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水溜まりが広がりそうな空模様にて―⑬


 まだいるのだろうか。残っているだろうか。彼女達からは、逃れることはできたけれど、かといって『あの子』がいる可能性がない


 周りに人がいないことを確かめて、駆け足になる。転ばないように。少しだけ薄暗い中を。


 人気がないだけで、こんなにも静かなのか。


 雨が降っていて生徒が見当たらない校舎で、こんなにも違う世界こうしゃ


 私は、少し、心細く感じた。廊下を走る自分の音だけだからだろうか。


 2階へと駆け上がる。ちらっと覗けば、職員室の明かりが漏れている。ばれないように、音を殺すようにして駆け足を続ける。


 3階。誰もいない。美澪さん(あのこ)と話せるだろうか。今、『用がある』として、私を逃がしてくれた友達2人の顔を思い出す。少し、心強くなった。


 4階。あともう少し。先ほど相対した剣道部の2人のことを思い出す。彼女たちも、美澪さんのことを思って行動した結果だった。私は、ただ我を通したかっただけ。2人は悪くはない。友達思いなところも、すごく尊敬する。これが終わったら、あの子たちにも謝らなきゃいけないな。

 

 そして、屋上についた。ガチャリと、おそるおそるドアノブをひねる。そこには……。


                    ***


「ほら、アンタ達のせいで、私たちの目的がパァじゃない。どうしてくれるのよ」


「……」


 真朝は、目の前にいる眼鏡の幼馴染、江梨華に対して睨み付けて言う。その視線の先の彼女は、さも慣れているといわんばかりに、態度は変わることはない。


 由姫の方はと言えば……。元子と相対していた。


 早く、用を聞いて、終わらせたかった。あの子を足止めできなかったなら、もう真朝たちはいる意味はない。


「で、用って何? まさか、あの子を助けるために口から出まかせていうなら承知しないわよ」


「……」


 表情から、何を意図しているか、読み取れない。真朝からしてみれば、いまいちやる気があるのかないのか、わからないと見える。幼いころから目の前の江梨華はそうだった。


「何か言ったらどうなのよ?」


「……」


「うんとか、すんとかいわないの?」


「……喧嘩しましょ……?」


 突然の、単語に真朝は耳を疑う。真朝は言葉を失い、江梨華はこれ以上説明の必要がないという様だ。2人の間に神様が通ったといわんばかりだった。

 

「……はぁ!?」


 真朝は馬鹿も休み休み言え!? と叫びたくなる。まさか、あの2人に感化されたとでもいうのか。宮原さんも、家で武道をやっていると聞いている。いつの間にか、常に本を読んでいるような彼女が武道派になったとでも。


「冗談でしょ。アンタ、武道派ってガラじゃないでしょ?」


「……。ええ、そうね……。でも、『まぁ』も、私に言いたかったことあったんでしょ……」


 また、その呼び名を出す。


「何? だからって、喧嘩するわけ?」


「……」


「それに何なのよ。図書室で話した時は、『村瀬』さん、なんて他人事だったのに。今更昔の呼び方しないでよっ!」


 真朝は、いつのまにか、握りこぶしを作っていた。それほどまで感情的になる。


「……ええ、そうね……。あの時は、幼馴染ではないただの同級生のように接した……。けれど、今、私があなたに対して……『まぁ』といった意味……わかるかしら……?」


「……あんた、そうやっていつも、最後まで話さないんだから……! それこそ、アンタだって、中学時代私がどんだけ、想っていたかも知らないで……!!」


「……」


 江梨華は、視線を真朝からそらさない。まさに、彼女からの想いをしっかり受け止めようと覚悟している表情だった。

 

 後ろから、


「……あなたにだけは、言われたくはなかったわよぉ……いいわ。そんなに、食らいたければ、私の抜刀術受けてくださらない?」との声が聞こえる。どうやら、由姫は元子の挑発に乗ってしまったようだ。

 

