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水溜まりが広がりそうな空模様にて―⑤

 あの剣道部の勧誘からというもの、美澪はみもりと目が合えば微笑んだり、他愛のない会話で話しかけたりとしていた。


 みもりも、すこし驚きつつも、彼女と、打ち解け始めていた。

 

 そして、お昼休みの屋上。最近は、少し晴れが続いているものの、天気予報では、来週あたりからまたどんよりとした気象となるとのこと。みもり、元子、江梨華は、束の間の晴れの昼休みの屋上を堪能していた。


 水たまりは残っており、みもりがその水面を覗けば、少し汗ばんだ顔が反射して見えた。


「あっちぃな……。なんでこんな暑いんだよ……」


「……あら意外ね。……晴れの日だから、もっとはしゃぐかと思ったわ……。……だって、……あんなに教室の近くの窓で、……早く晴れないか……みたいなこと言ってたのに……」


「うるへー。糸巻きメガネ。アッツいもんは、アッツいんだよ。な、ししょーもそうだよな」


 無論、糸巻きメガネとは江梨華のことである。能力で操る際に『糸』のようなものを使っているために、元子が感覚でつけたあだ名だ。ちなみに、つけた本人しか言っていない。


「うん。じめじめしてるからなおさらだね。でも、来週から、また雨降るっていうし」


「そうね……。……まあ、私としては……、雨の日は静かになるから……いいけれど……」


「マジかよ。また、曇り続くのかよー。涼しくなるんなら、いいけどよー。雨降るのは、やめろよなー。太陽!」


と、ヤンキーじみた娘は天に向かって叫ぶ。その光景に、みもりはすこし笑いそうになった。


「そーいや、ししょー。あの手紙って結局何だったんだ? それに、最近、めっちゃ、あの剣道部と仲良くなってんじゃん。アイツが出したのか?」


「……うん、それは……気になるわ……。結局……、あれは、ラヴ……だったの?」


「あはは……あれは……」


「あれは?」


 2人は口をそろえて聞き返す。


「うん。差出人は、剣道部のあの子。美澪さん……、C組の時任さんであってる」


「おお」


「で、内容は剣道部のお誘い、だった」


「剣道……」


「……部?」


 2人は、きょとんと眼を丸くする。それも無理はない。あれほど意味ありげに手紙が下駄箱の中にあったと聞いたのだ。なにか人に知られたくないような、それこそ、乙女が噂をするような愛の告白からの禁断の恋や、みもりならありえそうな女子力使いからの果たし状のようなものかと思いきや、部活のお誘いである。


「うん」


 みもりは、こくりとうなずく。そのまま、辺りが静寂となる。いわゆる、神様が通ったというところ。みもりに刺さる視線がちょっと痛い。あれ、そんなに拍子抜けだった……? と思うや否や。

 


「ぷっ……」と、せきがきれたように元子が笑いだしはじめた。


「ははははは!! マジかよ!! よりにもよって、剣道部かよ!! ししょーが、竹刀持つなんて似合わねー!」


「ふふふ……。……それは、……同意する……わね……。だって、宮原さん……竹刀よりも、素手の方が……。ふふふふふ……」


「もう! 二人とも!」


 静かな雰囲気になるのも嫌だったが、笑われるのも笑われるでちょっとしゃくな感じだ。それに元子は、腹を抱えても笑っているほどである。


「ははははは、ひー。お腹痛い。ははははは。はあはあ……で、そういや、気になったんだが、もしかしてアイツも女子力使い……なのか?」


「わからない。女子力の流れは、綺麗だった。それに、お誘いの直後、実は向こうから攻撃を仕掛けられた」


「……え、本当に……?」


「うん。一回だけだけどね。向こうは竹刀で私は拳で。でも、女子力というよりは、なんというか剣道部というか……、武道としての動きだった。彼女の竹刀はかなり重かったけれど、それが、女子力の能力に思えないというか……」


「女子力使いではなさそうなのか……。言われてみれば、あの事件の時も、女子力使ってないっぽかったな」


「あ、そういえば、あの時はもっちんが相手してたんだっけ」


「おう。まあ、ほとんど、竹刀か、足技だった……。その分シンプルで、強かったけれどよ。意識あったら、勝てるかわからんかった。まあ、どっかの誰かさんが操っててくれてたおかげで、なんとか勝てたんだがな」


 と、元子はちらっと、少し恨むように、江梨華の方を見る。


「……あら。じゃあ、……そのどっかの誰かさんに……感謝をしなくてはいけないのじゃないかしら……? ……図書館近くの喫茶店、デュ・パトリモワンのケーキセットでいいわよ……」


