水溜まりが広がりそうな空模様にて―⑭
「あ、キミも来たんだ」
みもりが屋上の扉を開けた先には、振り返っていた美澪が視界に映る。
彼女はそこにいた。傘を差しながら誰もいない屋上で。
みもりは、視線を逸らさない。近場で、雷鳴が鳴る。だが、2人はその音にも気にすることはなかった。
みもりは傘をさす彼女の方へとゆっくりと歩み寄る。小雨など気になるはずもない。
「美澪さん、あなたにいいたかったことがあったんだよ」
「みもりさんも? 奇遇だね。ボクもだ。ほんとは、キミに僕から会いに行くべきだったんだ」
「それは、私もだよ……」
みもりの言葉を聞いて、美澪はゆっくり微笑むと、と深くお辞儀をする。
「ううん。でも、会えてよかった。改めて言うね。あの時は、ごめん。むりやり、戦いに誘ってしまった。力試しだって、自分勝手に誘ってしまった」
「……私も、そのことについて謝る」
「? みもりさんは、別に謝る必要なってないよ。ボクの方が……」
美澪は、顔をあげ不思議そうな顔をしながら答える。それはそうだろう。一方的に悪いと考えていたからだ。しかし、みもりが考えていたことは少し違っていた。
「私も、謝るべきなんだよ。私は、あなたの武道そのものに対して、侮辱してしまった」
「?」
「正々堂々とやるべきだったんだよ。だけど、私は迷ってしまった。あなたと戦うことに対して。……手を抜いてしまった」
「でも、それは、ボクが……」
「ごめんなさい」
みもりも、お辞儀をする。美澪は少しあたふたしてしまっている。
「だから、今度は、私から――――」
みもりは、ゆっくりと深呼吸した。そして、言葉を紡ぐ。
「――――あなたにリベンジを申し込む」
「そっか。なんとなく、そんな気がしてたんだ。これが、女の勘ってやつなのかな? それとも、キミとボクに備わっている不思議な力がそうさせたのか」
ゆっくりと、みもりの方へと歩き、傘を閉じ、置く。そして、屋上の扉のそばに置いてある紫の細長い包みに手を掛ける。
包みをほどいたその先に露わになったのは……。
木刀。
そう、それは、先の公園での戦いにおいて、美澪が使用していたもの。愛用の得物。
少し、歩んでから、美澪はぶるんっと振るう。
風が、少し強くなった気がした。
女子力で天候が操れるとは聞いたことはない。ただの偶然であるだろうが、美澪さんが呼んだ、とみもりはそんな気がしてならなかった。
みもりは、胸ポケットから、白いリボンを右腕に結ぶ。いつものジンクス。気合を入れるためだ。
2人は、屋上の中心へと進む。あたかも、試合場かと思うほどに。互いの視線が交差する。真剣な表情。
お互いに礼。
みもりは、押忍と掛け声し、美澪は黙したままである。
彼女は、握り拳を小指から親指へとしまい込むように折り曲げ、構える。
彼女は、霞の構えで、相対する。
審判などいない。止めるものも今はいない。どちらかが、敗北するまでのぶつかり合い。誰が誰のためではない。己が高みを目指すため。
みもりも今度は、自分にも負けない。そして、美澪も、次も負けるつもりはない。
雷鳴が、鳴った。
お互いが、お互いの間合いへと踏み込んでいく。
一人は拳を突き出し、もう一人は木刀を振りかざす。
彼女らが振りかざしたモノがぶつかり合い、衝撃が広がる。
すかさず、みもりは右突き。左打ち、かかと落とし、足刀蹴り等、体中を使用して美澪へと攻める。
美澪はそれに、たいして、木刀を振るっていく。まるで、雨を切り裂くかのように。
この少女たちの光景を、もし見た人がいたというのであれば、こう述べるだろう。『まさに、舞っている』と。
ただの喧嘩というのは無粋だ。本気で戦っているからこその舞うように見えるのである。
みもりは拳舞を、美澪は剣舞を。
美澪が袈裟掛けに、斬る。
みもりは、それを拳で弾き、スキをついて腰を深く落とし、右の突きに力を込めて放つ。
常人ではひとたまりもない一撃。しかし、彼女は無自覚ながらも、『女子力』の使い手。みもりとしては、手ごたえがあったが向こうは耐えきっている。
