第2章.葉桜が芽吹く間―⑪
橙色に輝く雲一つない空。
遠くを見れば、五羽の鳥たちが羽ばたき、空の果てへと向かっている。それを含めても目の前に広がる光景は、大きく雄大だ。
あれ、空ってこんなにきれいだったけ。
まじまじと見たことなかったモノ。気にすることのなかったモノ。気づけば、足元には、どこまでも落ちていきそうなオレンジ色の海、頭には、土気色の空。サカサマのジブン。
あれ、なんで、空が土色なんだろう……。なんで、足元がオレンジ色の海なんだっけ……?
刹那、思い出した。
一緒に地面へ落ちていこうとする黒いナニカを、蹴りの一撃を見舞って、離れる。そして、みもりが頭から地面へと激突しそうになるや否や、手のひらから広げた女子力で覆う膜を地面にたたきつけ、バック転をするかのように、態勢を整え着地。
土煙が舞う。しかし、みもりは、落ち着き相手の出方を窺い構える。
目の前の黒いナニカが、煙が晴れるごとに判別ができていく。
「……あの子は、あの時の?!」
そこにいたのは、この前の放課後に遭遇したコスプレ女子の姿だった。榛名の首を絞めた謎の女子。
と、目の前の彼女は、ゆっくりと包帯を解いていった。
「……!! 湊橋……さん……なの……?」
そう、目の前に現れたのは、図書館にて出会った時の湊橋江梨華そのものだった。
だが、どこかおかしい。全体的に、血が通ってないように見える。表情も不気味なほど変化がない気がする。先ほどのみもりの問いにも返答がない。
「いったい、どうしたの!? 皆に何かしたのって、湊橋さんなの?!」
答えない。
「何か言ってよ!」
沈黙。ゆっくりと、優雅にみもりのほうへと向かってくる。ぬいぐるみのある元の場所に向かうことも考えたが、どうにも通させてくれる気配ではない。
それに、突進から窓ガラスを一緒に突き破り、校庭まで飛べてなおかつぴんぴんしている。となれば、それは女子力使いの芸当に他ならない。ならば、隙を見せたら最後。
「何も答えてくれないの? 皆をしゃべらなくしたのって違うんだよね? 本当にそうなの?!」
それでも答えない。
みもりは意を決した。
彼女との距離は4~6mほど。さすがにこの距離では、打撃戦になれば近づくために移動を要する。江梨華の足元に意識をむけつつ、全体を観察する。
こっちに向かってくるなら、いったん足に何か動きがあるはず……。それをあの、「地を滑る女子力の気弾」をぶち当てるようにすれば…。
だが、予想は違っていた。
右腕を後ろに振りかぶった後、まっすぐ突き出す。
「え?!」
腕がみもりに迫っていく。それも、人と比べ倍以上に伸びて。そんな馬鹿な。予想外の動きにより、一瞬判断が遅れる。横へと飛びのく。伸びた腕は、地面を打ち据えた。避けるのにギリギリ間に合った。
だが、その腕を戻す動作を利用して、彼女のもう一方の腕が、まるで生き物かのように迫ってくる。女子力を利用した肉体改造?! 馬鹿な。そんなのあり得る?! 聞いたことない!
瞬間、みもりは気づく。あの廊下で戦った時の、消える腕というのはそういうことか。軌道を読ませないように、伸ばした腕を地面にぶつけ、弾いた後相手に当てたということ。これが、みもりに見えず、消えたと勘違いした……ということ。
軌道を予測して、みもりは姿勢を低くする。例の腕が、右肩を掠ってく。焼けた鉄の棒をそのまま肩に触れてしまったような熱さ。女子力を奪われてしまう……気がした。このまま、ここで様子をうかがうなら、あの腕に滅多打ちにされてしまうだろう。
――――だったら、こっちから懐に飛び込む!
