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第2章.葉桜が芽吹く間―⑧

「なんなのーもうー! 誰もかれも押し黙っちゃって、つまんないったらありゃしない~。ここだけよー! 心のオアシスはぁ!」


「あらあら、でも、新鮮ではありません? とても静かな学校って。はい、先生。暖かいお茶をどうぞ~」


「そんな、楽観的になるかなー? むしろとっても気味悪いんだけど!」


「まあまあ、いま、目下調査中ですので~、あ、お菓子たべますか~? これでも食べて、お気を落とさずに、ね~」


「……うん、おいしい……。うわぁん!」


「はいはい、うふふ」


「……あのぅ」


 みもりは少し言葉を失う。


 何かと特殊な状況であるが、ここは、生徒会室である。


 場面は少しさかのぼる。みもりが、女子力を帯びる糸について連絡してみたところ、生徒会室に来てほしいと返信があった。元子も呼び、早速生徒会室の前に二人は到着した。


 みもりにとって、生徒会室とは、まったくかかわりないものと思っていた。会長とは多少お話はするものの、初めて入るこの部屋は何かと緊張する。


 息を吸って、はいて「こんこんこん」と3回ノック。


「はーい、どうぞ~」


「失礼します」


 ゆっくりと扉を滑らせて入った先の光景は、子供をあやすような、生徒会長と、酔っぱらったかのように机に突っ伏しているみもりの担任の櫻野先生二人の姿だった。


 この光景を目撃したみもりと元子の二人とも、目が点になる。束の間、何を思ったのか、


「すいません、間違えました。お二人でよろしくやっててください」


「いや、あってる! あってるわよ~! みもりん~!」


 どこぞのバーのママ、ならぬ、生徒会長の土岐子が慌てて止めたのだった。


「先生と会長のお見苦しいコントをお見せして申し訳ありません。生徒会を代表して私が謝ります」


 奥の机で作業していた沙智が、みもりの方を見ずに声をかける。


「ちょっと、サチ! あなたも、そういうの?!」


「ええ、彼女たちはあなたのコントを見に来たわけではないのですから」


「いや、まあ、そうなんだけど~って、コントしてたわけじゃないのよ~ほんとよ~」


「あ、いや、そんな。わかってますよ」とみもりも、愛想笑いをする。内心はすごく戸惑っているのだけれど。


「あの先公……。いつもあんな風にのんだくれてるのかな……」とつぶやいたのは、みもりの後ろにいた元子の感想だった。もちろんみもりにしか聞こえない声で。


 その件の先生はというと、突っ伏したままかと思いきや、入ってきた二人に気づき、


「あれ? 宮原さんじゃん! もしかして、意識あったの?!」と顔をあげ、目を丸くする。クラスの状況があんな状態なのだ、意識が残ってる子が一人でもいたら驚くだろう。


「ええ、まあ、はい」


「うっそ、気づかなかった! 話しかけてよーもう―」


「あー、いや、ちょっと……、あの雰囲気でいっぱいいっぱいでしたから……」


「と、おお、後ろにいるのは、マイルドヤンキーな、阿賀坂さんじゃない~!」


「だーかーら、ヤンキーじゃねぇ!! ギャルだっつーの! ……っす」


「これで一年って、全員?」


「いえ、もう一人無事な子がいます」


「誰なの~?」と、会長も興味深げに会話に混ざる。


「えーと、うちのクラスの湊橋さんていう子なんですけど……」


 名前を聞くや否や、へぇ~と会長は、にこやかにうなずくと同時にちらっと、沙智に目配せをする。とたん、こくんとうなずき、彼女は、先ほどまでよりもキーボード叩く速度が一段と早くなる。みもりは、やはり、何か関係があるのだろうか、多少疑問が浮んだ。


「あー、あの子がねぇ。まあ、言っちゃあ悪いけど、他の子と話しているところはみたことなかったしなぁ……」


 先生も感想を述べる。


「まあ、そうですね……一人でいることが多かった気が。でも、気にしてなさそうでしたけど」


「そうだよねぇ。彼女がいいのならばそれでいいんだけどね……。まあ、それが不幸中の幸いというべきか」


 ふと、なにか、重要な単語が出てきた気がした。


「……不幸中の幸いって、どういうことスか?」


「え? あ、いや、その。あなたたちは、そのそういうわけじゃなくて……」


「……それは、私から説明いたします」


 作業から手を止めた、沙智が顔を上げて話し始める。相変わらず、無表情のまま。


「お二人は、こんなおまじないが流行っているのをご存知ですか?」


「おまじない?」


「ええ、おまじない。あなた方もご存知の通り、だれだれと仲良くなりたいですとか、だれだれが嫌いだから、不幸になってしまえというような、女子の間でよく流行るアレですね」