みもりは反撃を警戒し、間合いを取る。
雨が強くなった。彼女らは全身をぬらす。が、意識しているのは目の前の人物のみ。
普段であるなら、みもりは己の中に住んでいる怪物の声を警戒するが、今回に限っては、現れる気配がしない。
これも、いわゆる女の勘ってやつだ。
それでも、使える女子力の気は少ない。それはいつもの通りだ。いままでもそうやってきた。
次の相手がどう動くか、みもりは相手の女子力の流れを読もうとする。気は足に集中している。それも、股関節にも。みもりは気づく。通常、人は、走る行動に移す場合、足だけでなく、丹田、いわゆるおへその下の奥当たりに女子力の気の流れの量が多くなる。丹田自体は、体全体、重心として使われることが多いがここでは割愛をする。
しかし、股関節にある場合……。
美澪は、みもりに目掛け飛ぶ。そして、空中で一回転し、勢いをつけて、面を打ち抜こうとする。
それは読んでたとばかりに、上段で防ぎ迎撃しようとする。
木刀で打ち据えられた瞬間、受けきって迎撃と行こうとする前に、木刀少女は、かがみこみ跳躍の勢いからスライディングをする。
防ぎきれない。
そのまま受け、みもりは転倒する。そこは水溜まり、ずぶぬれだ。
しかし、そこから、くるりと地面を転がることで間合いを開け、一瞬のうちに立ち上がり、体勢を整え、死角から回り込むように美澪を蹴りで、穿つ。
防ぐ木刀。震える腕。組み付いている2人。瞬間、みもりは、蹴りを放ち、組み付きを解く。
バックステップをする合間に、地を走る女子力の気弾を投げて放つ。が、それを彼女は、木刀を支えにして避ける。そこから、一足飛びで木刀による胴への横なぎの一撃だ。
みもりは、予測していたかのようにくぐってワンツーを繰り出す。美澪は払った後の木刀の動作を、勢いを殺さずに防御に回す。が間に合わない。そのまま受けていく。
しかし、そこはよろめきながらも耐えきり、今度は美澪がみもりをめがけ突こうとするが、それを払おうとする。しかし、突くと見せかけ、相手が防御したところを上段から振り下ろす。
重い一撃。またもや、斬られた感覚のようなもの。腕がじーんと響くが、みもりはそう言ってはいられない。
まだ、なおも構える美澪。
そして、その様子を見据えるみもり。
風が、強くなる。みもりの右腕に結ばれているリボンがなおもはためいていた。
「ボクも、キミに近づくことはできたかな」
木刀を眼前へと突き出し、目をつぶっていく。と、木刀に女子力が満ち満ちていくのを感じ取れた。そこから、風が集まっていく。小さな風は木刀を取り囲むように集まり、小さな竜巻を形成していき、あたかもドリルのような凄まじい風の回転が現れる。
降り注ぐ雨を、弾いていた。
「……!!」
「……できた」
そのまま、その竜巻の木刀を携え、走る。
「竜巻を飛ばしてこない……!?」
「このまま、斬らせてもらうよ」
疾い。すでに、みもりの目の前に現れその木刀で斬り上げた。
錐揉み上で、みもりは逆さに打ち上げられる。上下左右と、自分は今どちらの方向かわからない状況。雲や、屋上の地面、フェンスが、みもりの視界から目まぐるしく変わっていく。
そこへ。
一人の剣士が。大きく跳躍し。
空中で斬って、叩きつける。
「……!!」
みもりは無残にも叩きつけられる。全身に貫くダメージ。みもりの目の前がかすむ。かすかに見えた向こうは、残心で、霞の構えをとったまま警戒をする。
――――また、わたしは負けてしまうのか。
みもりは、雨に打たれる。屋上に来た時よりも、強くなってきた。あの時と違うことと言えば、雷がどこかで落ちるのみ。
――――体中が痛い。このまま、目をつむっていたい。
ゆっくりと、小指から拳を握る。自らの意思を振るいただすために、自分の拳はまだほどけていないというように。
――――だけど、決めたんだ。こんどこそ、私はあの子、そして自分に勝ちたいんだ……!
