幕間
「はあ、次の授業かったり-な」
「まあ、わかるけどね。でも、勉強しないとだから。次の授業って、もっちんのクラスは何?」
「現代社会」
「あの先生、説明がちょっとわかりづらい気がする……。なんか理解がおいつかないや」
「あ-、そ-かもな-」
と、2人は階段を下る。
「あら~、みもりん~!やっほ~」
とゆったりしたような、間延びしたような声が階下から聞こえてきた。
「み、みもりん……?」
いまのところ、みもりのことを『みもりん』と呼ぶ人は、今までの記憶の中を探しても、あの人しかいない。記憶と一致している人物がまさに、ぴょんぴょことこちらに手を振っていた。
「あ、なんだあいつ?」
仕留めるかと右手の拳を左の手のひらに打ち付けた後、ファイティングポーズを構える元子を慌てて抑える。
「言ったでしょ。やたらめったら喧嘩吹っ掛けない」
「ああ、そうだった。悪りぃ悪りぃ」
「それに、先輩だよ! 先輩! それもうちの学校の生徒会長!」
「へ、そうだったのか?」
「入学式出てなかったの? 前で話してたよ」
「出てたけど寝てた」
「ああ……」
やっぱりと納得し、階段を手早く降りる。人気のないこんな場所に、来ること自体偶然とは思えなかった。それとも、生徒会長も一人で、屋上に来ることもあるのだろうか。まあ、ただのあいさつ程度で済むだろうとみもりも、急いで、かつそれでも走らない程度で。
「会長! こんにちは。こんなところにどうしたんですか?」
「ちょっとね~。あなたに用があったの~。探したわ~」
と、元子も横に来るなり、小声で「チッス」と土岐子に挨拶する。とりあえず、先輩への態度は、多少は改めるらしい。まあ、改善の余地はありすぎるけれども。
「あら、あなたが噂の舎弟のヤンキーちゃんね!」
「ちょ、どっからそれ、聞いたんですか! 舎弟は違いますよ!」
とみもりが否定する。元子も、いつもの返しをしようとするが、みもりの勢いに押され引っ込めた。
「え? あなたのクラスの古河さんから」
「ハルちゃんから?!」
「そう。『みもりちゃんなら舎弟のヤンキーぽい子を連れて、屋上言ってます』って、そのあとピューって逃げるようにどっかいっちゃった。なんか、彼女にしたかしら……?私、嫌われてるのかしらぁ……」
土岐子さんの気にするところが、少々斜めの方向である。
「いや、そんなことはないと思いますよ……」
みもりはフォロー入れつつひきつった笑顔で答える。
「そう? そうだといいけれど……。でも、あの子もうちの後輩になるのね~。そういえば、古河さん、昔も同じ学校だったのだけれど、いつだったかしら、あの子、じっと私の方見ててね~。私も微笑み返してあげたの~。そしたら、どっかピューって同じように逃げてしまってたの。私ってそんなに怖いのかしら……。ね、みもりんからも言ってあげてね、私そんな怖くないわよ~って」
「まあ、ハルちゃんは、怖がってないことは断言できます、なんでかと言ったら言えないですが……」
「あら、そうなのね。なら、彼女と仲良くなるチャンスが1年増えたってことで、がんばるわ」
ふんすっとかわいくガッツポーズ。おお、そこはポジティブなんだ。その変わったポジティブさにみもりはタジタジになりながらも、笑顔で答えた。
榛名の意外な一面を知る。どうやら、遠くから見てる分には、あんなにテンションが高いのに、いざ本人を目の前にすると、恥ずかしくなって逃げてしまうようだ。本人から、いらぬ誤解を受けているようだが、それを直すのも時間がかかりそうだ。
横で土岐子のしぐさを見てた、元子嬢は小声で、
「なあ、うちの学校の生徒会長って多少変わってんのな……」と感想を漏らしていた。それには、みもりも、内心同感している。
「あの、会長。それで、どのような用ですか?」
