第2章.葉桜が芽吹く間―⑩
その魔女は、楽しそうに絵本をめくる。流行りの歌を口ずさみながら。
頭上に見える赤い川は今でもきらきらきれいに輝いている。
魔女は、それとは違う方向へと女子力の流れを向ける。必要がなければ、起こすはずのないもの。魔女の勘が、使用に値する状況へ陥ることと判断し、試運転を開始。
結果は良好。彼女自身の理想、いやそれ以上の動作を確認した。
――――いままで嫌悪していたものに最後は頼る、なんて皮肉なものでしょう。
と自嘲し、女子力の流れを閉じた。
カバンからお気に入りのリップと手鏡を取り出し、唇に塗る。登校時に、軽いすっぴんに近いお化粧もしていたが、誰も咎める人がいないであろう、魔女自身が理想とするメイクアップをする。黒色を主とした、ゴシック調の魔女。
魔女は、めくるめく本を目の前にし、どこへとむけることなくつぶやいた。
「さて、今日のお話は何にしよう……どんなお話がいい……? ねえ……、『私』」
***
みもりは自分の考えから忌避をしていた。しかし、そろそろ向き合わなくてはならない。
これら校舎で起きた事象、原因。生徒会長は、ほとんどの生徒が人形のようだと言っている。残っているのは、今集まっている四人と、櫻野先生と、湊橋さんだけ。疑惑の域は出ないものの、どう考えてもやはり『あの子』が一番疑わしい。
しかし、確証はない。
みもりは一つ気になることがあった。なら、彼女はどうしてあそこまで堂々としていられるのだろう。
前者であれば、本人でさえ、バレるとは気づくはずであり、後者であれば、身の危険を覚えるはず。
彼女の性格故なのかそれとも……。
さて、これからどうするか。糸の巡らし方から、皆の意識を奪った大本の『何か』があるであろう、2階に彼女たちは集まっている。
「さてさて。これから、たぶん向こうの実力行使があるかもだけど、全然気にせずに、思いっきり暴れちゃいなさい~」
と、会長から、雰囲気から似合わず物騒な言葉出てくる。
「暴れちゃってって、会長さすがにまずいんじゃぁ……」
「お気になさらず。この学校ではよくあることですから」
「副会長、今なんて?!」
「ええ、そのままの意味です。女子力使いの争いというのは、この学校ではよくあることですから」
「だからと言って、それで学校の物を壊されちゃったりするのも困りものよね~」
「会長。私から見たら、あなたも嬉々として女子力争いに加わっているように思えます」
「ちょ、ちょっと! あなたはそこまで野蛮にみえてたの~?!」
会長と副会長の掛け合い漫才から視線を外し、みもりはじっと廊下を見ている。やはり、目に女子力上げても全く見えてこない。ヒントは、あれに頼るしかないのだろう。
「やっぱり……、糸を触らないと見えてこない……か」みもりは、呟いた。
「だよなぁ。こりゃ、一つ一つあけてしらべるしかねぇかもなぁ」と元子もそれに返答する。
「まあ、糸を使ってもよいならですが、天井に張り巡らされる糸の流れ、いわゆる赤い川が各教室にいきわたっていますので、枝分かれする前の、大本につながる川があるはずです。それをたどれば、目的のものがある部屋が見つかると思いますが……。そうじゃなければ、彼女の言う通り、虱潰しにですね。私としては、後者はお勧めできません」
「そういえば……!!」
「どうしたの~? みもりん?」
みもりは、思い出す。2階の赤い糸の川が、他の川よりも幅が大きかったことを。それは、すべての階から集まっているということにもなり、そこに繋がっているところとなれば……。
みもりは、ソーイングセットから白い糸を取り出して、思いっきり握る。
「みもりん?!」「宮原さん!?」「ししょー!?」
すると、張り巡らされた赤い糸が、みもりの目の映る。気持ち悪くなりながらも、天井を見るために見上げる。
幅の広い赤い川は、一層光って見える。そこから続く先は……図書室。向こうから、触ってくる女子力の気が迫る。みもりは、そのままソーイングセットにしまい込む。
「見えました……。図書室に繋がってます……」
途端、心配そうに駆け寄る土岐子に両手を握りこまれる。
「みもりん! 大丈夫だった!? ダメよ~それはもう二度とやらないこと~。わかった~?! ただでさえ、今でも危険なのに糸にまとわりつく女子力に乗っ取られでもすれば、もっと危ないわ~そんな、リスク、マ……会長は許しません」
