第2章.葉桜が芽吹く間―⑫
「……さすがにこたえたわね~。あの子とは、もう2度と喧嘩したくはないわぁ~」
土岐子は、疲れたぁとばかりにへたりこむ。あたりは、倒れている女生徒ばかり、件の眼帯の風紀委員長も辛くも倒せていた。
「お疲れ様です。これは、操られていたということなのでしょうかね?」
「ええ、そうと考えられるわね~。じゃなきゃ、あんな、ロボットじみたチームプレイなんてできないわよ~」
「けれども、すべての個々の力を把握していなかった故に、最大限の力が発揮できなかったと」
「そうなるわねぇ……。そこが幸いかもね~。風紀委員長ちゃんの意識あったら、倒れてたのはわたしかもしれなかったかしらね~」
と、会長は倒れ伏している眼帯少女を見ながらつぶやく。蹴りの鋭さは有名であったが、これほどとは思ってもいなかった。あの、細身の体から出る威力は相当な鍛錬をしていると見えた。この高校にキックボクシング部がないことが悔やまれる。
「はぁはぁ、なんとか、こっちも終わったぜ……っすね」
向こうから、壁を支えにして、元子が近づいてくる。
「ヤンキーちゃんも、ナイス女子力~。相手にしてた子、一年にしては、かなりの手練れなのよ~。たぶん、剣道で全国狙えるくらいの」
「マジっすか?! 私、できるじゃねぇか!」
一気に緊張が緩和されたからか、廊下に寝っ転がるかのように倒れこむ。
「まあ、よくやりましたと言えるでしょう。向こうは操られて力を万全に発揮していなかった手加減状態だったとはいえ」
沙智は、水を差すかのような口ぶりだ。
「……ドS眼鏡」とぼそっと元子はつぶやく。
「何か言いました?」ぎろっと、沙智は冷たい視線を元子に送った。なんという冷たさだ。たぶん、副会長なら、目線でモノを凍らせるくらい簡単じゃないのかと元子が思うほどだった。
「……いんや、なんも言ってないっすよ」
いうや否や、元子は、肌がピリピリするのを感じる。何か、空気が張り詰めた感じだ。一瞬、沙智が本当にキレたのを恐れたが、どうやら違ったらしい。沙智の怒りではなかったことに安堵する。
「校庭のほうからですね……。ちょっとみてみますか」
沙智は校庭側に窓のある多目的室へと入っていった。
元子も、なんとなく気になったので、むりやり体を動かして起き上がりついていく。先ほど、図書館から窓ガラスが割れた音がかすかに聞こえていた。もしやと思いつつ、窓の向こうへと視線を向ける。
案の定、空気が張り詰めた原因がそこにあった。2つの影が、対峙している。この事件の犯人とみもりの姿がそこにあった。
その後ろに、対峙している2人から、少し下がったところにもう一つ人影がある。
「あいつ……!!」
元子は、先ほど会話した、みもりのクラスメイトの眼鏡っ娘だときづく。
「やっぱり、この首謀者はあの彼女であるとはっきりしましたね」
「ししょー……!! 助けに行かないと!」
「今のあなたでは、行っても足手まといです」
「はぁ!? だからって!」
「それは、女子力を消耗している私とて同じです。今は、彼女を見守ることしかできないでしょう。それに、あなたは『師匠』が勝てないとそう思うのですか?」
「ちっ……」元子は、握り拳をするしかなかった。正論だ。今の自分が言ったところで使い物にならないのは、どこかかすかにわかっていた。どこか、師匠の隣にいるのは自分だという思いがあったのかもしれない。けれど、無力な自分を呪うしかなかった。
「じゃあ、今、図書室に行けば目的のブツ壊せるんじゃ!」
「見に行くのを止めはしませんが、たぶん、目標のモノはもうあの部屋にないでしょう」
「えっ……?」
「彼女が出ていくのを見ました。私たちがいるのに、もし、目的のものがあれば、置いていくはずがありません。彼女を足止めができればよかったのですが、対応出来なかった私の落ち度です。操られていた女子生徒の対応で精いっぱいだった……。あなた達に啖呵を切っておきながら、自分が情けない……」
「……」
意外だった。あんなに冷徹無比なイメージな沙智が、何もできていなかったと悔しがっている。拳を握り、うつむくばかり。多分、ふとした瞬間に泣いてしまうかもしれないようにもみえた。それは、出さないというのが沙智なりの意地だった。
「……でも、言ってたじゃなっすか……。かなりの精鋭を集めていたっすよね。なら、それは、仕方ないんじゃねーかなと思う……っす。それは、私も足止めできなかったのは同じ……。私は弱かったから、強くなかったから。正直ギリギリだった。パイセン方から援護をもらうしかなかった。なら、私は責める権利ないっすから」
「……意外ですね。あなたから、そんな言葉もらえるなんて」
「いや、いつもの感じじゃねーっと私も調子狂うつーか」
「ふふっ、ありがとうございますね」
「ふんふふ~んふ~ん♪」
と土岐子は二人の会話をよそに何かあるのか、件の風紀委員長をまさぐっている。いたずらをしているわけではなさそうだ。