多少うめきながらも、『地を滑る女子力の気弾』からの考えを離れ、意を決してそのままの姿勢で魔女へと疾駆する。
右手は握りこぶしを固めたまま、接近。しゃがむ姿勢で、牽制として、左のジャブを繰り出す。むこうがそちらに意識した瞬間、握りこんでいた右手の女子力を瞬間的に、出力できるギリギリで集める。
魔女が右手に気づいたときには、もう遅い。みもりの拳が顎をとらえ、女子力の気を上へと放出することにより、鋭いアッパーが彼女を貫く。
「はぁ、はぁ、はぁ」
自身の全開には全然及ばない。
だが、牽制からの不意打ちには上出来だった。普通の人なら、脳震盪ぐらい起こしているはず。抵抗するには、ちょっとやりすぎたかもと後悔した瞬間。
魔女との視線が合う。意識は飛んでいるような気配はない。みもりは理解する。
「え、ダメージがない……?」
気づいたときには、既に腕をつかまれ強い膂力で、引っ張られていた。
抵抗しようにも、腕をつかまれたままみもりの両足が、地面から離れる。そのままの勢いで地面に叩きつけられた。
みもりの声にならない呻きが、もれる。体全体に女子力をめぐらし、かろうじてダメージを軽減させているくらい。意識は残っているが、このまま続くなら果たして。
魔女は何度も。何度も。何度も。みもりの体を宙へ引っ張った後、何度も叩きつける。まるでそれがプログラムされたかのように。
その後、振りの勢いそのままに、遠方へ投げ飛ばす。
投げ飛ばされた体勢が整う前に、魔女の拳の追撃が飛ぶ。みもりは、空中であるが、かろうじてそれが視えた。
受ける前にはじく!
相手の拳が、四方八方からみもりを打ち据えようとする。しかし、みもりもなんとか受け流す。はじく。拳と拳がぶつかる。着地した後も、伸縮する腕が、乱舞する。みもりも拳や両腕、足、体全身を使って、防御、回避、そして攻撃の相殺。
徐々に重くなるみもり自らの四肢。
ダメージの蓄積により、みもりの攻撃の対応が徐々に遅れていく。腕や、胴、太もも反応が遅れ、打たれていく。
と、ついにはみもりは膝をついてしまった。大きく肩で吸い、息を吐く。全身に巡る女子力も、循環させるだけで精一杯。それに、自分の心の奥深くから、あの赤黒い獣の咆哮がかすかに聞こえた気が。だけど、耳を傾けてはならない。そう、みもりは言い聞かせた。
目の前の魔女は相も変わらず表情は変えずにいた。瞳は膝をつくみもりを見据えていた。そこには、何の感情も覗かせない。ああも、あそこまで感情を制御できるというのか。戦うためだけに、感情を殺すことなどできるものだろうか。
「……?」
みもりは、見つめられる瞳に対して違和感があった。先ほどの表情に血が通っていないことと同じで、何かツクリモノのように思えた。まるで、奇麗なビー玉を埋め込んだような……。
呼吸を整え、立ち上がる。まだ、何とか……耐えられそう。
既に向こうも、攻撃の準備のモーションに入る。うかうかしていられない。
基本に立ち返ろう。今度は女子力の流れとともにをもう一度、全体を観察する。あちらは、こちらが立っているだけでも精いっぱいと思われているだろう。チャンスとばかりに。
右手の拳を前にだし、深く腰を落とす。相手の体全体に淡い朱色が見えてくる。一定のリズムで同じ量の気が流れているように思える。
今度は手刀を当てるかのように目の前の彼女は横なぎにふるう。
それを、両の腕で防ぐように受ける。やはり一撃が重い。バランスを崩しそうになるもこらえる。
しかし、なにかみもりは妙に思えた。
「なにか、変な気がする……。本当に湊橋さん……なの?」