あ、自分のことママと言いかけたな、と3人全員心の思いが一致したのはご愛敬。素にせよ、意識的にせよ、会長流のペースを崩さない方法であろう。
「でも、宮原さんのおかげで、わかったことがあります。私たちの調査対象が、図書室にあるということを」
その後、小声で小さく副会長は「ありがとうございます」と一言。
「ししょーのおかげで、目標はわかったな。急ごうぜ」
と握り拳を作る元子。
会長は考えつつも、優雅に図書室や、廊下を見渡す動作。何か、絵になるとみもりが思っていた矢先、
「じゃ~あ~、とりあえずは目指すは図書室ね~」
数m先の図書室の扉にダッシュ。勢いはあったものの表情はあくまでも朗らかに。遠くからでも、3人はわかった。
「うちの会長の悪い癖がでましたね。」
「会長何やってるの……」
「はい。あれは、図書室……向かってますね。廊下を走るな!! と普段なら、その近くの多目的室から風紀委員が飛び出てくるところです」
「普段は……ッスよね」
「今日、使ってるとか言わないですよね……」
「今日は、一応、風紀委員の会議の日ですので、使っている可能性はあります。それに糸に繋がれている状態でも、普段と同じ行動をしているのであれば……あるいは……」
と、向こうから響き渡る轟音!! 3人は、音が鳴った方へと顔を向ける。
そこには……。
「あらあらまあまあ、今日はいつも以上に静かだと思ったけれど、肉体言語は変わらずしっかりしてるじゃない~」
「……」
そこには、一人の猛獣、もとい、物言わぬスレンダーな女性がミドルキックを相手に浴びせている。会長は会長で、がっちりとその強烈であったであろう右足を抑え込んでいた。数瞬遅ければ、左脇腹に多大なるダメージを負っていただろう。
的確に防いでいたということは、会長が猛者である証拠か。抱え込む右腕は、赤々と燃えて滾るようなすさまじい女子力の気を放ち、左腕は、青々と冷たく凍るような気を放っていた。
みもりは、気づく。いや、先ほどの印象を忘れるはずがない。会長に蹴りを浴びせるもの。白い眼帯をつけているあの人。虎のごとき雰囲気を持つ女傑。
「あれ、あの人、さっき3階にいた……」
「あの虎っぽいって言ってた先輩って奴?」
「……彼女が、件の糸に繋がれてしまった風紀委員長ですよ。こんなところで会うとはさすがにまずい……」
「……!!」
なるほど、それなら納得できる。あの威圧感はまさしく本物だ。あれが、会長と肩を並べるといわれる3年の先輩。女子力も相当なものであるはず。
みもりは、全身が震えた。けれども、口元はどこか笑みをこぼす。途端に口をふさぐ。なんで…?わたし、すっごくワクワクしたんだろ……。
「どうしたんだよ? みもりししょー? 気持ち悪いのか?」
「ううん、全然、大丈夫。そんなことないよ」
土岐子と、風紀委員長はがっちりした蹴りと腕の組みつきから、お互いに同時にワンステップにて間合いが空けられる。
一滴、会長から汗が流れた。
「後ろの3人ともごめんね~! ちょ~っと、私、気が早くなりすぎちゃったみたい~」と後ろに声かけつつ、
「生徒会権限で聞かせてもらうわよ~。なんでも、ここら辺にあなたたちに繋がっている赤い糸の大本があるって聞いてね~。図書室にあるっていうのだけれどホントかしら~? つながっているなら、わかるかな~と思って~」
無論、土岐子は知っている。問いかけても、目の前の彼女は返答しない。しかし、その赤い糸の使い手はどうだろうか。
風紀委員長は無表情のまま、ゆっくりとポーズを構える。拳を軽く握り、右拳は目線の高さで顔の近く左拳は顔から少し離れたところに置いている。背中は多少の猫背になり、アゴは、引いている。腹はやや外に向け、斜に構えるポーズ。あれは間違いない。あのポーズからあの蹴りの鋭さなら理解できる。まさに、キックボクシングの構えだった。
と、沙智は、2人に聞こえる声でつぶやく。
「そろそろですかね。準備をお願いします。たぶん、あなた方二人のどちらかに図書室で探してもらうことになります」
とたん、みもりの耳にこちらに近づいてくる音、音、音。
階段から、廊下から、扉から続々と現れる、無表情の女子生徒たち。間違いない。向こうも、本気を出さざるを得ない状況となっているんだ。となれば、これは緊急時の最終防衛ラインであることが確信した。
元子は、見慣れたファイティングポーズをとる。
