異ノ物
二時限目は古典、その後歴史、数学、英語が二時間と続きごく普通の授業風景が続いた。全ての教科を担当するのは淵谷である。そして待ちに待った放課後になる頃には午後の4時を過ぎていた。
「6時間授業ほんとめんどい!!」
「ほんまな!まぁ俺は出来る男やし?授業なんて難題じゃないねんけど」
「弘也くん勉強出来るんだ~?すごいね~羨ましい~」
「いいなぁ、俺全然分からなかった…」
連続授業を終えた教室の一角には嘆く志羅とえばる弘也、感心する琉々、青奈という珍しいメンツが顔を揃えていた。すると普段から大人しめな青年も話に混ざりたいのか寄っていく。
「…そんな天才兄さんのノート、これやで」
弘也の双子の弟である夢太は彼の机の中からまっさらなノートを取り出して四人に見せ付ける。その時の顔はとても楽しそうだ。
「ちょ、夢太!それ見せちゃあかんって!」
「兄さんが嘘ついてはるから、見せたろかなって」
「弘也ってあれね、典型的なバカタイプじゃない」
「だと思ったぜ。ってかここにいるのって大体馬鹿か問題児の二択」
いつの間にか会話に混ざり込む俊の発言に琉々を除く全員が賛同する。彼だけは状況が飲み込めずに疑問を口に出した。
「え、そうなのぉ?みんな俺からしたら頭良く見えるし…別に問題児って程でも無いのに」
「またまたー、狩ノ瀬も色々やらかしてんだろ?黒野と一緒に」
俊は確信を得ている様で笑いながら琉々をこつく。彼の脳内には玲の興味本位により失敗したクエスト事例が浮かび上がり、苦笑を浮かべた。
「…まぁ玲はやらかしてる」
「俺と同じで巻き込まれたパターンやな」
「夢太くんって巻き込まれでこの学校来たの?!」
志羅が驚いた様に目を見開いた。この学校に来るのはそんなにやばい事なのかと琉々の頭にまたも疑問符が浮かぶ。
「兄さんが起こした大喧嘩やったのに俺のせいになったん」
「それはほんますまんって!でもあいつらが俺のシマ荒らしたからやで?」
「やからって脊椎傷付けたらあかんやろ」
「あ~傷害系ね~」
双子故の勘違いだろうか、それにより問題児となった鳥尼兄弟は二人揃って停学になったらしい。あっけらかんと受け入れる青奈の姿も琉々にとっては不思議だった。すると俊がそんな彼の考えを読んだかの様に言葉を発する。
「理由無かったらこんなやばい学校誰も来ないって」
「やばい…学校?」
「それなー。なんでもタダで全寮制の学校なんてやばいっしょ。まぁあたしは助かったんだけどね」
俊の言葉に大きく頷くのは志羅だ。確かに読んだ本に書いてある一般的な高校とは違う事にようやく琉々も気付いた。ここに集まる彼らは何かしらの訳ありだという事に。
「おーい皆、席に着いて。校長先生来たよ!」
廊下でたべっていた風香が教室に入り声を掛ける。また後で話そうと約束して六人はそれぞれの席へと戻った。一時限目後はあんなに元気だったのだが、今となっては玲は爆睡中だ。
「玲、校長先生来るって」
「んぁ…え、もうそんな時間?」
琉々が筆箱をポンポンと彼の頭に数回当てる。ようやく目を覚ました玲は眠たそうに目を擦りながら体を起こした。
「おはよ玲」
「はよー隊長」
「お前もか…」
食堂で唯一隊長呼びをしなかった玲からも、ついに呼ばれた透は机に突っ伏した。するとガラガラと音を立てて戸が開かれる。
「皆さんご機嫌よう。放課後だけれど少しだけ時間を頂戴ね」
普段と変わらない笑みを浮かべて教壇に立つチヅル。リオは廊下で大人しく待機している様だ。静かな教室を見渡してから彼女は口を開く。
「昨日の昼間、丘田くんが見た物についてお話したい事があるの」
途端にクラス内がざわめき始めた。忘れていた人が多い様で疑問を抱いていた生徒もいるがそんな中、遊楽隊の四人は真剣な顔つきへと変わっていた。
「昨日彼が見たのは紛れもなく存在する物よ。勿論この世の物では無いわ。今年は皆さんがとても仲良しだから混ざりたいって思っている子達が多いみたいなの」
「え、で、では…今年度はそういう事例が多いと…?」
「えぇ、50年前と同じでね」
突然のカミングアウトに何より驚いているのは担任の淵谷だ。すっかりと青ざめてしまっている。
「50年前に何があったんです?」
手を挙げて質問したのは透だった。チヅルから一瞬笑顔が消えると共にクラス中が静かになる。
「私がここの生徒だった時なのだけど…彼の見た様な変な生物がたくさん現れたの。私達は異生物、通称異ノ物と呼んでいたわ。それで同級生達も数名亡くなったのよ」
「死ぬんですか!?」
先程から淵谷は驚いてばかりである。それもそのはず、この話は初めて聞かされたのだ。予め聞いていたらこの学校への採用を断っていてもおかしくはない。
「今回はどうなるか分からない。もしかしたら何も起きないかもしれないの。…とにかく貴方達に言いたいことは一つだけよ」
慌てる担任を落ち着かせる様にフォローを入れるチヅル。そしてふざける様子が無くなった生徒達に向け禁忌事項を口にした。
「異ノ物と絶対に目を合わせてはいけない。関わってはいけないの。もし目を合わせたり関わりを持ってしまったのならば1時間の間逃げ続けなさい」
「…そ、そんなの聞いてません…!」
死にたくないのならね、と付け加える彼女に言葉をぶつけたのは口数の少ない舞だった。一斉に注目が集まるとおどおどしながらも言葉を続ける。
「私みたいに…不登校だった生徒を受け入れてくれる…。問題を起こした生徒を…他の高校に行けない生徒達の為にできた学校だって、聞きました…。死ぬ可能性があるなんて…そんな…」
恥ずかしさからか恐怖からか声を震わせる彼女を風香が慰めている。誰かがこの学校から逃げればいいと言い出した途端に今度はそちらに矛先が向いた。クラス内は最早パニック状態に陥る。
「はい、さようならっつって逃げられる程甘い学校じゃねぇ。そうだろ?校長さんよ」
席を立ち、真っ直ぐにチヅルを見据えた玲は最早口調等気にしない様だ。それを注意しようとした淵谷を彼女は無言で静止させる。
「貴方の言う通りよ。他に言いたい事があるのならハッキリ申してご覧なさいな」
「この死と隣合わせのクエストは確かにおもしれぇ。でもここは訳ありだけど学校なんだろ?そんなサバイバル要素がなんで許されてんだよ」
対話はほぼ玲とチヅルの1対1となった。みんなが思っていたであろう疑問をたまたまではあるが代弁している。
「全てが無償で自由のこの学校は何が起こっても不思議ではないのよ。それをわかって皆さんは入学しているのだから」
要はギブアンドテイクの精神という事だろう。訳があってどの高校にも行けない生徒達を受け入れる。無償で三食に風呂、寝床、授業付き。しかも卒業すれば高卒認定されるのだ。その代わり例え何が起きても学校から出ては行けない。仮に死にかけてたとしても。
学歴社会の日本において社会的な死を免れる為に最低限必要の術を教える。それを目的として設立された国立楽単高等学校に入学した13名の生徒達。彼らに逃げる余地など最初から与えられていなかった。