「てか、元はと言えば、お前がー!!」


「まあまあ、お互いに煽らないでよー」


 そう、集団ヒステリック事件こと、あの女子力による操り人形事件において、みもりと、元子は、美澪と戦っている。厳密にいえば、みもりを目的地に向かわせるために、元子は、操られていた彼女の相手となった。ある程度、向こうは意識を失っており、本領発揮出来てないようだった。


 彼女が、意識があった状態で立ちはだかっていたらどうなっていただろう。


 みもりはどうしていたんだろう。不安とは、裏腹に体がかすかに武者震い(・・・・)をしたようだった。


「で、剣道部。ししょーはどうするんだ?」


「まあ、見学の約束しちゃったから、行くけど、その後は――――」


「――――なら、彼女達も見学につれてきてもいいよ。それから入るかどうかを相談してみたらどうかな?」


 と、音もなく現れたのは件の彼女、美澪だった。彼女は、後ろから両の手をみもりの肩におく。3人は話に夢中だったのか、いきなり出現した美澪にぎょっとしていた。噂をすれば影が差すとは正にこのことだろう。その3人の反応を知ってか知らずか、彼女は意にも介さず微笑んでいた。


「み、美澪さん?! いつのまにきたの?!」


「ん、ついさっきだよ。剣道部のお話あたりかな。あ、阿賀坂元子さんに、湊橋江梨華さん、だね。初めまして。C組の時任美澪です」


「お、おう、ハジメマシテ」


「……よろしくね……」


 一方はカタコト、一方は、ぼそぼそっと返答する。もちろん、元子は初めてではない。まあ、会話ではなく、肉体言語での会話ではあったが。


「な、なあ、おま……、時任サン。あんときのは、大丈夫だったのかよ……ほら、図書室の廊下で倒れてたやつ」


「心配してくれたんだね。ありがとう。うん、このように今はぴんぴんしてるよ。知らないアザとかあったけど、今では元通りなんだ」


「お……、おう。なら、よかった」


「……あら、珍しい……。やはり、……梅雨だから……かしら」


「うっせー、一言余計だ、糸巻メガネ」


「2人とも、面白いね」


 美澪はからからと笑う。


「あはは……」みもりは、つられて笑うしかない。しかし、元子も元子なりに、心配だったのだ。残ってしまう傷ができてしまったかもしれない。それにもしかしたらということも……。


 そういうところは、もっちんはやはり優しい人だとみもりは思う。しかし、そのことを言ってしまうと、怒られるので、言わない。


 江梨華も江梨華で、やはり、どこか美澪を真っすぐ見られないでいた。そもそもの当事者として、彼女に大変な目に合わせてしまったのだ。口では、元子に対して軽口を叩いているが、やはり、自分の自暴自棄で起こしてしまった事件の責任を感じている。それに、あの事件の真相は戒厳令のため、詫びることのできない、ジレンマ。


 みもりは、それも重く受け止めていた。しかし、だからこそ、美澪が何も知らず、元子や、江梨華に笑いかけるのが、せめてもの救いなのかもしれないと感じる。


「うん、で、みもりさんから聞いたと思うけれど、一人じゃ心細いなら、2人も見学に来てほしいんだ。まあ、もし二人が良ければだけど」


「……えーと、私は……運動苦手だけれど……」


「全然かまわないよ。むしろ、見てるだけでもいいんだ。それに、湊橋さん、真朝と幼馴染だよね。見学に来るとなれば、喜ぶと思うよ」


 と村瀬真朝の名前を出されたとたん、うつむいてしまう江梨華。やはり、2人の関係はただならぬものであるらしい。


「ねー! 真朝も、そう思うよねー!」と後ろを向き、屋上につながる入口の方へと叫ぶ。


「って、誰が、喜ぶのよ!? って、気づいてたの?!」


 と、コソコソしていた影が、ドタンバタンという音とともに、急に現れた。真朝と由姫。どうやら、美澪の事が気になっていたようで、遠くからうかがっていたらしい。これで、剣道部ルーキー仲良し3人組がそろった。

 

 ----彼女達と、みもり達3人の間に風が吹きすさんだ気がした。お互いがお互いの視線を交える。一瞬の出来事だった。

 

「うわ、すごい風だね。それはともかくとして、ずっと、真朝と、由姫が、後ろにいたのはきづいてたよ」


「ふ、ふーん」と気のない返事をしつつ、真朝は、江梨華に向け、一言。


「元気?」と。


 江梨華も、「……え……ええ。……そっちは?」「普通よ」とお互い、目を合わさなくなり、ぎくしゃくしている感じ。何を話せばよいかわからない感じに見える。


「ふーん、あなたが、みーちゃんの、ね~。なるほどね~」と、みもりの方へと、由姫がにやにやしながら近づいてくる。


 なんというか、すっごい、夜が似合いそうな、というよりも水着の写真で本屋さんに並んでいてもおかしくない子だと、見るたびに不謹慎ながら思っていしまう。


 (よく美澪さんと仲良く話しているところを見かける。彼女と同じクラスで名前は確か……)