みもりが変に思う点、それは、あまりにも女子力の癖がなさすぎる。人間にしては、綺麗すぎる流れ方。たとえて言うならば、ホースの中に水を通してそのまま滞ることなく外に出ていくような……。それこそ、あのぬいぐるみと同じ流すだけの機械のような……。
攻撃をはじく際の感触も生きている少女とは言えない気がした。あれは、本当に、湊橋さんなのだろうか。
一定のリズムさえわかれば、それでいい。だったらいつものように女子力を使ってかき乱す。
持ってくれ自分の意識。
――――目の前のアレが、本人にしろ、別物にしろ、もっとぶつかったら何かあるかもしれない。
みもりの女子力をゆっくりと循環させる。
――――あの子ともう一度話したい。敵対したままでもいい。もし、犯人だったとしても、私と意見が食い違ってもいい。説得できるとは望まない。
回していく。回していく。回していく。
――――ただ、単純にお話がしたい。だけど、私の問いには答えてくれない。どうすればいいかわからない。私の想いを女子力として、届けるしかないのかな。
みもりは、拳を握る。爪が食い込みそうにもなっているほど。
相手も察知をしたのか、また、腕を飛ばすモーションへと入る。その中へもう一度、みもりは奔った。
女子力を拳に乗せる。向かってくるは、蛇のような、魔女の腕。もううんざりだ。
みもりは、大きく跳躍。相手の腕をはじく。落ち際に両手を組み、着地した瞬間に相手に肩口に思いっきり振り上げてから叩き込んだ。
一定のリズムで脈打つ女子力の流れを乱す目的で。
「これで、どうだ!!」
手ごたえは十分。全体重を乗せた一撃。そうやすやすと動けはしまい。
――――ふふっ
不吉な声が聞こえた気がした。瞬間、肩へ叩き込んだ時に、放った両手から稲光が起こり、魔女の全身を貫いていく。
「……やらかした!」
最悪だ。ギリギリの限界値を見誤った。みもりは忌み嫌う力を出してしまった自分自身を悔やんだ。あの不吉な声はその予兆だったのだ。
しかし、
「……?」
稲光が晴れた後も、目の前の魔女は立ったまま。それも、全身を穿ったはずの雷光にも、びくともしないようだった。
とたん、魔女の綺麗な顔にひびが入る。
「……!!」
ブレのない淡々とした綺麗すぎる女子力の流れ方。ビー玉を埋め込んだような透き通った眼。極端な無表情。触れた際に違和感のある肌。人間の常識を凌駕するほどの伸びる腕。雷にもびくともしない体。そして、ひびが入った顔。
刹那、みもりの中で全てつながる。目の前の彼女は、湊橋江梨華ではない。あの子は、いや、あれは江梨華を模した……。
魔女は、静止したまま。動かない。
みもりは唇から滴る血をぬぐう。あくまで、制服は汚さないように直接、腕でふき取った。
もう、終わったのだろうか。しかし、風はまだ何かに怯えるように弱く吹いている。
すると、遠くからこちらの方へ近づいてくる影が見える。目の前の動かない彼女と同じような背格好。違いといえば、服装ぐらい。
……もしかして。
「……宮原さん。……やっぱり、私の世界を壊すつもりね……」
現れたのは、もう一人の湊橋江梨華その人だった。胸ポケットには、あの図書室にあったぬいぐるみ。なら、今来た彼女は双子? そんな馬鹿な、一瞬でわかる。今現れた方が、本物の湊橋さんだと。静止している方より幾分が、肌に色味がある。そう、いうなれば、生きている感覚。
やはり、今殴り合いをしてたのって……。
「……どう、驚いた? ……不思議に思っているのじゃないかしら……。それとも、もうわかってるんじゃなくて……? 今まで戦った私のこと……」
みもりは、混乱する。さっきまで戦ってたはずなのに、願いの通りにお話ができるはずなのに、いろいろと出来事が重なるが、一つ一つ紐解いていくように言葉を紡ぐ。
「……。さっきまで戦っていたのは、湊橋さんだけど、湊橋さんではない……。で、後ろから本物の湊橋さんが出てきた……?」