「あらら~、こんなに大勢集まるなんて、ちょっとしたパーティね~」と会長は朗らかに言う。
みもりは、親しみ慣れた構えにし、へその下あたり、いわゆる丹田に女子力の気を集めた。次なる行動を即座に移せるようにする。
「思ったより、かなりの精鋭集めてますね」
冷静に分析する沙智。眼鏡の奥から見渡す視線から、自身の記憶を手繰り寄せ、端的な感想を述べる。
「そうね~。ざっと、見た限りでも、一年の剣道部きってのスーパールーキーちゃん、2年のバレー部次期キャプテン候補ちゃん、うちの生徒会の面々、あら、うちの学年の成績2位もいるじゃない~」
「でも、表立って力比べできるってわけっすよね。いいねぇ、ちょうど力を試したかったんだぜ」
「……」
みもりは無言だった。2人で図書室に入り手分けで探していけば大丈夫。
糸だって、触ってからやっと気づける微細な気の流れでも、学校全員分の女子力を循環させていると皆で推理した。
しかし、嫌な予感があった。ちらつく、読書する同じクラスの娘。それも図書室だ。疑わないわけではない。
だめだ、疑っちゃだめだ。まだ、わからない。
「3人とも~。私がやらかしてしまったので、もし、戦うなら責任もって風紀委員の人たちの相手をするから~」
「わかりました! もっちん、図書室に入ったら探そう」
「おうよ! だけど、どうするんだ? 糸掴まないと、見えないんだろう?」
「あ、そうだね。でも、完全にないわけではない……かな?」
目の前の生徒たちは、じりじりと近づいていく。
「そういえば、もっちん。これお願いできる?」
「あ、なんだ? どうした?」ちらっと、元子はみもりの方を窺う。
「いまから、『女子力の流れを観察』しつつ、相手からの攻撃を見ながらよけてみて」
「え、むずくね!」
「大丈夫、走りながら、コツを教えるよ。たぶん、この事件の原因の物を探し出すには、女子力の観察がかなり重要になるよ」
「まじか……でもなんでだ」
「いま、私たちが探しているモノって、この事件の原因。多分、なにかの、モノだと思う。その
モノから、私たちが見つけた細い糸を通じて何らかの女子力で生徒の意識をなくしている。全校の生徒から、その糸を通じて、送ったり受けっとったりしてるということ」
「というと」
「なら、そのこの事件の原因のモノに、ほぼ全校生徒の女子力が集まっている可能性が高いということ」
「だから、女子力の観察が必要ってわけか? なんつぅか、その、女子力の……カタマリ? みたいなの?」
みもりは、コクっとうなづいた。
「開始のタイミングは、あなた方二人が走り出したらでよいかしらね~」
「行けますか?」
みもりは深呼吸をした。元子は、顔を両手でたたきつつ、コクっとうなずく。
「行けます」
「じゃあ、お願いね~、ちょっと、構いたい子がいるから構ってくるわね~」
と会長は、一息で飛び跳ねて、風紀委員長の方へと接近する。それに反応して、風紀委員らしき人たちも前に出るが、一閃。
風紀委員らしき生徒たちは、無残にも叩きのめされ、風紀委員長のみと相対することとなった。
会長が、走ったと同時に、みもりは丹田に女子力を集めた後、まんべんなく全身に気をめぐらす。右足を大きく引き、勢い良く踏み出し駆ける。元子も一緒に。
「――――スコープ装着、ヒプノスバレッド装填、予測命中率99.92%」
沙智は、女子力で形成する自動拳銃を構え、みもり達を妨害する生徒達へと狙いを定める。
「後ろから、露払いをいたします! が、間違って当たってもあなたたちの責任ですので、そのつもりで!」
「ひぇっ、こわ! あんの、ドS眼鏡!」
2人に迫りくる生徒たちの攻撃。
「眼に女子力集中して! 前に、拳に固めてた感じをそのまま、眼の場所で作る感じで!」
「お、おう」
みもりは、その攻撃をたやすくいなす。
元子は、ぎりぎりかわす程度にとどめた。
「って! あぶねぇ!」
「また来るよ!」
みもりは、迫りくる拳をひるがえるように回避し、その流れのまま手刀をあてる。もちろん、気絶するぐらいの微量の女子力で。
「これはいいな! 女子力が、よく見えてどう動くかわかりやすい!」
「見えてるなら上出来! 避けやすいでしょ!」
「おう! ああ、こういうカタマリを図書室の中で見つければいいわけだな!」
「その通り! じゃあ、このまま、私は左の人達を突破する! もっちんは右にいる人たちを突破して!」
「了解!」