沙智は、土岐子の行動に気づき、いぶかしんで廊下へと顔を出す。
「会長……何を?」
「じゃ~ん! これよ~」
差し出されたのは、白い糸。このママン会長は何をする気なんだよと、元子は怪訝な表情を浮かべる。
「え~いっ」
と白い糸を握り始める。女子力が吸い取られるのは、目に見えている。何をする気なんだ。
「か、会長?!」
「ほら、二人とも早く早く~。あ、意識が乗っ取られる前に放してね~」
「いったい何を……」
「端的に説明すると、多分、女子力を吸い取って操っているということは、皆からもらった女子力の量は感覚的に把握しているんかしら~。そしたら、私たちの女子力を流したら、増えたなってことになるわよね~。なら、一時的に女子力が増えたってことで、『私たちは負けた』と向こうは勘違いするんじゃない~」
「それはそれでこちらとしては動けやすそうですが、けど、それが一体…?」
「ま、説明はおいおい~。いいから、触って触って~。さーて、いたずらするわよぉ~」
無邪気な女子の笑顔を見せる、土岐子。生徒会長とはいえ、年相応の少女ぽさも覗かせるのだった。
***
江梨華は何かいつもとは違うことを覚える。かすかにであるが、人形を操る感覚が鈍くなった。
操っている生徒全員とつながっている糸とぬいぐるみがつながっている。先ほど、3人のほどの強い女子力の気が流れたことも分かった。そのぬいぐるみをから気を送り込み、人形のバッテリー代わりにし補うことでみもりからのダメージのカバーや、攻撃するための出力の増強をしている。その点は、問題ないはず。先ほど、多少リズムを狂わされたこともあるが、それも違う気がする。何か、邪魔をされているよう。
糸が鈍い。なにか、どことなく鈍いのだ。感覚的に。たとえて言うなら、歯車の間に砂粒が混じりこんで、かみ合わせが悪くなった感じ。
しかし、気にしてはいけない。動かないなら、無理やり回すだけ。人形にすべてを注ぎ込み、みもりにぶつける。それで終わりだった。会長たちは倒れ、先生一人残っているが大したことはないだろう。残るはみもりただ一人。これで、江梨華の世界は完成することとなる。
けれども、江梨華は、人形が接触する直前、一瞬、相手をする彼女を見た。そして、目を疑った。顔をそむけてしまいそうな恐怖が襲われた。
一言、江梨華はつぶやく。
「壊される」と。
あれは、みもりそのものであるが、纏う女子力の気が今まで見た中で相違した。なにか、『悪魔』を想起させるオーラ。
みもりの雰囲気に飲み込まれそうになった。いや、そうではない。それに食いちぎられそうな気がした。
あれは、いったい、なんだっていうの。とんでもないものを敵に回したっていうの?
2つの意思がぶつかりあい、はじけとぶような閃光と轟音の後に、一抹の静寂が訪れる。
江梨華は思わず、眩しさから両腕で顔を覆いかぶせた。その後、ゆっくりと腕の隙間からのぞく。そこにあったのは、人形の背であった。静かに、たたずんでいた。結果を物語っていたようだった。
「……か、勝ったの……?」
江梨華は、一歩踏み出す。すると、徐々に人形の首筋にひび割れのようなものが見える。それは徐々に、顔や、腕や、足にへと刻み込まれる。
ついには、腕が、重力に逆らわず落ち、首も落ち、地面に接触した瞬間に引き裂かれたかのように割れた。やがては足の支えも失い、胴体も朽ちて落ちるだろう。
多分、服に隠れて見えないが、胴体も同じようなひび割れが刻まれているはずと江梨華は認識した。
ついに人形は、全身が崩れて落ちた。そこに現れる一人。赤い蒸気を放つみもりが、両腕を前に突き出し、女子力の気を放出した構えをしていた。
ゆっくりと、みもりは姿勢を戻す。眼は江梨華を見つめたまま、口は薄く嗤っていた。
江梨華は、腰が抜けてしまいぺたんと体から落ちてしまう。負けたのだ。しかし、同時にどこか安心していた。心のどこかでとんでもないことをしでかした自分を止めてほしかったのだと。そして、止めてくれたのが、初めてクラスの中で初めて他愛のないお話ができたあなたでよかったのだと。
「やっぱり……、敵わない……のね」
***
みもり自身がずっと忌み嫌っていた能力。それは「破壊」というものだった。
女子力をぶつけ否が応でも機能停止させる、または壊すことに特化した、危険極まりない能力。その分、女子力のエネルギーは膨大だった。
その破壊の女子力を、手のひらに集めた気にほんのちょっとだけ『能力』を解放したのだった。
それを、向かってくる人形の胴体にぶつけるだけ。見る見るうちに人形は朽ちて崩れ落ちた。
それで、終わったのだ。みもりは、大きく小刻みに息を吸ったり吐いたりを繰り返す。右腕につけていた白いリボンをほどき、胸ポケットへとしまう。これで、ようやくお話ができそうだ。
そう思った。
自分の口元が嗤っていた。ようやく壊せたことが楽しかったからだろうか。
――――えっ?!