「ああ、そうそう。みもりん。あなたに紹介したい人がいるの。あ、ついでに阿賀坂さんにも~」
「えっ? 私に、ですか?」
「私は、ついでっすか……ま、別にいいっすけど」
「まあ、ゆくゆくは貴方とも関わり合いがあると思うの~。一緒に紹介しちゃった方が早いわ~。『アレ』を持ってる者として……。ただ、もうそろそろ来る頃なんだけど……」
と土岐子は、周りをキョロキョロする。すると、遠くから一つの影がこちらに向かっていることを見つける。みもりもふと、そのシルエットが見たことあると気づく。あちらも、こちらを見つけたようだった。
「あ、来た来た~! みもりん、阿賀坂さん、紹介するわね、こちらは――――」
「――――あなた、でしたか」
一瞬だった。2人が気付いた時には、生徒会長が紹介したがっていた生徒、茅場沙智がすでに2人を目の前に現れていた。細い銀縁眼鏡をかけて、きっちと揃えたボブヘアー、目に髪の毛がかからないようにか赤いヘアピンをつけていた。制服学校指定のスカートとブレザーではなく、Yシャツの上に学校指定のセーター。しかし、今現在の状況において、一番特筆すべきなのは、右手には、銀色に輝く拳銃を、左手には、黒く光る拳銃を構えていた。どちらも、単なる女子高生が持つには似つかわしくないものだ。その銃口は一年の彼女らに向かっている。端から見れば、その様は姫を目の前の敵から守る騎士のようだった。
みもりは、数瞬後、それが『女子力』の気で形作られていることに気づく。トリガーには指がかけられている。たぶん、彼女が本気であるならば、気づかぬうちに既に撃ちぬかれてのだろう。それがなかったのは、校舎内だったからか、それとも、そこまでの敵対の意思がないのか……。
これが噂の銃の『女子力』……。目の前の彼女が噂で言われていたその人だったのか。やはり、榛名が言っていたことは本当だった。では……会長も……?
みもり、元子の双方は、ゴクリと唾を飲み込む。冷や汗がにじむ。彼女の突然の行動に動くことができなかった。時間が止まったかのようだった。束の間、状況を理解した元子が目の前に出る。
「やる気かぁ? てめぇ!」
「まって!」
すかさず、突っ込もうとする元子をみもりが静止する。動きからして、相当の手練れだ。今の二人では、軽くあしらわれるだろう。みもりが、『真の力を出そう』としても五分に持ち込めるかどうか……。
「サチ! どうしてこんなことするの!?」
土岐子が多少声を荒げる。その声を聴くや否や、双方の銃をくるりと回し、既に元から何もなかったかのように両手から消失していた。
「生徒会長、失礼をしました。用というのはこの二人の件でしょうか?」
「ええそうよ。でも、その前に謝るなら、私ではなく目の前の彼女らに言って頂戴」
件の副会長は、一年の2人に向き、ゆっくりとお辞儀をする。
「宮原さん、阿賀坂さん、先ほどの行為大変失礼をいたしました」
どうやら、もうすでに2人の名前は知っているらしい。
「い・いえ、大丈夫ですよ! お気になさらず……なにか私たちの態度が勘違いさせたかもしれませんし……」
「チッ」元子は、降り下ろそうとした拳がどこに向かっていっていいかわからずに、おもわず悪態をついてしまう。一応、双方が戦うつもりがないことを理解し、抑えているようだ。
「私は、あなたに彼女達を紹介しよう思ったのだけれど。さっきのはなんだったのか、説明してもらえるかしら」
さっきよりも、幾分落ち着いた声音だが、棘がある。
「……。自らの判断により、合理的な行動として、私が『女子力使いであること』そして、彼女達を試しました」
「はい?」
「『女子力使い』として、私たちに敵意があるかどうか、また、害なす者かどうか試しました。私の行動に反応できなかったということで、特に問題はないでしょう」
「ちょっと何言ってるの……っ」
