第1章.春の頃に―④
4、
「本能として『女子力使い』は『女子力使い』と相対するとき相争う」
これは、みもりが幼少の頃に教えられた言葉だ。だからと言って、女子力使いと相対したら、すぐに力を行使してしまうようでは本能のままに動く獣に等しい。それを抑えて振舞うように努めるからこそ淑女としての『女子力使い』の在り方なのだと説かれた。
先のヤンキー女子とみもりの戦闘は、その本能に従った結果、起こったに等しい。無意識に『女子力』の比較を行ってしまうのだ。
過去にも、女子力同士の壮絶な戦いがあったという。みもりも、噂で聞いただけであるが、とある女子が能力の暴走をおこし、『女子力使い』の有志によって討伐されるというものもあったらしい。その有志も、暴走した『女子力』になすすべもなく倒れ、残ったのは2人の『女子力』使い。そして、その二人のコンビネーションにより辛からくも勝つことができたという。その後、暴走した女子はどうなったかわからず、その討伐した二人も誰なのかがわからないらしい。あくまで噂、都市伝説のようなものであり、意図して都市伝説というのは、とある事実が誇張、または歪曲した結果であったものが多い。おそらく、女子力に危惧または、憧れを持ったものがこんなことがあったのではないかと創作して伊達や酔狂で流したものであろう。
「『女子力使いは相争う』かぁ……」
「ん、どうしたの? みもりちゃん」
「ああいや、なんでもないよ。独り言、独り言。あ、その唐揚げおいしそう。はるちゃんのお母さんが作ったの?」
「うん。まあ、昨日、夕飯にあった残り物を入れてくれただけなんだけどね。あ、じゃあ、たべる?」
「ああ、いや、食べたくて言ったわけじゃないんだよ」
「うふふ、いいよ。あげる」
とわたわたして遠慮するみもりをよそに榛名は箸でつまんだ、唐揚げをみもりのお弁当にそっと置く。
「あ、ありがとう。じゃあこれ」と、お返しにお弁当のソーセージをプレゼント。
現在は、お昼休み。自分の教室で、おのおのが、グループに分かれ、机を合わせて昼食をしていた。また、天女では、昼食において、教室でお弁当を持ってくる生徒のほかにも食堂や購買もあり、そちらに向かって昼食するものや、購入して食べる生徒もいる。
購買では、学校定番ハムサンドイッチなるものが人気であり、買いに行こうものなら少しでも遅れると売り切れるらしい。取り合いがあったりや、賄賂のタネにもなるという噂もちらほらあった。みもりも一度は食べてみたいなーと思いつつも、競争率が激しいらしく夢のまた夢だろうなと考えていた。
榛名嬢からいただいた、唐揚げを一口。おいしい。お夕飯の残り物と聞いたが、それを感じさせない絶妙な肉質のジューシーさ、そして香味に思わずほころんでしまう。多少は冷めているがそれでもなお美味しい。
「何これ、すごくおいしい!」
「そう? よかった! あ、じゃあ、うちのお母さんにレシピ聞いてみるよ。お料理教えてもらう際、ついでにその唐揚げ作ってみる?」
「あ、それいいね。作ってみよっか」
自分の作った唐揚げに思いをはせる。どのような味付けをすればいいのか、下味はどうつけようとか、ショウガがいいのかな? それともニンニクにする? いや、醤油か塩でもいいのかな? あとで、調べてみてもよいのかなと思っていると、
「ひぃっ! ヤンキー!」
「だれが、ヤンキーだこら! ギャルだっつの!」
と、いつかどこかでやったやりとりが教室の扉の方から聞こえてくる。みもりが振り向けば、教室の入り口に、昨日さんざんうちあったヤンキー女子。
「あ、いたいた。アネゴ~」
アネゴ。あまりにも聞きなれない言葉にみもりはぎょっとする。まさか、いやまさか、そんなことはない。
件の彼女は、みもりを見つけて、いい笑顔で手招きする。どうやら、みもりがそのアネゴのようだ。あまりにも、ヤンキーの世界のような、それともテレビでよく言われるようなやくざの世界を彷彿し、みもりは、少し彼女を見てから、窓の遠く、もっと遠くへ視線を泳がせた。
―――唐揚げ、どういう味付けにしよーかなー。楽しみだなー。
「お~い~、無視すんなって~! アネゴと私の仲だろう!」
いや、昨日会ったばかりじゃないか、とみもりは心の中でツッコミをする。
「ねえ、みもりちゃん。あの子、みもりちゃんのこと呼んでる?」
「あー、かもねー。はぁ、ちょっと行ってくるよ」
みもりは、先が思いやられると立ち上がった。
「え、カツアゲじゃないよね」
「へっ?!」