ほんのちょっと借りるつもりだった破壊の女子力が、とめどなく体中をのたうちまわる。まるで、牢獄から解放されたかのように。みもりは、一歩、一歩と弱り切った彼女へと近づく。自分の意思とは反して。
女子力が、右の拳に勝手に能力が充填される。こんなので殴ってしまったら、江梨華にたいして償おうにも償いきれないほどのものになる。
丹田に力を入れ、体の中心に女子力を集めようとしても、全身をめぐったまま戻ってきてくれない。
みもりは、目の前の彼女に「逃げて!!」と声に出したかった。
けれども、声に出そうとしても出てこない。今、夢の中でもがいている気分だ。
止めようとして止まらせてくれない。終わりにしたいと思っても終わりにさせてくれない。
やはり、使わないべきだったのだ。こうなることはわかっていた。体を破壊の女子力そのものにとられるとは。やっと、つかめたチャンスをこんなことで不意にしたくなかった。
みもりは、江梨華の目の前に立つ。右の拳を勝手に振りあがる。目の前の彼女は突然のことに唖然とする。一生懸命に叫ぼうとしても、声がかすれて出てこない。なんとも、わたしはこんなにも無力なんだろう。最後の最後でツメが甘い。
そして、右の拳が彼女をめがけて、振り下ろしてしまう。
…………はずだった。
「なーにやってるの? もう。決着は、ついたでしょ」
力強い女子力の流れとともに、振り上げた腕が掴まれた。みもりはその感触をどこか温かく感じた。と、ハッとする。全身をめぐっていたあの凶暴な「破壊」の女子力がなりを潜めていった。左手の指が動かせる。ゆっくりと、自分の腕をつかんだ主へと振り返った。
「……先生?」
そこには、2人の担任である櫻野先生が立っていた。どうやら、みもりの暴走を止めてくれたらしい。にかっと、先生は笑い、声をかけた。
「どう? たまには、サシで喧嘩するのもありでしょ? ……って、教育者がいうことじゃないわね。まあ、ほかの先生も見てないから、そこは勘弁してくれない?」
「すいません……。止めて……もらって……、ありがとうございます」
「いえいえ。それよりも、宮原さん。湊橋さんに、言いたいことあるんでしょ?」
「…そうだ」
と、みもりは、座っている江梨華と目線の位置を合わせる。彼女は、今にも泣きだしそうだ。
「……、宮原さん……私の負けね。……こんなことはもうやめるわ……」
「うん、お願いね。……あと、ごめんね。湊橋さんの人形壊しちゃった。それにあなたにも大変な目に合わせようとした……」
「ううん…、そんなことは……いいの……こちらこそ……壊してくれて本当にありがとう」
「えっ?」
「……だって、言ったよね……。私にとって、あれは、キモチワルイものだったの……。持ち出したってことはどこかで壊したかったのかも……」
「……」
伏し目がちな彼女の表情を見てみもりは意を固める。ちゃんと言おう。言いたいこと言おう。
「湊橋さん、伝えたいことがあったの」
「……?」
江梨華は、顔を上げた。まっすぐみもりを見つめた。
「さっき、楽しかった瞬間は一瞬って言ったよね。私も喧騒の一部になってしまうかもって」
「……」
「それは違うよ。私は、一瞬じゃなくて、ずっと、楽しい思いをあなたと一緒にしたい」
「……! それ……は……」
「私ね。お友達になったら、あだ名で呼ぶことにしてるんだ。湊橋さんは、下の名前『エリカ』だったよね」
「うん……」
「じゃあ、りかちー。これからよろしくね。りかちー」
江梨華は、徐々に涙が溢れてきた。急な出来事に、みもりはあたふたと戸惑う。
「あ、ごめん! 大丈夫? 嫌だった?」
「違う……違うの……あだ名で呼ばれることが初めてだったから」
「えっと、あのその……」
「ええ、こちらこそ……よろしくね……」
「よかったー!!!」
と、みもりは、目の前の、孤独な魔女だった少女に抱きついた。
***
そして、ことの結末はこうだ。
あの彼女に似た人形を壊した瞬間に、江梨華は、勝てないと悟り解除したらしい。
