合わせて三人ね。」
伝説の勇者。それはかつてロゾル・ガーティオに現れた災凶の魔物を倒したとされる者だ。圧倒的な力を持つ彼の存在はいつの時代も皆の憧れとなっていた。だが突如失踪し、今に至るまで行方不明と言われている。ギルドに所属する者なら知らない人はいないだろう。
「じゃあ失踪したってのはこの世界に来てるって…」
「それは違うわ。彼がこの世界に来たのは伝説になる前の話。この世界から戻った後だもの」
玲の言葉を遮ったチヅルの言葉は今までに無く強気だった。まるで何かを確信しているかのようにすら聞こえてくる。
「なんで、あんたはそんな事詳しく知ってんだよ」
「この学校の校長として代々伝えられてるの」
「じゃあ失踪理由は分かってねぇのか?」
「そこまでは分からないわ。こちらの世界に来たという事実以外は存じてないものでね」
失踪した勇者の失踪の真実が分かれば間違えなく国民栄誉賞並の報酬が与えられる。それを狙っていた玲はがくりと肩を落とした。
「ちぇ、もし失踪の原因が掴めんならあっちでヒーローだったのによ」
「あの子そんなに探されているの?」
「そりゃそーだろ!なんせ伝説だぜ?もし掴めたら討伐しなくても食って生きられるぐらいの大金貰えっからな」
ニタリと笑みを浮かべる玲を見たチヅルは少し驚いたような、怪訝な顔付きになる。しかしすっかり話の路線がズレた彼は三つの質問を終え、校舎に戻るべく羽を広げた。
「ま、もしその話で他に知ってる事あったらまた教えてくれよ。校長さん」
「…えぇ、わかったわ」
いつも通りの笑顔で頷くチヅルに別れを告げた玲はふわりと地から離れた。そして彼女に背を向け飛び去っていく。
一人残されたチヅルは優しくリオの頭を撫でる。何を察してかリオは寄り添うように身を寄せた。
「またこんな事が起こるなんて…」
彼女の呟きは雨音に掻き消され、涙は雨水に紛れて地に落ちた。