雷鳴が近場を貫いた。
「そう、今度は立ち上がるんだね。そうだとおもっていたよ。それでこそ、あの時見たみもりさん、だよ」
視線は、美澪を外さない。女子力の気は全身の流れを勢いを増していく。今度は、あの能力《破壊》は使わない。
みもりが使えるだけを、全身に回す。口の中を切ったようで、少し血の味がした。
美澪は、もう一度、木刀に竜巻を纏わさせる。こんどは、先ほどよりも、風の勢いはかなり増していた。
ピリピリする空気。これが、力や、技の競い合いの部分を超えた、精神力の戦いである。
みもりは、先ほどのダメージの残りでよろめきそうになるが、踏ん張る。しかし、先ほどよりは少し痛みは引いてきた。
相手をよく見れば、木刀に纏う風は凄まじい勢いだった。あれが直撃されれば、こんどこそ。しかし、かなり向こうも消耗しているようで、木刀を支えている腕が、震えている。吐く息も、長い。
みもりは、構えなおしてから相手の懐へと入りこもうとする。そして、美澪も、竜巻が激しく起こる木刀を徒手空拳の少女に向けて振り下ろす。
「――――斬るっ!!」
「――――つらぬく!!」
みもりは、一歩踏み込み、できるだけ多くの女子力を込めた上段の足刀蹴りの一撃でお見舞いする。今彼女の状況を表すなら、これが適切であろう。魂を込めた一撃であると。
足先から雷光が発生し、美澪を貫く。刹那、竜巻の斬撃がみもりに入る。
あたりは、静寂する。
聞こえるのは、雨の音、風の音。そして、雷の音だけだった。
ばたりと、一人が倒れる。ほどなくして、もう一人が倒れた。あと、吹きすさぶ風と、降り注ぐ雨と、稲光りだけだった。
***
みもりは、目を覚ます。そこは、見たことがない天井だった。周りを見渡すと、見たことのないカーテンで遮られているようで、もう一方を見れば、窓から差し込む光がみえ、風がカーテンを揺らし、そこには雲一つない蒼い空が見えた。
そばには、静かな寝息が聞こえる。みもりは気づく。そこには、師匠こと、未憂がうたた寝をしていた。
あれ、前にもこんなことがあったような気がするとくもったままの頭の中が、周囲を見渡していくことに徐々にはっきりとしていく。
もしや。
ここって。
「あれ?私どうしてたんだっけ」
直前覚えていたこと。それは、雨の日、誰かとの力の張り合いをしていた。そして、決する自らの足刀蹴りと、木刀の斬撃。
「思い出した。そうだ。美澪さんと屋上で……。それで……」
その後は、覚えていなかった。どうやら、倒れてから起き上がるまでのここにつれてこられたとわかる。
と、小さく寝息を立てていた未憂が目を覚ます。
「……ああ、起きてたのね」
「あ、えーと、師匠……。ごめんなさい」
みもりは、ここに担ぎ込まれてしまって、心配をかけてしまったと思い一言目で謝る。
「……。……聞いたわよ。学校の屋上で、雨の中、傘もささずに2人で話してたところ転倒したって」
「……!」
「お友達4人が見つけてくれなきゃどうなっていたことか……」
「……ごめんなさい」
「……もう、心配かけさせないで。もう、危ない真似はしないこと。とは、まあ、私も、高校生の時は人のこと言えないけれど。やるならやるでバレないところで『ヤンチャ』をすること。あと、教えに背くようなことしないこと。いいかしら?」
未憂はみもりの頬っぺたの両方を軽くつねる。事の真相は、師匠にかすかにバレているようだ。しかし、そこまで問い詰めない。
