威世界留学
並木道の桜がまるで生徒達を歓迎するかのように咲き乱れる4月。今日は某都市シンジュクに存在する高校の栄えある入学式だ。日本随一の大都市東京。その中にある通称シンジュクと呼ばれる地区には超高層ビルが立ち並び、日々たくさんの人々が街を行き交う。騒然たる商業地域から少し離れた場所にあるこじんまりとした4階建ての校舎こそが国立楽単高等学校だ。この高校は今どき珍しく全寮制な為、既に顔見知りになった生徒達が和気藹々とした雰囲気を醸し出している。その中でも一際目立つ二人の少年は式典ホールに向かうべく足を進めていた。
「ちょっ、れ、玲!!」
「んぉ?なんよ?」
玲と呼ばれたこの青年の見た目は羽と尻尾を除いてはごく普通の人間だ。半分チャックが開けられた濃い緑色の半袖パーカーから覗くのは黒のタンクトップ。そして灰色のダボついたズボンを身に纏っている。とはいえ特徴的な二箇所が目立ちすぎる為、普通という言葉が当てはまるか怪しいのだが。
「楽だからって飛ぶなよぉ!羽しまえ!」
「えー別に誰も見てないじゃんか」
「見てたらどうするのさ!」
歩くのが面倒と見えて使い慣れた紫色の羽で浮遊する玲に溜息をつく青年の名は琉々。彼も薄い水色の半袖Tシャツに黒の長袖インナー、黒ズボンとごく普通の身なりだ。玲の様な特徴も無い。若干長髪な彼は括られた茶色の髪を揺らしながら周囲の様子を警戒している。
「もう皆ホールに集まってんだろ」
「だなぁ、俺達も早く行かなきゃ」
「よし、俺が運んでやろか!」
「余計なお世話ですぅ!目立ちすぎるからやめて」
パチンと指を鳴らし提案を投げ掛ける玲だったが琉々にあっさりと断られる。目立ちたがり屋と小心者という正反対の彼らは周囲から凸凹コンビと呼ばれる程だ。先程迄揺れていた黒色で先端が鋭く尖っている尾を垂らし、あからさまに拗ねる玲。そんな彼を適当に宥め特徴的なそれらを仕舞わせた琉々は人混みの中へと消えていった。
玲と琉々の真の姿は別世界ロゾル・ガーティオのZランクパーティメンバーである。怜はクロア・レイル、琉々はカーセル・ルラクと言う名を持ちギルドに所属していたのだが、今では高校生に紛れ新学期を迎えようとしていた。彼らが何故この様な事態に見舞われたのか。その理由は今から10日前に遡る。
「おい見ろよ、噂のZランクパーティのおでましだ」
今日もまた誰かが戦犯となり噂を盛り上げる。数えきれない程の陰口を叩かれ指を指され笑われるのが当たり前な落ちこぼれランク、Z。巨大王都サルスに帰還したレイル、ルラク、リーチェ、シュアナの4人はスライムにすら苦戦し身なりはボロボロだ。茶色い毛皮のコートが所々破れている。ギルドまでの大通りを歩く度に罵声を浴びせられ、見世物にされるのはZランク故のお決まりだった。
「あー…あいつらほんっとぶん殴りてぇ」
「僕がやる!やりたいのだ!」
「シュアナはダメ。あなた加減知らないでしょ」
ギルドに入り休憩用の大部屋へ逃げ込んだ4人は互いの思いをぶつけ合う。先ず大声を上げたのは茶髪の剣士でありリーダーのレイル。続いて藤色のロングがお似合いのパラディン、リーチェと赤髪ボブの盗賊シュアナの女性組が言葉を並べた。リーダーは悪魔族とのハーフであり、パラディンはエルフ族とのハーフ。盗賊は獣人という特殊メンバーが顔を揃える。
このパーティでは討伐報告をする前に必ずこの愚痴会が行われるのだ。シャンデリアの付いたオシャレで西洋風なこの部屋には現在彼らしか居ない。昼間は遠征や討伐を依頼される冒険者も多く、ギルドに残る事すら落ちこぼれである事を意味している。
「でもでも…馬鹿にされるのは僕許せないのだ」
「次会ったら俺が魔力でぶっ飛ばすから」
口を尖らせて膨れるシュアナの頭を乱雑に撫でたレイルは得意満面と火炎術を手のひらから出してみせる。しかしステータス上のMPは2と少なく直ぐに炎は消えてしまった。項垂れる3人を他所に金髪の魔法使いルラクは意識を集中させステータスメニューを開いて確認を取る。彼はこのパーティで唯一人のみの種族な為ある意味よく目立つのだ。表示された全員のステータスは良くて20、悪くて10という落ちこぼれぶりである。見ていたリーチェは嫌気がさしたのか勝手に非表示を選択しメニューを閉ざす。
「見なくていいわよそんなの」
「ごめんってぇ。…あ、一応俺討伐報告してくる!」
「僕も行きたいのだ!」
「ふん、わざわざ来る必要も無かろう」
あからさまに不機嫌になるリーチェの気を逸らそうとしたルラクは報告に向かおうと立ち上がる。その提案に身を乗り出したシュアナが獣耳を元気にばたつかせていると、奥のカウンターから大柄な男がテーブルに向かって歩いてきた。先程のドスのきいた重低音は彼から発せられたものだろう。
「あ、マスター」
「お前らにだけは気安く呼ばれたくないな」
リーチェにマスターと呼ばれる仏頂面のこの男はサルス屈指のギルド、クーゼンハウツのギルドマスターを務めている。このギルドからは連日Sランク冒険者が多数排出されており、かつて伝説の勇者もこのギルドに所属していたと噂されていた。
「今から連れて行きたい場所がある。ついてこい」
白髪に眼帯といういかにも屈強な見た目の彼は吐き捨てる様に言葉を投げた。4人は顔を見合せた後に同行する事を決める。薄暗く埃まみれの部屋に入るなりマスターは瞬間移動の呪文を床に起動させた。魔法陣が描かれ水色の光が溢れ出るとその部屋は幻想的な空間へと早変わりする。
「おわっ!?なんだこれ」
「キラキラ!!キラキラしてるのだ!!」
ビビるレイルと興味津々のシュアナを見たマスターは小さくため息をついた。その理由は彼らの反応が初々しいからである。瞬間移動の呪文は1歳で出来る事も多い程簡単な魔法なのだが彼らは誰一人として使えなかった。
徐々に大きくなる魔法陣は次第に部屋全体を包み込むまでに広がって行く。
「落ちこぼれな貴様らには威世界留学を命ずる」
マスターのこの声を最後に彼らの意識は途絶えた。ガランとした静かな一室にはいつの間にか夕日が差し込み、一人の老人の影を長く伸ばしていく。彼等の為を思い起こした行動か、はたまた最強ギルドの面汚しを消すべく起こした行動か。それはマスターのみぞ知るだろう。
こうして落ちこぼれパーティは未知なる世界、日本での生活を余儀なくされたのであった。