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第2章.葉桜が芽吹く間―①

 みもりの休日の朝は、大体決まっている。まずは起きたら、お味噌汁の準備。今日の具材は、豆腐とわかめだ。具材は、日によって違い、油揚げもあれば、大根のみだったり、アサリの日もある。豆腐とわかめを食べやすいサイズにトントンと切り、お鍋に入れた水といっしょに、先ほど切った具材を入れ、火をかける。その間、昨日の残り物のありあわせでおかずの準備。電子レンジで2分温めでチンをする。お、昨日タイマーセットで準備したご飯も炊けたようだ。ふたを開け、炊き立てのご飯を確認する。うん、今日もいい出来。ご飯を空気となじませるようにしゃもじでかき混ぜて一旦、蓋をする。


 沸騰し、具材にも火が通ったら、火を止める。そして、お味噌をおたまですくい、煮立ったお湯の中へと溶かしつつ中火でかき混ぜる。そのあとに、市販のだしの投入。ああ、お味噌汁のいい匂いだ。この香りが、朝を感じさせる。みもりのお腹がぐ-っとなる。


 みもりの体も、朝ごはんを欲しているようだ。


 沸騰する直前の多少泡が出てきているあたりで、もう一度火を止める。


 過去に叔母に教えられたことがある。出来上がりの際、沸騰の前に火を止めるとお味噌汁の味と香りがよりいっそう引き立つらしい。「にえばな」といって、『煮え花』と書くと聞く。お味噌汁に一番花のある状態と考えれば、なんと風流でしかも覚えやすい言葉を昔の人は作ったのだろうと思う。


 そして、お味噌汁とごはんをよせ、昨日の残り物をレンジでチンしてから、取り出し、テーブルに並べる。


「いただきます」


 普段は、叔母が準備するのだが、休日はゆっくりしたいらしく、平日より遅く起床する。そして、みもりが作ったぬるめのお味噌汁を頂くのだ。どうせなら、作り立てを一緒に飲みたいのにと思うみもり。まあ、起こしたら起こしたで、それはそれで機嫌が悪いから、そのままにしておく。


 朝食を終えたら、コーヒーの準備。コーヒーメーカーに既に引いてある豆を入れ、作る。コポコポという小気味のいい音。みもりは、この音色が好きだった。いい香りも漂ってくる。朝のコーヒーを飲んでリラックスする。これがないと始まらない。


 そして、ジャージに着替え、縁側で、女子力に気の流れを確認しつつ瞑想。そよ風が吹く。今日も、快晴。どこかに出かけたくなる暖かさだ。淡い桃色の桜の花びらも散り、代わりに青々とした葉が顔を出す季節。一番過ごしやすい気候であった。よし、ランニングでもしゃれこもう。そして終わったら、『女子力』を使って、試したいことでもするとしようと、考える。


 心を無にする。その後、今までの動作を心の中で復習する。イメージをするように。より良い自分を想像するように。


「女子力は『らしさ』がなくなると弱くなる」と榛名に語った。それは、もろもろの女子らしい行動が、『女子力』の気の流れを淀みなく流すための行動となり、がさつな行動や、「らしさ」を忘れる行動はすぐに「女子力」の気を使い果たす、または滞ってしまうことになり、『女子力』が使えなくなるのである。


 常に気を体中に循環させられることが、『女子力』の良い状態に保つことになるとも教えられた。いい状態だからこそ、強くもなれるとも。


 ふと、あの時を思い出す。まざまざと、副会長の技術を見せつけられ、あのあと、『お互い強くなろう』と元子につぶやいていた。


 みもりは、強さとは何だろうと考える。元々、『女子力使い』として、強くなろうとは思ってはいなかった。むしろ、争いを回避することだけを考えていた。あの時は、『技』だけでなく「心の弱さ」を見透かされて悔しいと感じた。だから、強くなろうと思った。ということは、『心』を強くしたいのだ。となると、心の奥に潜む獣から忌避せず向かいあわなくてはいけない。それには自分もそれ相応の準備も必要だ。今、使おうとすればすぐ飲み込まれてしまう。なら、飲み込まれないための『女子力』の実力も必要だ。