「あー、前の学校でも、そーいうーの流行ってた……っすね。朝、起きるときどーたらーこーたらーって。なんか、女々しくて興味なかったけど」


「怖いのは、嫌だけど、私は、明るいのは信じたいかな……」私も、おまじないみたいなのもしてるしとみもりはでかかるが、今は関係ないので、そっとしまっておく。


「で、そのおまじないというのはどういうのですか? 」


「そのおまじないというのはですね」


 彼女はつらつらと語り始めた。白い糸から始まるおまじないのお話。誰が広めたかわからない、少女たちに蔓延する病の原因。知らず識らずのうちに行えば、忽ち体中に広まり、果ては、人形のようになるだろう。それほどに怖いものと感じた。


「この噂というのは、人から人へ伝わっていくものなのです。まあ、ある意味で友達が少なかった集まりですね、皆さんは」


「って、沙智?! 一言余計~! そうではなくて、幸運にも私たちはその噂を聞かなかっただけよ~」


「いえ、ほんのジョークのつもりでしたが」


「ジョークって……。ほんと、沙智ってば、そういうのを真顔で言っちゃうんだから……。悪い癖ね~」


「あはははは」とみもりは苦笑いする。


 そういえば、話せる友達はいるのだが、幸か、不幸か、聞かなかった気がする。あの榛名を助けた時も、彼女は白い糸をつけていた。だから、今は人形のままなのだ。彼女が話してくれなかったのは気がかりだが、みもりが先に見つけてしまったから、噂について話せなかったのではないだろうか。


 バレてしまったなら、その分、何倍もの不幸が訪れる。だから、あの時、それを恐れて逃げてしまったのだ。たぶん、今、人形のようになっていなければ、話していたに違いない。そうみもりは、感じていた。


「その噂の要素一つが、これなんですね」とみもりは、ソーイングセットから、唯一の手掛かりである、白い糸を取り出した。相変わらず、熱がこもっている。一体、この事件の実行者はどう思って力を篭めたのだろうと考えると、


「あ、それが、噂の白い糸ね! ちょっと触らせてっ」と、ひょいっとその白い糸を先生につままれてしまった。


「あ、先生! 危ないですっ!」


 思わず、制止する。女子力は、使い方を知らないものにとって危険だからだ。


 それは、すべての人が持っており、常に体中に循環しているとはいえ、使い方を知らないもの、いわゆる能力を持っていないものは、簡単に影響を受けてしまうのである。知らない人が受けてしまうのはひとたまりもない……はずだった。


「まーだ、使い方は未熟だけど、とんでもないものね。これ。普通の人が持っていたら、危ないじゃない……。うわっ、なっか、触れてきた!」


「へ?」


「ほら、水天宮さん、これこれ」


「はいはい、先生~。ふむふむ、なるほど。女子力を物に宿らせるとは考えたものね~沙智も触ってみる?」


「遠慮しておきます」


と、先生から渡された会長は率直な感想。副会長の拒否もおまけつき。


「って、あの、先生!! なんともないですか?」


 と、みもりは、先生がなんともないことに驚いたのだった。いや、この場にいるということは、よくよく考えてみれば、そうなのかもしれない。何分、女子力の事件がらみで集まったのだ。先生だからって、ただ単に、生徒会のお目付け役でいたとか、先ほどのノリからずるずる抜け出すタイミングを失ったとかそういうわけではない。つまり、