「いひゃい、いひゃい、やめて、ごめんなはい!やめて、みふうちゃん」
「……お説教は、また治ってから。……あと、お友達にお礼を言うことも忘れずに」
「……はい」
みもりは、先が思いやられると考えながらも、どこか清々しい気がした。
「あ、そういえば、師匠。美澪さん……私と話していたもう一人の子も、病院に?」
「……ええ、そう聞いているわ」
「そうしたら、お話しにいかなきゃ」
「そう、……ヤンチャはしないように」
「もうしないよ!」
と、奥から扉が開き、2人のにぎやかな声が聞こえる。
「……ほら、お友達が来たようよ」
「ししょー!大丈夫か?」
「……大丈夫だとは……思ってたけれど、……顔見たらもっと……元気そうでよかったわ」
私のお願いを聞いてくれた、盟友の2人がお見舞いに来てくれたようだった。
***
みもり自身、入院はしたものの結局は、足と腕を打撲したぐらいで、テーピングして安静に過ごすこと以外は実生活に影響がないとのことで、明日にでも退院できると医者から伝えられた。明後日から、いつも通りの生活に戻るということで、安堵する。
そして、ベッドの上にいるのも暇なため、外に出てみる。すると。
「やあ、今日はいい天気だ」
そこには、同じように日向ぼっこをしていた美澪がいた。
「美澪さん!ごめんね。大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だよ。いいキック喰らったけど、全然問題ない。あしたから、退院できるって。ボクこそ、ごめんね大丈夫?」
「私も同じ。明日から退院」
「そっか、よかった」
2人して、空を見る。あの時とうって変わって、快晴だ。この前の雨模様が嘘みたいだった。
「梅雨、開けるそうだよ。これから暑くなるね」
「そうなんだ。美澪さん、剣道着とかで大変そうだね」
「まあ、慣れっこだから大丈夫。一応、熱中症対策でクーラーがついてるみたいだけど」
「なるほど。さすが、天女」
少し、間があく。すると、一番言いたかったことのように美澪はみもりの方をむき、朗らかな表情で口を開く。
「みもりさん。完敗だ。あの時は、ボクの負けだよ」
そう、2人が遭遇した最後の光景。みもりの足刀蹴りと、木刀の斬撃が交差した束の間、先に地に付したのは美澪の方だった。
一呼吸置いたその後、みもりも倒れていたのだった。そして、4人、元子、江梨華、真朝、由姫が駆け寄り、先生を読んでから病院へ連絡したとのことだった。
あとは、4人の間で口裏を合わせて、雨の中屋上で転倒したんじゃないかという報告をしたのであった。
「ありがとう。私も、全力を出せた」
「ボクもだよ」
「美澪さん、これからよろしくね」と、手を差し出される。
「うん、こちらこそ」とその手を受けて握手をする。
「そういえば、みもりさん料理得意だったって聞いたよ」
「そこまでって程でもないけどね……」
「だから、料理、なにか、教えてほしいな」
「うん! 私でよければ。それに、前にプレゼントもらったからなんかお返ししなきゃ!」
「そ、それは、気にしない――――」
「――――ううん、私が気にする!」
「ありがとう……」
と2人は、もう一度空を見る。太陽が燦燦と照り付ける。じわじわと暑くなっていきそうな天候だ。
「夏がはじまったんだね」
「うん、夏だよ。夏だ」
女子高生たちの夏は、始まったばかりだった。
――――Determination Symphony/Roselia を聞きながら……。