「ああーーーーー!! もう、知らない!!」


 真朝は、感情のまま近くにあった掃除用具のロッカーをぶっきらぼうに開け、デッキブラシを引き出す。


 両の手で、一本の棒を握り、構える。


 その構えはまさに、槍を使うつわものだった。


 そう、彼女は、真に得意な得物として、竹刀ではなく、『槍』であったのだった。

 

「もう、何が何でも、アンタに今までの想いをぶつけてやるわっ!」


「……、……その気になったわね」


 と、江梨華は一言いうなり、身をひるがえす。そして、奥の方へと駆け出した。


「って、喧嘩するって言っておきながら逃げるんじゃないわよ!! 待ちなさいよ!」


と、真朝も相手を追いかけだす。


 3~4教室ほど横目で通り過ぎたあたりで、背中を見せたまま江梨華はぴたっと立ち止まる。


 その数歩あたりで、デッキブラシをかまえ、相手の出方を疑う。しかし、真朝からしてみれば、あれほどこんな無防備な背中があるものかと思う。そんなに自信があるのか。それに、江梨華が武術を習っているとはついぞ聞いたことがない。


 しかし、どういうわけか、背中を突こうとは思えなかった。武道をたしなむものとして、正々堂々としなくてはいけないと同時に、そこには、昔幼いころに見ていた記憶の中の弱弱しい背中ではなかった。『男子、3日会わざれば刮目して見よ』という言葉があるが、何もそれは男子に限ったことではないと意識させる。それは、『人』であればなおさらだ。


 やはり、知らないところで彼女は彼女なりの成長をしていたと感じ、一層デッキブラシを握る手に力が加わる。


 江梨華視線の向こうから、走ってくる音が聞こえる。


 (まさか、宮原さんがもどってきたというの?)


 いや、違う。人にしては、もう少し軽い印象を受ける。なんというか、物質がちがうというか、重さのある音ではない。

 

「……来た」

 

 一瞬、黒い影が江梨華の横を通り過ぎる。上からの殺気!


 真朝が気づいた時には、咄嗟に黒い塊の襲撃からデッキブラシで身を守っていた。

 

 彼女の両腕に衝撃が走った。

 

「……江梨華、ナニコレ……? 冗談でしょ?」黒い影をみて、真朝は率直な感想を述べる。


「……ええ。冗談だったらいいでしょうね……。……でも、現実。その子を操っているのは、私。……そう、これでも紛れもない私とあなたの一対一の喧嘩よ……」

 

 真朝に攻撃を加えていたのは、『人体模型』そのものだった。振り下ろされた足技を、デッキブラシで防いでいる状況。


 しかし、まるで中に人が入っているような力の加わり方だった。

 

「やっぱり、アンタも女子力使いだったわけね……。何、それ、アンタ、宮原さん(あのこ)に教えてもらったの?」


「……半分正解。……半分間違い。……それに、本気で蹴りを放ったのに、防ぐなんて……あなたも……だったのね」


 その『人体模型』は、一回転して、真朝から間合いを開け、その後、彼女めがけてワンツーと拳を繰り出した、


 しかし、麻朝はデッキブラシでいなす。


「ええ、そうよ!てか、あんた、それ学校の備品じゃない。勝手に、使っていいわけなの?」


「……それは、お互い様じゃなくて……?」


「それはそうだけどっ!!」


 人体模型めがけて、的確に体を、一回、二回、三回と刺突する。その後、思いっきり振りかぶる。


 模型はよろけるが、すぐ体勢を立て直す。

 

「コイツずるいじゃない!」


「……むしろ、『コレ』がなければ、……強いあなたに喧嘩なんて挑まないわ。単純な女子力勝負よ。……どっちかが、負けと認めるまで」


 人体模型は、回し蹴りを放つ。が、そこを、掻い潜って、デッキブラシが貫かんばかりの刺突を顎に向けて放つ。


 直撃するが、そのまま、カウンターで右のストレートを放つ。真朝は避けられず、そのまま受けてしまう。


「てか、噂ってアンタの仕業だったのね?!」


 真朝はよろめくが踏ん張り、デッキブラシを横なぎに払う。

 