先ほどの光景を見て、真顔で言う、榛名。たまに、榛名は冗談ともとれるような真面目に言ってるようなことを真顔で言ったりもする。みもりにとって、たまに榛名が分からなくなる時がこのような反応だ。
「いやいや、大丈夫だよ。とられることはないんじゃない~?」
「いや、みもりちゃんがあの子をカツアゲしそうなの」
「え、ハルちゃんどうしてそうなるの?!」
その発想に至る、ハルちゃんの思考をのぞいてみたい。ハルちゃんにとっての私って何なんだろうか、とみもりは内心考えてしまう。
「ほら、あの子がアネゴって言ってるし。みもりちゃん舎弟にしてるっぽいし。いや、この場合は舎妹っていうのかな?」
榛名嬢は深く考え込む。いや、そんなわけないでしょうと。そもそも、舎妹しゃまいという言葉は存在しない。みもりは溜め息しつつ、早々にお弁当を片付け、件の彼女の目の前に向かった。ちょっと周りからひそひそ話が聞こえる。さっきまで、ヤンキー女子とちょっと話してた小里さんも、
「お、番長! やっと、舎弟を一人作ったのかい?」
とあっけらかんとみもりをからかう。元お嬢様学校にも番長というのは存在してたのだろうか……? とふと疑問に思うが、いやいやいやそうじゃなくて、否定をしようと試みるも、既に別の友人と話していた。
「いやぁ、同じ一年だったとは知らなかったぜー」と当事者はけらけらと笑っており、睨め付けたい気分だった。
「アネゴは、ちょっと……。ね。やめてね」
「じゃあ、どう呼べばいいんだよ」
ああ、そうだ。そもそも、みもりと目の前の彼女はお互いに名前を知らない。そりゃ、彼女の辞典に乗っているらしい言葉、「アネゴ」を使うわけだ。
「あ、そっか。そうだよね」
「とりあえず、屋上いこーぜ! ちょっと、いろいろと話したいことあるしさ」
「それって……『会話』と書いてリベンジ? 肉体言語的な?」
もちろん、リベンジ以降は、教室のみんなに聞こえないように小声で。この期に及んでまで、リベンジはあるのだろうかとひやひやしていると、
「ああ!」
ポンと手をたたく。
「いや、そのつもりはねーよ。昨日言ったじゃねーか? 完敗って。お前には勝てないって」
「言ってた……ね」
「とりあえず、いこーぜ!」
みもりは、彼女の手をに引っ張られる。あんなに昨日、恐怖の象徴であり暴力的だったあの手が今は、とてもやさしく、みもりの手を包み込んでいた。
***
「空、雲一つねぇぜ! ほんと気持ちいいなぁ!」
とヤンキー女子は屋上についた否や、大声で叫ぶ。みもりは、ちょっと……っと思ったが、辺りは誰もいなかった。どうやら、2人っきりらしい。これなら、とくに気を遣わずとも話すことができそうだった。
「で、話って何?」
「ああ、そうだったな。ああ、その前に」
差し出される包帯の巻かれた手。
「私は、阿賀坂元子あかさかもとこ。よろしくな」
ヤンキー女子、もとい阿賀坂元子は笑顔でそう言った。
「うん……、宜しく。私は、宮原みもり」
みもりもその手に答え、握手をする。
「みもり、みもりかぁ! みもり師匠!」
ずびしっと、わたしをさして叫ぶ。いきなり、師匠と呼ばれみもりは戸惑ってしまう。ししょーと呼ぶことはあるものの、自分が師匠と呼ばれることは今までになかったからだ。
「え? し、ししょー?」
「うん、ししょー! おりいって、相談があってさ」
「はい? もしかして……?」
「そう! 女子力の使い方、教えてくれないか! もっと強くなりたいんだ!」
「いや、別にそのつもりで戦ったわけじゃ、あれは不可抗力であって!」
「たのむ!」
顔を目の前に、手を合わせて拝む元子。あまりにもな、積極的さにみもりは戸惑う。ちらっと、右手が視線に入る。あの限界ギリギリの運用方法では、この先、もし戦いがあった場合、いつかはあの拳は使い物にならなくなる。何よりさっきの屋上に連れられた時のぬくもりを思い出し、もっと大切にさせなきゃとも感じた。
みもりは溜め息をついて、頭を掻きながらつぶやいた。
「まあ、昨日は私がやったとはいえ、あの使い方じゃあ、いつかはほんとにその右手が『壊れ』ちゃうよねぇ。使い方のコツぐらいは、教えられることがあれば教えるよ」
「まじでかよっ! やったぜ!」
元子は、飛び跳ねつつガッツポーズをする。どうやら、承諾がとてもうれしかったようだ。みもりとしても、最低限の部分を教えるにとどめる寸法。とりあえず、まずはあの無茶な使い方だけは何とかしよう。
「でも、一つ約束していい? 昨日みたいにやたらめったら『女子力使い』見つけても、喧嘩吹っ掛けないでね! 『女子力』を抑えて、礼儀よく振舞うのも『女子力』を高める方法の一つだから」