江梨華は、妖しく微笑む。みもりは一つの自身の導き出した信じ難い解答を出した。
「もしかして、それって……人形なの?」
「……ふふっ。宮原さんて面白い……。だから、なのかもね……」
と、江梨華は動かない人形の肩に触れる。
「……そう。その通り。これって、人形なの……。……似てるでしょ、すごく……」
人形と呼ばれた者の顎を江梨華は妖しくなでる。いわれたとおりに本当に、瓜二つだ。まるで、鏡のように。
「……この子ってね、亡くなった私の叔父の部屋に、転がっていたの。あられもない姿で。最初は、綺麗だと思ってしまった。けれども、人形が私に似ていることに気づいて……。何か、女の勘というものが働いたのでしょうね……。その瞬間、これがとてもおぞましいものに見えて……吐いてしまったの……。あとでね、この人形の用途を知ってしまった……」
「……それから、私はこの人形がものすごく気色悪くて嫌だった。壊してしまいたいくらい」
と、ポンと、軽く肩から押し倒す。その人形は、先ほどと打って変わって抵抗もなく自然の流れに沿う形で地面に倒れた。
「……あっ!」
みもりは、その彼女の両手先から、計10本、赤く細く光るものが見えた。それは全て今倒れている人形の全身につながってる。
今日、散々見たあの赤い糸。みもりたちが追っていた、事件の断片。不可解な女子力の残滓そうであってほしくないと思っていた疑惑は全て確信に変わってしまった。
「その、指先から出ている糸……それって……?」
「……それは、散々見てきたのではないかしら。宮原さん。学校中に張り巡らされてる所を」
「そうだったんだ……。信じたくなかったけど、そうだもんね。どう考えたってそうだよ……」
「ええ、そう。あなたのご想像の通り。これが、私の女子力のカタチ……。私も、あなたと同じ女子力の使い手。……って、もうわかってるわよね。私の人形と戦ったのだもの……」
江梨華はぴんと、中指を動かす。ゆったりと、横たわっていた人形は立ち上がっていた。それは、等身大の操り人形。江梨華の女子力をもってして、操作されたもう一人の自分。
「その糸を使って、全校生徒の皆を『操った』っていうんだね。あの『糸のおまじない』のうわさを流すことによって、あの女子力の糸を持たせた」
みもりは、確認するように自分の考えを吐き出す。
「ええ、その通りよ……」
ほんとうに、途方もない。
「でも、どうしてこんなことを……」
「……うるさかったの。何もかもが」
「え?」
ゆっくりと紡いでいく言葉。
「……一人でいたいのに、静かでいたいのに、皆が話す声が……、皆の音が、昔を思い出して嫌なの……。皆、黙ればいいのにって思った」
「そんな……」
「でも、ずっと独りぼっちで良いと思っていたのだけれど……あの時、図書館で宮原さんとお話できて楽しかった」
どこか、彼女は、ぐっと唇を噛むように見えた。なにか、出かかった言葉をかみつぶしたようにも思えた。
ゆらりと右の指で人形を動作すると、だらんと腕を垂らす動きをする。
「……だけど、それは一瞬でしかない。もしかしたら、あなたも、私の言う喧騒の一つになってしまうかもしれないの……。だったら、私は独りのままでいい」
「だけど、そのために女子力を使うなんて、間違っているよ。皆を操るというのは。あなたのわがままのために、人の意識を奪うために女子力を使うの、私は許せない!」
「……なら、その力を使って、私を止めてみなさいよ……! 全校生徒の女子力を使っているこの私に……!!」
みもり自身、ちょっとは痛みも引いてきた。多分、多少は体力、女子力、飛びそうだった意識も共に戻ってきている。まだまだ、大丈夫そうだ。今は、目の前の江梨華に集中したい。どう止めるか、どう、みもりの想いを届けるか。