―――目標は決まった。


「私は、自分自身に勝ちたいんだ。そのために強くなりたいんだ」


 みもりは、そうつぶやいた。まずは、今できる方法として、技術面で強くなる方法を。とりあえず、いろいろと学ぶことはある。元子が使っていた、気を地面に滑らせて飛ばす方法、あれには目を見張るものがあった。ちなみに、叔母から教えられた武術の中には、『女子力』の気を遠くから打ち込む技もある。しかし、それはここぞという時に使うべきと教えられた。そのため、威力は絶大だがそれだけスキが大きい。しかし、元子のは少ない動作でそれが可能だった。まあ、彼女は一気に拳に『女子力』を集められるのもあるだろう。それを除いたとしても、威力は弱くなったとて攻撃する手段になるはず。


 とりあえず、走ってこよう。帰ってきたら、試してみよう。考えるのはそれからだ。


 組んでいた足をほどき、玄関へとみもりは向かっていった。

 

                  ***


 みもりが、ランニングから戻ってきた直後、


「ちょっと、試したいことがあるから道場の鍵を貸してほしいな……って」


 と、申し訳なさそうであるが、どこかそわそわしている様子で、『叔母』に頼み込んでいた。こういう頼み方の場合、学校で何らかの出来事で、武術の自主稽古または、『女子力』の新しい使い道を実践するためにおこなうのだ。

 

 『叔母』は、寝起き直後なのかぼーっとしている。

 彼女の名前は、間崎未憂まざきみゆう。みもりが、尊敬する『叔母』であり、女子力使いの師匠に当たるその人である。


 黒々とし、肩口切りそろえられ髪。薄く透き通った肌。どこかに人形を思わせる目鼻立ち。派手さはないが、質素な雰囲気ではなく、どこか上品さを思わせる女性。何から何まで、みもりの目標にしたい人物であった。彼女が、空手(世間一般に見ればであるが)の先生をやってるというのだから、知らない人が見れば驚きである。マスコミに知られれば、美人すぎる空手の先生と紹介されてしまうだろうと、みもりも思っていた。


 お味噌汁を一つすすり、


「まあ、いいけれど。でも、少ししたら様子を見させてもらうけどいいかしら?」


「うん、なら、見てもらいたいかな……。ありがとう! 師匠!」


「……大方、この前のケンカで火でもついたのでしょうね」


「あれ、バレてた……?」


「バレるも何も、あんなに腕とか、足とかあざや傷つけていたら、だれでも気づくわよ」


「ごめんなさい……」


「……どうせ、あなたのことだから、『女子力』使いにでも襲われたのでしょう」


 みもりからは女子力を使って襲って暴れることはないと、叔母も信頼しているようだった。元来、「『女子力』と相対したらすぐに力を行使しないこと」と同時に、『女子力』をむやみやたらに使用してはいけないという教えもしている。『女子力』は、道具である。使う人によって、人を助けるための力や、守りための力となるが、行き過ぎれば、凶器となりただの暴力となる。これは、武術でも同じ。


「『女子力』を無法に使うなかれ。己の研鑽のために高め、守るための盾となり、救うための手段であれ。そして、この技を凶器として使うものあれば、それを戒めるために使う道具であれ」


 それが未憂から言い含められていたことだった。


「そこは、信じてくれるの?」


「……大事な甥っ子であり、愛弟子だからよ。それに、ただの暴力として使ったなら、わかるわ」


「ありがとう……」


「で、勝ったの?」


未憂は、ご飯を一口。


「うん、もちろん」


「……そう、ならいいわ」


と、朝ごはんに戻る未憂。朝におもいがけないことを言われ、すこしみもりは微笑んだのちカギを取りに行った。


 さて、ここはみもりが住んでいる家の隣にある道場。厳かな雰囲気に包まれており、その場所だけ襟を正すような空気感があった。道場主は、みもりの叔母である、未憂のもの。元々、この道場は彼女の叔母さん(みもりからすれば祖母の妹さんいわゆる大叔母さんに当たる人)から彼女へ譲り受けたものであり、みもりも小学生の頃、幼馴染とともに自身の武術を研鑽していた。未憂が教えている武術は、間崎流空手術。表側では彼女らの家に代々伝わる空手の流派をスポーツや、体を動かすためにアレンジしたもの。近所では子供から、年配まで幅広く学んでいる。それを、みもりの大叔母さんが、戦後にスポーツとして広く教えようと考え、アレンジしたものである。