「あ、おお。吹っ掛けねーよ。よかったー。初めて吹っ掛けた相手が、みもりししょーで! いやぁ、今まで真面目に学校からすぐ帰ってたけど、試しに昼寝するもんだなー」
あははと笑う。
「え?」みもりは目を丸くした。
「あ? どした?」
「え、先生が噂してたヤンキーって、元子さんのことじゃないの?」
「あ? 何の話してんだよ。って、なんで私を捕まえて皆ヤンキーっていうんだ」
と、先生が話してたことを元子に伝える。それを聞いて、元子は顔色を青くする。
「おう、最近、そんなヤバくなってたったんかよ。ここ。みもりししょーと私とかなら、ぶっ飛ばせたかもしれないけど」
「いや、昼寝してたらあなたも危ないよ。てか、いくら本物のヤンキー相手でもぶっ飛ばすとこ見られたら危ないよ、主に内申点の面で」
「あー、かもなぁ……」
と、元子は遠くを見る。やはり、彼女も内申点は気にしているらしい。見た目で損をしている気がするが大丈夫であろうか。
「『まあ、君子危うきは近寄らず』ですごそう。お互いに」
「お? おう」
みもりの言葉を理解したかしていないのか、元子は不思議な顔をしていた。
「さて、じゃあ、私戻るね」
みもりはもう話すことはないと、踵を返そうとする。と元子はその様子を見るや否や、
「あ、いや、ちょっと待ってくれ。もうひとつあるんだ、これ」
と恥ずかしそうにブレザーのポケットから一つの袋を取り出す。
そこには、かわいらしいリボンがついた、クッキーの袋。チョコチップのようなものがちりばめられており、形は多少いびつなものの、作り手がとても頑張って焼いた印象を受けた。
「これって……?」
「昨日の喧嘩を売ったお詫びと包帯のお礼、だよ。やるよ」
と、みもりにそのクッキーを突き出す。意外な展開に、みもりも面を食らってしまった。
「ううん、悪いよ。だって、私だって抵抗したし、ケガさせたし」
「いや、もらってくれねえとこっちが気が済まねぇんだよ!」
「これ……作ったの?」
おずおずとみもりは、彼女の顔を見た。元子も、恥ずかしいのか顔を赤らめていた。
「……。ああ、そうだよ! 手作りだよ! 作って悪いかよ!」
犬のように威嚇する系女子。いまにも、ガルルル……と言いそう。
その表情をじっと見てしまい、みもりは、少々の間の後、ちょっとおかしくなってぷっと吹き出してしまった。
「あははは」
「なんだよ! そんなおかしいのかよ! ヤンキーが作って悪いかよー」
元子も、パニクってしまったのか、あんなに否定していたヤンキーを自称し、頭を抱え始めている。その状況を少しでも長く見たいとは思ったが、さすがに悪いと思い、
「……ううん、そんなことないよ! やっぱり、もらうね。ありがとう、元子さん!」
やはり、この人は根はやさしい人だ、そして、強い人。私が持ってないものを持っている気がする。そして、もらってばかりでなく何か私からもいつか返せるものがあるのだろうかとも考える。女子力の使い方を教えるだけでなく、何か他のことを。
「あのさ」
「うん?」
「あの~、『さん』はやめてくれないか? 気恥ずかしい」
「ああ。じゃあ……、『もっちん』でいいかな? 元子の『も』でもっちん!」
ニヒヒと笑って、目の前のヤンキー女子の反応をうかがう。
「それって、なんか、おもちぽくねーか? ああ、まあいいか」
頭を掻いてはいるが、まんざらでもなさそうだった。
みもりは受け取ったクッキーをポケットの中に入れる。大切に。割らないように。
「そのクッキーさ、うちの母ちゃんと作ってな、父ちゃんが食べたら大絶賛してた」
「そうなんだー。楽しみだよ~!」
「ああ、父ちゃんのお済みつきだからな!」
「そっか、お父さんのこと大好きなんだね」
「そうそう、父ちゃんのことが好きでって、ちげーよ! なんでそうなるんだよ!」
「いや、2回も名前出てたから、好きなのかなーって」
なんとなくからかってみた。
ち、ちげーよ! 誰があのクソ親父なんか!」
「あと、顔にも書いてある」
「う、うそ? どこに書いてあるんだ? マジックとか……」
「からかってみただけー」
「ちっ、なんだよーもう! ふざけんなよー!」
元子が、軽くポカポカたたく動作で、お互いに笑いあう二人。もし、この光景を誰かが見ていたら、ただの女友達のじゃれあいのようにも見えるだろう。そのぐらい、輝いて見えた。
空は、すがすがしく青かった。雲一つない空。その中、優しく2人を微笑みかける太陽。新たな、友情のつながりに祝福をしているようにも見えた。
――――ケモノノダンス/岸田教団 & THE 明星ロケッツを聞きながら……。