第2章.葉桜が芽吹く間―②
『魔女』は思案する。
普段の私なら、気にならないのに。
なんで、興味を持ってしまったのだろう。
四月のあの朝、私はあれを見てしまったからだ。
私の『アレ』と同じようなものを『彼女』が使っていたからだ。初めて、私と同じ力を持っている人を見かけたから。そして、その後同じクラスメイトだと気づく。
ただの同じクラスってだけでしかなかったはずなのに。どこか、気になってしまう。気づけば、視線で追ってしまう。
でも、それだけのはずだった。ただの興味だけで、近づこうとは思わない。別にどのような友人がいるとかも興味がない。ただの憧れであっても、その関係になってしまうのは、私には煩わしすぎる。これ以上、近づくつもりもないし、むしろ、関係なんてこれからもないだろうと思った。ただ、私の目に映るのは、同学年の少女なだけ。
所詮、私にとっての『友達』という物のは、知識としてはあるものの、今まで必要なかったものであり、これからも必要ないものだ。むしろ、私にとっては『煩い』ものとしか思えなかった。
でも、一冊の本がきっかけで、彼女と触れて、お話をして、近づけたのはうれしかった。
そして、あんなに楽しかったのは初めてだ。今までであんなに楽しい思い出はあったのだろうか。これから、この思い出は楽しいものとして記憶されていくのだろう。
人と話すということが、『怖い』というだけでなく、『楽しい』ものだったなんて。同級生があんなに『恐ろしい』ものではなく、『安らぐ』ものだなんて。だけど、それと同時に、あんなのは一過性でしかないとも思った。今の私と、あのクラスでの私は違う。彼女はわたしに気づいてくれないとも思う。いつものように、私に気づかず、いつものように過ごしていくのだろう。
今の感情は、忘れて、私が『やりたいこと』に集中する。あの、幸せの気持ちを振り払う。
私は、所詮、疎むべき『魔女』。本の中でも、『魔女』はことごとく幸せになっていることなんてない。孤独に、一人で事を成すのだ。
『魔女』は孤独に考えを重ねていた。彼女の思考は暗い森に潜む蛇のごとく。
***
誰もが微睡みを覚える昼下がりの頃。みもりは、本の匂いに誘われ、近くの図書館を訪れる。
静かなピアノの曲が流れ、ゆったりと本を探せる環境だ。入り口の脇には、今月の新刊コーナーが置いており、本屋で見かけて読みたかった本や、今話題のベストセラーなどが見える。歩みを進めると、好きな作家がいるのか、ハードカバーの本のコーナーを行ったり来たりして、じっくり探している青年や、絵本を読んでいる親子、老後の楽しみか、机にいろいろな資料を広げてノートに書きものをしたり、調べものをしていると思える年配の方などもいる。また、CDコーナーや、視聴コーナーもあり、イヤホンをしながらうとうとしている人、映画を見てハラハラしている人など多種多様だ。皆、思い思いにこの午後の時間を満喫していた。
みもりは、PCで検索し、目的の本が借りられていないことを見て、ようやく読めると内心ウキウキする。何度も何度も足を運んでは、貸し出し中の表記が目に映り、少し落胆していた。
今日も貸し出し中と予想をつけていたが、珍しいこともあるもんだと探している本がありそうな棚へと向かう。
(え―と、あの作家さんだから……)
探している本は、『葉桜が芽吹く間』。5月を題材にした、青春系の小説だ。短編集となっており、恋愛物から、友情物、サスペンスなど色々な要素がまとめられた小説だ。みもりが好きな作家の本であり、1年前に出た小説である。買いたいとは思っていたが、なかなか手が出ず、本やで探しても見つからないため、図書館で探すことにした。
同じ作家の著作の題名をすらすらと流して、探していく。たしか、緑色の背表紙だったはず。本屋で見かけたので覚えている。
お、あった。みもりはすいっと手を伸ばす。
すると、お互いに気づかず、同じタイミングでみもりの目的の本に手を伸ばした者がいた。みもりの手と、だれかの手が、触れる。
「あ、ごめんなさい!」
「……!! ……ごめん……なさい」
と、お互いにさっとてを引く。恐る恐る、顔を上げると、そこには、
――――『黒い』少女がいた。
これをゴスロリ系というのか、黒めの衣装に身を包み、目には薄めのアイシャドウと、リップはもちろん黒。そして、多少、ウェーブがかったボブカットの女子が目の前におり、みもりをギョッとさせる。交わされる視線と視線。なにか、興味の色がなかった目に炎がともるように見えた。
「あら……? あなた……?」
「へっ? なんでございましょう?」みもりは驚きすぎて語尾が変になる。
「あれ……宮原……さん? 同じクラスの……?」
あれ、こんな子いたっけ? うちのクラスに? と頭の中で一気に検索をかけるが引っかからない。でも、混乱していて答えないのも相手に悪い。とりあえず、相手にだけは聞こえるように小声で答えた。
「そ、そうですよ、じゃなかった、うんそう。『宮原』のみもりです」
「あなたも……この本……?」
「ああ―、うん。そうだよ。この作家さん私好きで、ほら、お金がなくて買えなかったんだよね。それで、図書館に入っているって聞いたからさ。いつかは買いたいけど、その前に読んでおきたくて」
何、べらべらとしゃべっているんだろう私、とみもりは思う。どうやら、相手がどこのどなたの誰かさんか、分からないため、ごまかしている感じであった。
「え……、あなたも……この……作家さん……好き?」
「う、うん、好き。最近だとあの『クリスマスの、夜に』っていう本は、本当に感動した」
「え……私も……好き。あのタワーのイルミネーションの……シーン……とか」
「そうそう、いいよね~。あのシーン。大好きな先輩に話しかけるところだっけ? 恋のおまじないで、話しかけるんだけど肝心なそのときだけ無視されちゃったんだよね……」
「そう……、そこで……、タワーと主人公を重ね合わせてたの……すごくかわいそうで……だけど、主人公がすごく一途……よかった」
「うんうん、そうそう。それでね……」
と、横から「失礼します」話しかけられ、2人の間にあった緑色の背表紙の本が持っていかれてしまう。
「あっ」
「……あっ」
と、お互いに声が重なり、思わず2人で小さく笑った。
「ごめんね」
「……ううん、こちらこそ……ごめん……なさい」
「じゃあ、私はそろそろ、いくね」
「……待って」
小さく呼びかけられる。
「もう少し……どこかで……お話……しましょう……? 図書館じゃ駄目……だから……」
恥ずかしそうに、うつむきつつ言葉をかけられた。みもりは、なんだかうれしくなった。
「うん、いいよ。今日別に、用事はないしね。あ、じゃあ、近くに喫茶店あるから、そこいかない?」
「うん……いいよ……案内……お願いね」
「わかった、あ、ちょっと、待ってて。ほかに読みたい本をすぐ探してくるから」
「ええ……、外で……待ってる」
と、黒い彼女は、ゆっくりとした足取りで入口の方へと向かっていく。その途端、何かがはらりと落ちた。いや、普段ならそんな気になるはずもなく、むしろ落ちるところさえ、普段なら見逃してしまうだろう。
みもりは、ごみが落ちたと思って慌てて拾う。
それは、『糸』だった。
「うん、糸?」
なんで、気になったんだろう。とみもりは考える。そういえば、前にも見かけたはず。どこだっけ、と思いだそうとするも思い出せない。
「あ、そうだ。待たせちゃだめだ」
とみもりは、目的の物を探しに行った。