「それに、あの程度で動けないようじゃ、あなたたちでは、私や土岐子会長に対抗することはとても無理ということも」
「んだと……、こら……」
「やめて、もっちん!」
もう一度とびかかろうとする元子をみもりは抑える。意も返さず、沙智は振り返った。
「その中で『今』の宮原みもりなら、危険性はないということで安心しました。前に、彼女とは話すなと申し上げましたが、訂正します。生徒会長が別段、彼女らと仲良くすることも、私は構うつもりはありません。それに、止める権利も私にはありません。ですが……」
もう一度、副会長は、視線を戻し2人に言い放った。
「私は、あなた方2人とは仲良くする気も、慣れ合いをするつもりもありません。特に、宮原みもり。あなたのことを、まだ許してはいませんから」
冷酷な女子は、拒否の意思の表示をする。それは、氷のような冷たさ。まるで、その周りだけ、あたかも気温が下がったかのような感覚を覚える。彼女の言葉の銃弾は、みもりへと確実に貫いたようだった。
つかつかと、眼鏡の副会長は廊下の向こうへと消えてしまった。
「え~と……、本当にごめんなさいね~!! 後で、言い聞かせるからね! 彼女、悪気はなかったのよ~。それに本当はあの子、とってもいい子なのよ。ただ、不器用なだけであって。でも、あなたたちにはとんでもない迷惑かけてしまったわ~。本当にごめんなさい!」
会話の口火を切ったのは、土岐子。さきほどの、生徒会長の雰囲気とは打って変わって平謝りだった。娘のしでかしたことを代わりに謝る母親のようだ。呼んだ相手が、まさかの喧嘩腰である。良かれと思っての行動が、返って悪い結果となってしまったのだ。さすがの生徒会長でも、かなり慌てている。
「い、いえ、お気になさらず」みもりは、取り繕うように両手を左右にぶんぶん降る。
「別に……、いいっスよ。事実っぽいっすから」元子の方はどうやら、先ほどの力不足を指摘されてのことらしい。
「ごめんなさい! みもりんと阿賀坂さん。あとで、あなたたちには、何か埋め合わせはするからね。怖い事の後で申し訳ないのだけれど、私もあの子も戦うつもりも喧嘩するつもりもないのよ~。それだけは理解してね~」
と、先に行ってしまった沙智を追うがごとく廊下の奥へと向かっていった。
「……。会長さんとドS眼鏡のアイツ。どちらも、『女子力使い』ぽいな」
「うん、噂は聞いてたけれど、本当だったんだ」
多少の静かな時間が通り過ぎる。元子は握りこぶしを握り、みもりはどうしていいかわからず、真っすぐを見ていた。
「なんか、悔しいな」唐突に、元子はつぶやいた。
「……」
みもりは、それに答えられずにいた。みもりにとっても、もともと『女子力使い』として彼女らに敵対するつもりもなにもない。かえって副会長からあなたたちは特に問題ないと箔を押されたようなもの。この学校を平穏無事に終えられそうだと証左を受けたようなもの。あまり目立ちたくないということもあり喜ぶべき事なのだが。
だけど、どこか悔しい気持ちも残った。
それに、副会長は『今』と言った。『宮原みもりを許さない』とも言った。やはり、水天宮土岐子と同じどこかで、茅場沙智とも相対していたのだ。でも、『自分自身』としては記憶がない。となると、意識を乗っ取られた時期が関係していると考えられる。あの時期は実はみもり自身の『心』と『意識』がとても弱かった。だから、『怪物』のようなものに喰われた気イメージがして、ロボットのように操られていた。今も、心の中の『怪物』から目を背け続けているため、『弱い』といわれるのは仕方ないかもしれない。けれど、何かそれは許せなかった。あの時よりも、今の方がずっと弱いといわれたのが、何かそれは悔しかった。
「……とりあえず、お互い強くなろう」
「おう」
2人は、かすかに誓い合った。