 

「そう、この子が今、ボクが剣道部に欲しがっているみもりさん。こちらは、同じクラスで同じ部活の初花由姫」


「よろしくね~。みーちゃん愛しのみもりさん。ゆっきーちゃんって呼・ん・で・ねっ」


「愛しって、そこまでなんか」


 美澪は顔が赤くなる。おいおい、なぜそこで顔を赤らめる。じぶんまで、恥ずかしくなっちゃうよ、とみもりは心の中でつぶやく。


「う、うん、由姫さん、よろしくね」


 気を取り直し、みもりは、握手を求め、由姫も拒否することなく受け入れる。


「なんだ、このエロが服着て歩いているヤツは」


 そばで見ていた元子嬢から、思ったことをフィルターにかけない率直な感想を頂きながら。


「え、あ……! あーーーーーー! あなたは!!!」


 由姫は元子に向かって指をさし、叫ぶ。さっきとは打って変わって、旧来の敵を見つけたような、倒すべき相手を見つけたようなそんな雰囲気を出していた。

 

「あれ、もっちん、昔、由姫さんに喧嘩でも吹っ掛けたの?」


「バ、バカ。そんなわけねーだろ、そこまで誰彼構わず噛みつくか! そもそも、喧嘩した覚えはねぇよ」


「ふふ…ふふふ……、あなたも、剣道部に来るのね、いいわ。いらっしゃい。あなたから受けた恨みを返す時……」


と、由姫は、顔をうつむけ、肩で笑っている。正直怖い。


「え、もっちん。やっぱ、どっかでふっかけてない?ほら、中学の時とか」


「だから、そんなわけないって。てか、剣道部来ることになってるぞ! 私!」


 そんな雰囲気とはどこ吹く風で、美澪が、今までの光景を見て一言、


「いやあ、真朝と、由姫、2人とも仲良くなれるか不安だったけれど、これなら大丈夫そうだね」


「どこが?!」


 さすがのみもりも思わず突っ込んでしまう。


「まあ、みもりさんが良ければ、ボクたちはいつでも大歓迎だよ。気軽に来てみるといい。楽しみに待ってる」


「うん、見学楽しみにしてる」


 お互い微笑んだ。


                      ***



----明後日、部活の見学いけそうだよ。大丈夫かな。


 そう、みもりから届いたのは、美澪が寝ようかどうしようかと考えて、だらだらと読書やスマホを見ていた時だ。すぐに、返信して、美澪は、うれしくてベッドに突っ伏して、枕に顔をうずめた。いうなれば、あの公園の光景から、不思議な力を使っていた、憧れ続けた人が、来てくれる。理由はそれだからだ。


 みもりからは、昔から空手に近い格闘術をやっていたと、会話などで、聞いていた。剣道と空手は全然違うものだけれど、あの公園での動きからすれば、剣道の動きをすぐモノにしてくれるかもしれない。


 彼女が入れば、もっと強くなれそうだ。


 もし、彼女が入らないことを選択しても、美澪は拒まない。彼女とお話できただけ、いや、見学のお誘いができただけでも自分の中では上出来だった。


 ――――あわよくば、みもりさんと……。


 枕から、顔を上げて、体を反転し上体を起こす。


 体中に、熱いものが流れる感じ。すると、脳裏に、木刀を構える自分自身《美澪》に相対し、空手の型を構えるみもりの姿があった。ダッシュで近づき、木刀を振り下ろす美澪に対し、それをそつなく受け流すみもり。


 切り下げ、打撃。後退。蹴撃。回避。投げ。最後に、ぶつかり合う拳と木刀。


(って、なんで、こんなこと想像してたんだろう。なんか、彼女のことを知ってから、どんどん、戦いたくなってくる。おかしいな。意欲が止まらない。ただ、仲良くなりたいだけなのに。喧嘩なんてしたくないはずなのに)


 想像すれば、攻撃し合う光景。


 お互いにもてる力をぶつかり合って、どちらかが倒れるまで応酬し合う。


 でも、喧嘩とは違う気がするとしたら……。


 お互いに、かすかに笑いあっていた。楽しげに。こんな、暴力的な光景であるはずなのに、まるで、一つのスポーツのようにお互いに尊敬しあい、称え合う感じ。


 いや、そもそも、剣道だって、別に嫌いあって、試合をしているわけではない。試合が終わった後は、お互いをたたえ合うべきなのだ。空手にも組手があるというが、それも同じであるはず。


「もう、寝よう。たぶん、眠いんだ。寝た方がいい」


 と、美澪は部屋の電気をけし、床についた。

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