 流石に、気を飛ばすまでは教えることないが、極まれに未憂の型の教えから、女子力の気を固めて飛ばせるまで習得できてしまう者もいる。その場合はむやみやたらに使わないことを言い含め、制御方法や、気に関してのしっかりした型を教えたりする場合もある。


 実は、一般向けにアレンジした間崎流空手術には、大本の流派があり、未憂とみもりは主にそちらの流派を習得している。


 いわゆる、女子力を使うことに長けた流派。女子力を更に『実戦的に極めた』武術。が、後に説明を譲ろう。


 一言いうなれば、みもりが、逃げだした場所であり、打ち勝つ目標としている怪物が生まれた原因。


「なかなか、うまくいかない……」


 あの時の元子の技を見よう見まねでやってみるが、思うようにいかない。叩きつけたとしても、その場ではじけるだけであった。それはそれで、威力がありそうであり、選択肢の一つとなりえそうだが、満足はしていない。


 飛ばすにしても、『女子力』の気、出力が足りていなかった。


 目標は、道場の端にある、標的。そこまでは全然届かない。


「あら、精が出るわね」


 どこからともなく静かな声が聞こえてきた。未憂である。様子を見に来たようだ。


「師匠。お疲れ様です」


 と、オッスというようにお辞儀をする。道場で会う場合は、師匠と弟子の関係であるため、敬語で話すようにしている。


「……ずっと、地面に女子力ぶつけているようだけど、試したいことってそれ? 壊さないでしょうね」


「壊すつもりはないです!いえ、ちょっと女子力の気を飛ばす方法を」


「気を飛ばすの? 『アレ』じゃあだめなのかしら?」


「『アレ』だと、ちょっとスキがでかいかなぁと……」


「……まあ、それもそうね。で、どうしようとしているの?」


「とりあえず、地面から滑るように気を飛ばしたいです。とある友人が使用していて、便利そうかなと。でも、ちょっと気を出しすぎる気がして……」


「女子力使いの友人?」


「はい、あの、この前喧嘩した相手の子……」


「……へえ、喧嘩相手と仲良くなったのね。みもりらしいこと」


 と未憂は、道場へ入っていく。何かを考えているかのように。


「……しかし、なるほどね。『地面に滑らす』は思いつかなかったわ。……それに」


「それに?」


「……少ない動きで嫌な上司に隠れて打ち込めそうね」


 真面目な顔して、しれっと、なにいってるの? 未憂ちゃん……。と、みもりは内心、幼いころの呼び名でつぶやく。


「それは 冗談として」冗談だったのね……。


「……別に、気を飛ばす動きはなにも、拳を地面に打ち込むだけじゃないのではなくて?」


「?」


「ほら、例えば……。思い付きだけど……」



 そう言うと、彼女は右手に小さな、平たい気を作り出す。水平にその気弾を地面に転がすように勢いよく投げる。イメージは、コマ回しをするように。とたん、その気は地面につくや否や、回転するように推進していく。目標からはそれてしまったが、成功した。


「あら、できたわね」


 未憂は表情一つ変えずに、言葉を漏らした。でも、どこか誇らしげに感じた。


「……すっごい、すっごいよ。ししょ―! そう、それです!」


「いいえ、まだまだだわ。あ、そうだ。どちらかが当てるまで競争よ。みもり」


 あ、やばい、これはどちらかが当てるまで夜まで続くパターンだ。と内心、あせり始めるも時すでに遅し。


 新技開発にいそしむ休日であった。

 

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