「うん……、止める! 止めてみせる!」
「……!!!」
江梨華は、大きく右手を引く。それに呼応するように、ゆったりした動作から、人形は機敏な動きへと変わる。
みもりも、大きく構える。呼吸を整え、腰を深く落とし、胸をそらし、利き腕を前に、反対の腕を少し下げる。これが、基本の構え。自分の中でベストな力を出せる状態にする。
自分自身の意識が保てる最大限の女子力を全身に循環させる。これ以上は、出力できない。まず、間違いなく、内にある獣に意識を食われてしまう。それをしてしまえば、あの子に想いを届けることなぞできない。人形だけじゃない。隣にいる本物の彼女を完膚なきまで破壊をしてしまう。
それだけはしてはいけない。
みもりに向かって、人形は走駆する。遠距離から、腕を飛ばす方法はやめたようだ。
みもりは、牽制のため、地を滑る女子力の気を放つ。もちろん、相手の走りを阻害するため。人形は意に介さず、そのままぶつかっていく。
その気弾はそのまま接触し、気の奔流が上がる。しかし、さすがは人形。腕をクロスし防御をしたまま、ひるむことなくこちらへと向かってくる。生身ではないからこその芸当。
牽制とはいえ、それなりの一発。ダメージを与えたものの動かせないほどまではいっていない。
攻撃に使用できる女子力を練りこむまでに時間がかかる。みもりは使用可能な気の量が少ないことを内心恨んだ。
相手をよく見る。次の行動を読む。予想できなくとも、考える。体も動け。
人形の猛攻。拳のワンツーからの、ハイキック。2つの拳を腕で受け、ハイキックにはみもりの上体をそらし避ける。その後、ワンステップで間合いを開ける。
その後、みもりは、一歩で踏み込んで思いっきりえぐるようにボディへ向けて拳を放つ。
自分の頭の奥で、バチバチと雷光が鳴る。
人形をよろめかすが、すぐ体制を整え拳の反撃が来る。みもりはすぐ反応。
腕が、足が、バチバチと小さく稲光が発生する。遠くから、だれでもない囁くような声が聞こえた気がした。
そのまま、みもりと人形の拳の乱打、蹴りを織り交ぜての応酬。お互いに力比べをしていく。お互いかすりはすれど致命傷まではいかない。
後ろには、指揮者のようにふるまう江梨華の姿がそこにあった。両腕につながる糸を振り乱しながら操っていく。
「私ね……。ずっと、あなたと話したかったんだよ……あの時から、あなたが走った姿を見てから……」
「……!!」
徐々に、人形の猛攻も速度を増していく。それに合わせて、みもりも対応をしていく。すこしずつ、腕、体、首、に女子力の流れのリズムを狂わす打撃をあたえていることに成功していくものの、決定打がまだない。そうこうしているうちに、少ない女子力がつきつつある。
スタミナは圧倒的に女子力のみで動いているあっちの方が上。
「……同時に、この力を使う勇気をくれたの……同じ力だもの……」
江梨華もやはり、あの時の朝の光景を見たひとりだった。元子と同じだ。あの時の女子力の使い方を見たからこそ、今みもりの目の前にいる。やはり、女子力使いは相対するとき、争いあうもの。それが、本能として備わっている。
みもりは考える。
でも、それって、違うといいたい。女子力の使い手の中で、私は、もっちんとも仲良くなった。会長や、副会長(は、ちょっと自信はないが)仲良くしてくれている。それに、図書館やカフェでのあなたと楽しくお話ができたこと、それはまごうことなき本物。夢ではない記憶。
正しい使い方ってできるはずなんだ。これは、この使い方なんてのは、間違っている。女子力使いは争うというのも間違っている。