「……正確には、……オカ研の活動のお手伝いを……しているだけよ」


「あんの、お騒がせ共め!」


 ブラシの薙ぎ払いを、模型は足で防ぐ。

 

「あいつら、どんだけ改造してんの?!」


「……走れるぐらいには」


 お互いに、一進一退の攻防が続く。デッキブラシの突きを受け、模型の拳を受ける攻防。


 真朝は、どこか、懐かしさを感じてた。そういえば、喧嘩した時もお互いに言い合いになってかたくなに譲らなかったけ。


――――やっぱり、変わらないわね。


 この攻防に、幼いころの言い合いを重ねていた。


 中学時代離れ離れになったこと、そして、中学での江利華の話を聞いたこと。


 俄然、握る手も力強くなっていく。


――――私は、あの時のアンタのこと……!


                    ***


 江梨華は、真朝の連なる突きを、両の指を使い、模型を操りながら弾いていく。


 しかし、猛攻は止まらない。突き、薙ぎ、突き、足払い、デッキブラシを支えにしての飛び蹴りなどをしのいでいく。


 江利華の操る人体模型も、掻い潜りながら、空手の型の、拳による『突き』、『打ち』、振り下ろされる『手刀』、足刀蹴りを繰り出す。が、いとも簡単にあしらわれる。

 

 流石に、武道をたしなむ人に対して、付け焼刃な江梨華じぶんには、難しいのかしらと感じていた。

 

 2人の最初の出会いは、親同士が友人であり、初めて江梨華が真朝の家へ遊びに行った時からだ。


 その時の彼女は、初対面の時、彼女のお母さんの後ろに隠れて挨拶するような恥ずかしがり屋さんだった、と江梨華は記憶している。その頃から、遊ぶようになり、主におままごとで遊んでいたのだった。そして、その時によく使っていたのが、真朝の(・・・)熊のぬいぐるみだった。


 江梨華は、どっちが、お母さんになるか、よく言い合いになっていたことを思い返す。お互いにどっちも譲らない。

 

――――いっつも、どちらかのお母さんが仲裁に入ってたかしらね。

 

 今の戦いは、お互いの気持ちのぶつけ合うためだった。中学の時に離れ離れなってしまったための、お互いどう接すればよいか忘れてしまった故に。

 

「中学の時、アンタのことがすごく……すごく心配だったんだから……!!」


 真朝は思いっきり、腰を深く落とし、デッキブラシ(やり)を構え、狙いを人体模型に定め、

 

「えいやっ!!」


 大きく、踏み込むように突くっ!

 

 動きがわかるというように、江梨華は右指を動かし、回避行動をとる。

 

 が。

 

 真朝の一突きのはずが、一瞬のうちに複数の突きに変化していく。回避したはずが、無残にも真朝の複数の突きに打ち取られてしまう。


 かろうじて、まだ動かせる。当たり所が悪ければ、江梨華の操作が不能になっていたところだ。

 

「……」


「一緒だったら、アンタを守れたのにっ」


「……!」


「アンタを、『いじめ』からっ!!」

 

 操られる人体模型は、のけぞられながらも体勢を立て直す。

 

――――あの時の私を、心配してたんだ……。でも。

 

 実は、江利華は、中学時代いじめを受けていた。いまでは、もう思い出したくもない事実であり、過去であった。それが、友人を作れなくなり、あの時の事件を引き起こしてしまった原因でもあった。

 

 そして、人体模型は懐に潜り込み、えぐるように拳を放つ。


「……でも……、私は……、守ってもらっただけじゃ、……自分自身が変われない」


「……私は、ずっと心配だった!! いつかは助けられるようにと強くなろうとした!!」


「……それだけじゃ駄目。……私も同じように強くならなきゃ……」


 鋭い突きの一撃。人体模型の体部に打ち込まれる。女子力の衝撃が、模型に繋がる糸へと、ダメージが伝わる(フィードバックされる)

 

 思わず、江梨華は歯を食いしばる。

 

 ――――この痛みに、耐えなくては。この痛みは、真朝あのこの今までの想いだ。

 

