深夜任務・後編
「…ん?」
「へ?」
「そこって…?」
真斗の発言に全員の頭上に疑問符が浮かび上がる。彼が真っ直ぐ指さしたのは他でもない琉々だった。
「だからそこに居るんすよ。なんなら今お前が踏んでる」
「えっ……えぇぇぇぇ!?」
琉々の足元で伸びている何かに玲が光を当てた。それは透明でゼリーの様な見た目をしており、形状は俗に言うスライムである。スライムよりかは少し液体部分が多い気もするが。
「何これ何これ何これぇ!!!」
「気持ち悪っ…!?」
「グロいから踏むの辞めて琉々」
パニックになった彼が立て続けに靴で何度も踏み付ける。ドン引きする透は手のひらで目を覆う始末だ。真斗が止めに入ろうとしたその時、嫌な音を立てて潰れたソレは淡い光と共に消え去った。
「消えた!?消えちゃったよぉぉ!どこ行ったの!?俺の中入ったりしてない!?」
彼はすぐ裸足になってその場から飛び退いた。騒ぐ琉々を無視して靴と靴下だけが脱ぎ散らかされた現場を真斗が調査する。
「完全に消えてるね」
「本当?血溜まりとか出来てない?俺目開けて大丈夫?」
「平気っすよ」
「よかった…」
壁にくっつき、まるでだるまさんが転んだの鬼でもしているのかという体勢だった透はおずおずと現場に目を移す。そこには何かがいた痕跡等何一つ残っていない。
「何だったんすかね、今の」
「…ねぇそれより俺変になってたりしてない?足腐ってたりとかさぁ」
「あ、腐敗してる」
「は!?」
「おーい、冗談はやめとけって真斗」
面白半分にとんでもない冗談を飛ばす真斗は琉々にとって玲より悪魔に見えていただろう。彼は呆れ気味に仲裁する透の後ろに隠れて真斗を睨み付けた。
「ほんと怒るの下手っすよね」
「うっさいわぁ!!…ってか玲どこ行ったの?」
聞き覚えのあるセリフを耳にした琉々は姿を消した玲にようやく気付いた様だ。そういえば、と二人も辺りを見渡す。
「スライムが実は玲だった?」
「いやそれは流石に無いと思うけど…」
大人しく脱いだ靴を履いた琉々が立ち上がり、三人は闇に包まれた階段の方に目を向ける。すると凄いスピードで光がこちらに向かってきた。
「パトロールかんりょー。他には特に何もねぇわ」
その光の正体が探していたルームメイトであると全員が把握するのに時間はかからなかった。不安定に揺れていた光はやがて静止する。
「玲!?お前どこ行ってたんだよ…ってかあんな足早かったっけ?」
「あー、俺走るより飛…」
「玲はねぇ!!本気出すと足速いから!」
心配と驚きと疑問をいっぺんに抱いた透は玲に駆け寄った。途端に巻き起こった風が彼の髪を靡かせる。何かを言いかけた玲の言葉を琉々が得意の大声で遮るのはその直後の事だ。
「そうなんすか?」
「うん!こ、今度の運動会で見れるんじゃないかなぁ」
目を擦りながら返す真斗に笑顔を向ける琉々。玲がフルスピードを出せる方法は慣れた羽で飛ぶ事である。階段を降りてくる音がしなかったのもそれ故だ。
「ふは、まぁ本気出したくねぇんだけど」
「腹立つやつだなそれ」
「お、じゃあ透に俺の素早さ分けてやんよ!」
「結構です。俺は他で頑張るから」
罰則の二文字が頭をよぎった琉々が話を逸らすように仕向けると玲もそれに便乗した。いつも何事にも全力な透はジト目を向ける。
「貴方達」
訪れた一時の平和な時間もこの声によって終わりを告げる事となる。彼らが声の方向に視線を向けると、いつの間にか開いていた玄関の前に声の主は立っていた。
「えっ!?」
「校長先生!!」
驚く透と琉々の声が被る。そこに居たのはチヅルと彼女の愛犬リオだったのだ。
「なぁ校長、あの生物はなんなんだよ」
彼らの中ではこんな真夜中に、等という疑問よりも先程の生物への興味が勝った。玲のストレートな質問にチヅルはいつも通りの笑みを浮かべながら口を動かす。
「この世のものでは無い何か、ね」
「やっぱり魔物なんですか!?」
「…さぁ、どうかしら。あの子もみんなが楽しそうだったから混ざりたかったのかもしれないわ」
「ちょ、ちょっと待って!どういう事です??ちゃんと説明してください!」
玲と琉々だけの合致によって進もうとしていた会話に割り込んだのは透だった。真斗も黙ってはいるが不思議そうに首を傾げている。それもそのはず、日本で生まれ日本で育った彼らにとって魔物などは空想上の生き物に過ぎないのだ。
「UMAとかじゃないんすか」
「あ、未確認生物?」
「よく知ってんな琉々」
「でしょ!本で読んだから覚えてるよぉ」
真斗は見た事ないから未確認生物という勝手ではあるが正論に辿り着いた。それに反応し、つい何日か前に覚えた言葉を褒められた琉々は自慢げに胸を張る。
「UMAか…その可能性は有り得るな」
「その…UMA?って潰されっと消えんの?」
「それは知らん」
割と真剣に受け止めた透は腕を組み考え込む。一方で無知な玲は真斗に質問を投げ掛けたが、答えとなって返ってくることは無かった。するとリオが注目と言わんばかりに吠えている。
「今日騒ぎがあったみたいだから明日の朝皆さんに話そうと思っていたのだけど…四人には先に伝えておくわね」
チヅルがそう話し始めるとリオは吠えるのを辞め、おすわりポーズをとった。四人も真剣な眼差しを彼女に向ける。
「この学校には貴方達含めたくさんの生徒が集まっているわ。動物も鳥も人間も虫も種族問わずにね。だからたまにソレも寄ってきてしまうの」
「ソレってあの生物みたいなやつの事っすか?」
「そうよ。ただし、目を合わさなければ問題ないわ」
そう言ってチヅルは懐から一冊の本を取り出した。紫色でボロボロのそれはかなり年季の入った物だろう。慣れた手つきでページをめくる。
「目を合わせたらどーなるんだよ」
「死の一択よ」
「え、死ぬんですか!?」
「あっちに比べて全然安全地帯じゃ無いじゃんここ!!安心するがいいって言ってたのにさぁ!」
ポケットに手を入れながら尋ねる玲にチヅルはいとも容易く恐ろしい言葉を発した。反応を示したのは透と琉々だ。小さい彼に関しては不審に思われ兼ねない発言すらしてしまう、が綺麗にスルーされた様だ。
「この学校の禁忌事項を破れば相応の罰則が存在するの。一番重いのが死。でも破らなければ何事もなく二年間を終えられるわ。先輩達はそうやって何人も卒業していったのよ」
この現代では俄に信じ難い話ではあるもののソレを目で捉えてしまった彼らにこの話を疑う余地はなかった。絶句する四人を他所に時計の針は朝の四時を知らせる。
「ほら明日は初授業でしょう?もう部屋に戻って寝なさいな。残りは放課後に説明するから」
柔らかく微笑みながらその場を立ち去る彼女を誰一人として止める事は出来なかった。彼らは無言のまま来た道を戻っていく。
昼間に淵谷が言っていた約束事はこの世の物ではない何かを見ても絶対に関わってはいけないという事だ。既に自分達は禁忌を冒しているのでは無いか、あの生物を消してしまったのは大丈夫なのか。あらゆる不安と共に寝れない明け方を過ごす事となった。