結局は、この事件に関わったのは6人しかおらず、教師陣も櫻野先生以外何かがあったことは気づいていなかった。また、2階に倒れていた女子生徒全員は、原因不明の集団ヒステリーを起こして倒れていたこととして片付けられた。(櫻野先生はここのつじつま合わせに苦戦していたらしい)
なお、4人と図書館前で戦闘を繰り広げた女子生徒は、ここ最近の記憶がないとのことで、集団ヒステリック事件として病院に受診中。特に問題なしとのことでじきに戻ってくるとのことだ。
当の首謀者、湊橋江梨華は、
「うちの生徒から問題だしたけど、もう、彼女もそういうことはやらないって約束したし……(何よりめんどくさいし)私以外の誰も先生が気づいていないので不問とします」
と櫻野先生自身が言っていたが、当の彼女はそれでは、気を許さないらしく、
「じゃあ、一週間ほど図書室掃除を担当すること! よろしくね~」
となった。けれども、どこかすっきりした表情を彼女はしていた。
「……んで、いつまでそんなことしてるんだ?」
ここは、学校の屋上。今日は、晴れ晴れとした天気。心地よい風が吹き、校庭の木々がざわめいている。
これから、じめじめとした天気を過ぎ、どんどん暑くなっていくだろう。つかの間の快適さを享受していた。
お昼休み中、屋上の一角をみもり、元子のたまり場としているところに、新たな人影が見えた。
「あはは……」
これには、みもりも笑うしかなかった。むんずとみもりの腕にくっついて文庫本を読んでいる眼鏡女子がいた。そう、江梨華その人である。だれか、知らない人が見たら、仲睦まじいカップルに見えてしまいぎょっとするだろう。無論、2人の間に恋愛感情というものはなく、ただの友情の結びつきなだけであるが。まあ、江梨華さんの過剰な表現になっているだけでしかない。
「だぁぁぁぁぁ! これから暑くなるっつーのに! なんで、ずっとくっついてるんだよ! ししょ―に」
「……、別に……いいじゃない……。減るもんじゃないし……ああ、それとも……」
「なんだよ」
「……やきもちやいているのかしら」
「んなわけあるかよ!」
「……じゃあ、独り占めしちゃおうかしら……ねえ、宮原さん」
「えーっと、あ、……お手柔らかにね」
「なに、ししょーもその気になってるんだ?!」
ここ一週間、3人はずっとこんな調子だ。江梨華が、ボケなのか、本気なのかわからないからかいをし、みもりがノルかなだめ、元子が突っ込む。そしてたまに、榛名か、土岐子会長か、沙智副会長が顔を出す。
もう、あれから一週間がたった。昨日の敵は今日の友を実証するかのように、争うような光景は3人の間にはない。
まあ、ちょっと元子が江梨華に苦手意識があるやもしれないけれど、それはそのうちなくなるだろう。
「あ……、そうだ……。りかちー。この本、ありがとうね」
目の前に差し出したのは一冊の本。それは、2人を繋げた好きな作家の本だった。ちょうど、みもりが持っていなかった本で、探してもなかなか見つからず、やきもきしていたのだ。それを江梨華持っていたから貸してくれたのだった。
「ええ……、面白かったでしょう……?」
「うん!」
江梨華は小さく微笑む。やはり、女子は笑う方が可愛いのだ。そう思うみもりだ。
「あーもう、2人しかわからない話してー!」
「じゃあ、あなたも……読んでみる……?」
「貸してみろ! えーと、どれどれ……」
と、江梨華の手から、奪うように本を開く。すると、たちまち元子のまぶたが重くなっていくのがわかる。
「やべ、こういうの見ると、眠くなる……」
「……でしょうね……」
なんとなく、2人のしぐさにみもりは微笑ましくなっていく。どこか、みもりはうれしくなった。
「みもりちゃん~! 先生が呼んでる!」
遠くからの榛名の声。いつもの、櫻野先生係の出番のようだ。
「うん、今行くー! じゃあ、2人ともあとでね」
「おう」
「ええ」
2人ににこやかに告げて、穏やかな太陽とゆったりとした雲を泳がす春風の元、みもりは駆け出していく。
葉桜が芽吹く間に、彼女らの女子力は、ゆっくりと穏やかに循環していった。
――――LIVE MY LIFE/岸田教団&The 明星ロケッツを聞きながら……。