「……私は、強くなっていった……あなたがうらやましかったわ……」


 真朝が、強気になっていった時、それは、槍術を習い始めていってからだ。恥ずかしがり屋というのは変わらないものの、言葉や行動がどんどん前向きに、強気になっていった。


 目の前の彼女は、あの時と変わらない。いや、昔よりも精神的に強くなっている。高校で久しぶりに会ってそう感じていた。

 

 江利華は模型に、見様見真似の飛び回し蹴りを命ずる。


 それを、しゃがみ込んでよけ、真朝は刹那で振り上げを叩き込む。


 空中で足による防御で受けてから、模型は蹴りを炸裂させる。


 デッキブラシ(やり)を振り回し、防御。


 模型の、拳、回し蹴り、裏拳、上段突き、かかと落とし。


 全てを、デッキブラシを上下左右と振り回し、いなしていく。


「……アンタだって!! 私がいらないほど、強くなったじゃない!! 宮原さん(あのこ)のおかげで!」


「……それは……」


「高校で久しぶりに見たときは、何もかもに興味がなかった顔して、声を掛けようとしたけれど、かけられなかった! それほど、私は強くなっていなかった! けれど、あの子と仲良くなってから、雰囲気も明るくなって、少し笑うようになってた。そうなったのはアンタの方よ!!」


「……」


「悔しかった! うらやましかった!! 助けになったのは、私ではなく、宮原さん(あのこ)なのが」


「……私から見たら、あなたは……強いままの『まあ』で、友達と楽しげに笑ってて、……嫉妬してたわ」


「!」


「……私が、そこにいる必要がないと思った。……だから、あなたに話しかけられても、意地張ってたままだった」


 お互いに思いをぶつけながら、技を競い合っていく。中学時代の穴を埋めるように。


 とたん、江梨華が操る人体模型が、むんずと彼女の両肩を掴む。


「……でもあなたの言うとおりだわ……。そうでなきゃ……!!」


――――強くないままなら、私は、あなたと話し合う(喧嘩する)ことすらできなかった。


 と、女子力の『操る』気を、一気に送り込む。ダメージを与えた状態で、不意を衝いたら、抵抗はないはず!


 瞬間、真朝は一気に崩れた。地に倒れ伏していた。


 そして、江梨華も、女子力の気を息に使ったことにより、腰が抜けてしまい座り込んでしまう。がたんと、人体模型も地に落ちてしまった。

 

 後はお互い、ぜぇぜぇはぁはぁと呼吸する音が、聞こえるだけだった。

 

「……やってくれたわねぇ…。……はぁ。負けよ。負け。あんた、変わったわね」


 真朝は体が動かず、首だけ、江梨華に向けて、敗北を認める。


「……変わったのはそれもお互い様」


 へたり込んだ状態で、江梨華は、天を見上げてつぶやいていた。お互いに穏やかな空気が流れる。それは、久しぶりの友情を確かめることができたからであろうか。

 

「それにこれじゃ、美澪に対して、人の事言えないわね。アイツ、宮原さんと戦ったの知ってた?」


「……ええ、その話は聞いたわ……」


「そのことについて、私、美澪に怒ったの。怪我したらどうするんだー。ひいては見つかったら剣道部の大会をどうするんだーって。でも、結局私は、あなたと戦って(喧嘩して)しまった。私も、バカね。見つかったら、ただじゃすまないというのに」


「……私も……ね」


「でも、アンタと言いたいこと言いあえて、スッキリした」


「……たまには、いいものよ。……ホントたまにはね」


「ええ、そうね。もう二度とはごめんだけど」


 ゆっくりと、江利華は立ち上がった。そして、人体模型を元に戻すために、走らせた。

 

「江梨華」


「……何?」


「最後に一つだけ」


「?」


「アンタのせいで、動けないし、先生にも見つかりたくないから、肩貸してくれない?」


 江梨華は、幼馴染のお願いに小さく微笑んで、引き受けた。

 

 真朝は、江梨華の肩を借りているときに、彼女の胸ポケットにいる小さなクマのぬいぐるみ(・・・・・・・・)に気づく。


「私があげたクマ、まだ大切にもっていたのね……」

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