人形が放つのは、かかと落とし。それを、思いっきり両腕で受け止める。鈍い音が響く。だけど、まだ大丈夫と意識できる。
「ホント、強い……。けれど、ジリ貧ではなくて……?」
「まだまだ、大丈夫! このくらい!」
みもりの強がりだ。否、嘘でもつかなきゃ、本当に負けてしまう。それだけはだめだった。気持ちだけでも負けてはいけない。
江梨華は、胸ポケットにいたぬいぐるみを右手でやさしく握る。
「どうやら、向こうも終わったようね……。新しい女子力3人分流れ込んで来たのを感じたわ……」
「そんな……! 会長たちも?!」
「……そうね……。それじゃあ、もうこれで終わり……。ケリをつけなくちゃ……」
みもりは、遠くの彼女の眼を見た。何か、言葉と裏腹に迷っているように見えた。なにか、『そうしなくてはいけない』という風に見えた。
――――だからこそ、湊橋さんを止めたい。そんな顔はさせたくない。カフェのあの時した小さな微笑みを私は忘れてない。
組みついていた脚を弾く。同時に人形も、大きくバックステップ。江梨華の手から、多量の女子力が流れる。
みもりは、女子力の気の流れをフルで全身に循環させる。淑女は、淑女らしく、上品に。それが、女子力使いたるものの命題。向こうがケリをつけるなら、こちらも。拳で勝って、そのあともう一度説得する。ケリがついたあとなら、聞く耳を持ってくれるはずだ。
――――壊しちゃいなよ。
明確に、獣の声が聞こえた。みもりは、耳を貸さない。内なる声が聞こえたとしても。
――――あの人形も、あの子も壊してしまえば、何もかも終わるよ。そう、私に委ねれば、すべておわるの。
「そんなの、嫌だよ」
人形は、深くしゃがみ込み、先ほどと同じような腕をクロスするような奇怪なポーズをしている。赤いオーラがのようなものが包み込む。
一目で女子力の気だとわかる。それも、あんなに禍々しい気の色をしている。
――――ほら、私と同じ色をしている。あの子も私もおんなじ。ほら、あの子も私たちを壊して、目的を達成しようとしてる。女子力というのは、互いに壊すことでしか自己を表現できないの。
「……それは……!」
江梨華の迷っているような目から、決心した表情になる。そして、構える。
江梨華は叫んだ。
「……私は、世の中が嫌い。あの私に似た気色悪い人形が作られたのを容認する世の中が嫌い、喧騒のある世の中が嫌い!! 操り人形と一緒に、皆壊れて黙ってしまえばいいんだ!!」
――――ほら、壊してみようよ。
刹那、とある思考にたどり着く。この瞬間だけ、頼ることに決めた。
「……ちょっとだけ、借りるよ」
――――ふふっ。借りるなんて。遠慮しなくてもいいのに。あなたは私だもの。いつでも準備ができてるから。
人形は、禍々しい光を放ちつつみもりに向かって突進する。全てを削り取るような光。アレに対抗するには、これしかない。そうやすやすと利用するのは、癪であり、使いたくはなかった。
みもりは、両手を脇腹あたりよりちょい後ろに塊を作るように構える。全身から、湧き出るすべての女子力を一気に両の手へ凝縮させる。限界ギリギリまで。タイミングを合わせるんだ。ぶつかるちょうどに「あの力」を引き出せば、大丈夫なはず!
両腕にためた気が、閃光を放ち始める。「あの力」を引き出す直前ギリギリの女子力で、自分を見失いそうになる。けれど、こらえる。
内部から破壊するように意識する。「あの獣の力」の10分の1でも引き出せれば上等。
「……これで終わりね」
「……終わりにしたくない!!」
禍々しい赤い影が、みもりを壊すために、迫る。
みもりは、赤い影に対して、壊すために両の腕を打ち出す。
「粉々に壊す!!」
二人の女子力が激しくぶつかり合った。




