太陽が真上に見える時にー⑦
黒い便箋。誰から来たのかわからない手紙。しかし、赤文字で書かれている自分の名前がある。
中身を開いてみる。すると。
内容は、以下のようなことが書かれていた。
――――この地域を対象とする、一大格闘技大会を開催いたします。あなたをご招待いたします。
という一文と、日付とともに差出人と思われる名前『鷲崎織女』と記されていた。
また、メイが受け取った手紙も同じものを。しかしこの、『鷲崎織女』という人物に心当たりはなかった。しかし、みもりとメイの名前が記載されていたのは、どこで知られたのかと思うと、みもりはぞっとしてしまいそうであった。
今、この名前を詮索するのは良そうと、みもりは感じる。
本題があったからだ。
夜から深夜にかけての、今頃。もろもろの夕飯や入浴が終わってからのゆっくりするひと時に、未憂にとあることについて聞こうとしていた。
それは、2年前のあの病院で目が覚める前にみもりがしでかしたこと。
いわゆる『意識を乗っ取られていた』時、自分は何していたのか。
もう、目をそむけてはいけない。心の奥底の獣から、無視してはいけない。あれも『私』の一部として考えるしかない。そして、みもりがしでかしたことを認識しなくてはいけない。
そして、獣について、知っていることを未憂から聞くこと。そして、解決できるのか、それとも折り合いをつけるかどうかを見極めること。
内なる心の解決はそれしかない。
こんこんと、ノックする。部屋から、何?という未憂の声が聞こえる。声音からして、そこまで忙しくはなさそうである。
「ちょっと、相談したいことがあって。入っていい?」
「ん?まあ、今はゆっくりしてたところだし。どうぞ」
と、扉を開けると、彼女は眼鏡をかけて、読書をしていたようだ。本は、今はやりの小説。こたつ机の上には、漫画も積み重なっている。
「あの、……『未憂ちゃん』。相談というか聞きたいことがあって……」
と、みもりも姿勢を正して正座で、座る。
みもりがいつも呼んでいた、『師匠』ではなく、「美憂ちゃん」という呼び方も、昔の呼び名である。それは、過去と向き合うための意思表示であるためだった。
「……どうしたの?なんか、改まったように見えるけれど」
未憂は、ちらっと見て、また視線を本に戻す。
「えっと、そろそろ、あの事を聞こうと。私と、未憂ちゃんが関係する間崎家のお話。私の、病院で目覚める前のことを覚えていないから、未憂ちゃんが知っていることと。あの家に伝わる『獣』について」
未憂は、少し驚いた表情をして、みもりの方を見る。
「なぜ、今になって……?できれば、忘れたままでいてほしかったのに」
「忘れるわけないよ。また最近、『あの声』が聞こえてくるようになったんだ。私が、この町でしでかしたことを断片的だけど、思い出してきたんだよ。あの、病院送りになる前に」
「……。私が、話せることは少ないわよ」
「大丈夫だよ。未憂ちゃんが知ってることで、私が忘れていることがあれば教えてほしい」
未憂は読んでいた本をしおりを挟んでから、閉じて、そばに置く。
「……あ、あと、ずっと正座じゃきついのじゃなくて?……お説教するわけでもないし、こっちも息がつまっちゃうわよ」
「うっ、ごめん……」
とみもりは、足を崩して、伸びをする。あまりに自分のことを見つめなおそうとしすぎて、固くなってしまったようだ。
「……あなたが、中学の頃実家に戻ってから、病院に目覚めるまでの事で覚えてることってある?」
「えーと、実家のことは覚えてないけれど、完膚なきまで誰かを叩きのめす感触。断片的だけど、戦いの間に割って、争って相手を圧倒していたような覚え。そして、最後に誰か2人と対峙してそこで戦いが始まった瞬間以降は覚えていないよ」
「……。そう。私が聞いた話によると、昔、間崎流の家に戻ったあと、貴女はこの町に現れては、女子力を振るうものに見境なく襲っていたと聞いた。最初は、『悪意』がある女子力を使う者に対して襲っていたのだけれど、どんどんその境界がなくなり、悪意で使ったもの、善意で使ったもの見境なく襲うようになった」