2人は、迫りくる蹴りや、拳、足払い、手刀、多種多様な攻撃をかいくぐる。人形である分、ある種、まっすぐに攻撃が迫りパターンが見えやすいと感じる。
それだけでなく、2人が避け切れない攻撃に対して予測されたかのように女子力の弾丸が的確に相手を射抜く。昏倒し倒れる。沙智のフォローが冴え渡る。ほんと、敵に回らなければすごく頼りになる先輩だ。改めてみもりはそう感じた。
「次!」
みもりはうしろからの回し蹴りに気づき、飛びあがって避ける。
そして、微量の女子力の塊を1本の指の先端で作る。
その後、女子生徒の額を軽くデコピンをするように指をはじく。
女子生徒はしびれたように跳ね上がり倒れた。これは、一定のリズムで流れる女子力の流れを異物の女子力を流すことにより、リズムが乱すことで一時的に動けなくさせる方法だった。
前に元子に行ったことによる応用編。あの時は、限界ギリギリに女子力を元子が貯めていたからこそ、余計な女子力を流すことにより暴発させていた。今回は、みな一定のリズムで女子力が流れていると見えたからこそできた芸当。
しかし、これは一時しのぎに過ぎない。数分過ぎれば、じきに起き上がるだろう。だが、数分稼げれば十分。
次の扉へダッシュ。しかし、邪魔をしようと阻む無表情の生徒2人。
「ごめんね!」
と、しゃがみ込み、足払いで転ばせ、そのままみもりは姿勢を立て直し飛び越える。そのまま次の扉へ。
みもりには、ぬぐい切れる不安があった。今もいるかもしれないあの子がいる部屋に。
みもりは、意識を彼女がいるかもしれない、図書室へもっていく。
「もっちん! どうしたの!?」
「わりぃ!! こっちはいけないみたいだ! こいつを相手するのに精一杯!!」
そこには、竹刀を打ち据える少女と腕で受け止める元子の姿があった。女子力の気の流れ方から、一瞬で竹刀を構えた彼女が手練れとわかる。彼女が、さっき会長が言っていた剣道部のスーパールーキーなのだろう。元子がこのまま抑えなければ、目的の扉まで届きそうにもない。
「早く行っちまえ! たぶん、あの部屋は私よりもししょーだけが行ったほうがいい!! そんな感じがする」
「でも、大丈夫なの!? もっちん!!」
「こいつ、私でも、見てわかる。強いぜ! たぶん、無理!」
「なら!」
「でも、さっき言ったじゃねーか! 腕試しがしたいって! 心配はさせないつーの!」
「わかった! 気をつけて!」
みもりは、後方も確認する。カバーをしてくれた沙智の銃撃も、今は向かってくる敵の一掃で手いっぱい。会長も、風紀委員長との攻撃のすさまじいほどの応酬を繰り返している。
みもりは、意を決して人を払いつつ目的地、図書室へと向かった。
***
放課後の図書室。とても静かだった。シャーペンを走らせる音や、本をめくる音、また少女たちのコソコソ話なども、今は聞こえない。図書室特有の静かさ、ではなく、本当の静寂だった。みもりの呼吸音しか聞こえない。視覚を意識して、集中。一歩、そして一歩と踏みしめる。
「よかった。いないみたい」
注意深く周囲を観察する。どんな些細な流れも見逃さないように。ゆっくりと。
「……あった、これだ……!」
と、ついに見つける。本と本の間に鎮座していた赤い糸の女子力の気でがんじがらめになっているモノ。一本は、細く見えずとも、大多数の生徒、先生から集めた女子力だ、くっきりとわかる。
それは、かわいいぬいぐるみ。
眼から拳へと切り替えるように女子力の流れを変える。
みもりは、内心、持ち主の人ごめんなさい、壊します。と心の中で唱えて、自分の利き手に女子力を固めるように意識を向ける。全力とまではいけないが、自分が保てるギリギリまで。
女子力を拳に固めて、振りかぶろうとする。
そのとき、視線の意識が横の本に移った。
『クリスマスの、夜に』
とたんみもりの意識がぶれる。これって、やっぱり、絶対に。どうみても、そうだったんだ……!
「あーあ、見つかっちゃった……。でもよかった。見つけてくれたのは、宮原さんで……」
とたん、大きな黒い塊が、みもりに目掛けて突進してくる。咄嗟の反応に遅れる。避けようにも、拳から、全身に流れを変えようにも相手よりもワンテンポ遅い。
そのまま、首をつかまれ、全身を持っていかれ、そのまま、窓へと……。
「一緒に……、飛ぼうよ……」
窓が割られ、黒いナニカと、みもりはそのまま宙へと投げ出された。