「やっぱり、そうだったんだ……」
みもりは、うつ向く。自分が予感していたことが事実だったことに対して。
「それで、貴女…、いえ、『獣に意識を乗っ取られていた貴女』ね。いろいろと表側出るのはまずいとして、女子力使い達の間で内々に処理しようとのことで女子力使い達の有志が集められ、貴女を討伐するという動きがあったと聞いたわ」
「……」
「……結果、貴女は討伐されて、病院で目を覚ますことになった。その代償として、相手となった有志達も相当な被害があったと聞いたわ。まあ、でも、大怪我したぐらいでそこまで深刻にならずに済んだって聞いた。やっぱり、女子力使いって丈夫だわね。そして、後処理は『間崎流』と、しかる関係者によってその事実は隠され、公になることはなかったわ」
「そう……なんだ。それに誰か2人と対峙している光景……。そういえば、ほかにも倒れている人たちがいたっていうのは……」
「それが、貴女を『討伐する』光景かもしれないわね。私が知っていることはここまで。全部、人づてから聞いたことよ」
過去は過去、とはいえ、自分が行ってしまったことだ。『獣』であったとはいえ、己である。しかし、考えるべきは『獣』だ。内なるあの声をどうすればよいのか。耳をふさぎ、聞こえないようにそのまま逃げ続けるつもりでいくのか。それとも……。
「未憂ちゃん……。どうすれば、その『獣』をなくすことはできる?」
みもりは、顔を上げて未憂を見つめた。師匠ならば何かを知っているかもしれない。そういう期待こめてだ。
「『獣』をなくすことはできないわ。あなたの『母』と『妹』を見ればわかるはず。『獣の教え』って覚えている?」
みもりとしては、あまり思い浮かべたくない2人であった。事実、実の母が苦手であった。
「聞いたことあるような……?」
「『間崎に連なるもの。心の奥に潜む獣の声の耳を傾けよ。周囲に悪意が発せられるところにぞ、心の奥に潜む獣の遠吠えが聞けん。身をゆだねよ。彼方に『悪意』あるとき、獣はそれを駆逐せん』というの。間崎流としては、『獣』の声は、間崎が『悪』と対峙した時聞こえてくるといわれている。だから、乗っ取られることは推奨ってことになっているわ」
獣の教え。みもりが、あの心に現れる別の声を『獣』と形容するのは、この教えをどこかで聞いたからであろう。
「あえて抑える方法も教えられてはいない。けれど、時として、みもりのように暴走してしまうこともある。だから、私としては、抑える方法も必要だと考えているわ……。私だって、運よく『獣』の力が弱いだけで、どう女子力を使わず、それか使うとしても、出力し続けないかという事に注意をしているしかできてないの」
「やはり、駄目かぁ」
みもりは、寝っ転がる。万事休すか。やはり今まで通りで、声に怯えたまま、使わないように過ごしていくべきなのか。そう思案していくと、未憂は一言を添えた。
「でも、私の師匠……貴女でいう所の大叔母さんは、言っていたわ。『獣』とは声を聴いたままでも『共存』ができると」
「共存……?」
「ええ……、私には深いところまでは聞けなかったわ。……けれど、私の師匠はそう言っていた」
共存。獣と共存するというのは、どういう意味であろうか。声を聴きながら無視することとは違うといえるニュアンスだ。
『共存』について、とりあえず辞書を引いてみようと思うみもりであった。
***
「流田!!『招待状』は配った?」
紫色の女子力使い、鷲崎織女は、倒れ伏す男の背をイス代わりにするように座って肘をついている。
目の前にいる、流田と呼ばれた男装の女性は、優雅にお辞儀をする。
「はっ。既に滞りなく」
「じゃ、やっちゃおーよ。わたしが始めるフェスってやつをさ!招待状を送った奴には、強制参加!さーてどうなるんだろうね。あはは」
次回は、5月24日更新予定です。