「まあ、私も女子力の使い手だしね。これぐらいよゆーよゆー」


 そういうことだった。櫻野先生も、能力者の一人としてここにいるのである。


「まあ~、先生。さすが、昔、『天女の敵なしの龍』として、名を馳せたことはありますね~」


「それ、ほめてる? てか、やめて、それ恥ずかしい。どこの誰が言ってたのよ。周りが言ってただけで、私が名乗ったつもりはないんだよ」


「うふふ~、さあ、どなただったでしょうか~?」


 土岐子会長にとっては、櫻野先生もからかいの対象のようだ。どこか楽しげである。


「天女の敵なしの龍……先生も、いろいろとやらかしてた感じ……なんですね」


「宮原さん、忘れて。それだけは。あと、やらかしてないから」


「先生……。……なにそれ、めっちゃかっけーじゃん! 私もそういうのほしいぜ!」


そして、こちらはこちらで目をキラキラ輝かせている。


「あー、あげられるならあげたいわ。それ」


 表情からして、本当にその「二つ名」は嫌がっているようだ。まあ、女子高生に「龍」とか、自分から名乗るのはちょっと痛々しい。そこは、みもりも同情した。


「こほん、茶番はここまででいいですか」


「は、はい!」と、思わずみもりは返答してしまう。こういう時の彼女の一言は怖い。


「宮原さんの言う通り、白い糸がおまじないの一つであり、証拠の一つになります」


「で、さっき廊下を見てみたけど、本当に毒々しいわね~。赤い糸がそこら中張り巡らされてるのね~。幸い、ここには、お人形さんみたいに黙ってる人がいないから、見えないけれども~」


 え、ええ、とコクんとうなずく。ありがとねと一言、みもりのソーイングセットにもどした。


「で、今後の方針としては、この状況を止めるということになりますが」


「でもねぇ、止めるにも、一人一人白い糸をとっていく? それは、この人数じゃきりがないんじゃない?」


 と、机に肘をついている先生。


「かといって、実行者を突き止めると言っても、手がかりは白い糸だけですしねぇ~」


「え、でも、全員糸に繋がってるっすよね? 一番赤い糸が繋がっている人を見つければいいんじゃないっすか?」


「まず、その可能性はあり得ません」


「え、なんでっすか」


「女子力の問題ね~。仮に、全校生徒と直接つながっていると仮定すると、まず、全員を『黙らせる』ために、一人で行うにはあまりにも膨大すぎるのよ~。それこそ、化け物レベルでね。でも、百歩譲って、私たちが知らない所でそんなレベルの女子力使いがいたとしても、常に全校生徒一人一人に絶え間なく流す集中力が必要よ~。それこそ、動けないぐらいにね」


「複数人の犯行だったとしても、女子力のコントロールを複数で息を合わせないとかなり難しいと思います。可能だとすれば、双子であるならば可能でしょう。ですが、このぐらい膨大となると、5つ子以上でない限りは無理です」


「さすがに、うちの生徒は双子ぐらいしかいないわよ~」


 みもりは、それには同意する。まず、常人には、無理だ。どんなに底知れぬ女子力を持っていたとしても、女子力の流れに一秒も、一分も寸分途切れさせずに、流すなんて、どんなに集中したとしても、人間にはまず不可能だ。叔母ししょうから、人間はどんなに集中したって、2時間ぐらいが限度とも聞いている。たぶんそんなこのが可能であるならば、もうそれは人間ではなく、機械などであろう。機械だとしても、女子力を使う機械なんて聞いたことがないが。


……機械……?


 みもりは、思考する。この糸には女子力が宿っている。しかも、その糸は、触れている人の女子力に対して、接触を行うのだ。


 先ほどの、会長は「女子力使いと全校生徒一人一人に女子力を直接つなげるのはあり得ない」と言っている。


 ならば、この糸自身が、女子力を何らかの方法で『勝手に』流している無機物といえる。つまりそれは、この糸が『女子力が使える機械』であり、存在しているという証拠に他ならない。


 そして、その糸をつたって、すべて廊下の天井の赤い川につながっている。


 その赤い糸は、2階の川の幅が一番広くなっているのである。それはつまり、そこに全校生徒の女子力の流れが集まっているということ。そう考えるならば、2階のどこかにこの川の中枢に当たる部分、『女子力を使って、全校生徒に作用する何か』あるのではないかと。


「あのー、ありえない話なんですが、」とおずおずと手を挙げてみる。


「宮原さん、どうしました?」


 とみもりは、先ほどの自分の考えた仮説を話してみる。女子力が使える機械の存在と、2階にあるかもしれない『女子力を使って、全校生徒に作用する何か』について。


「……ですから、この事件を起こしたい生徒が、そのために女子力を絶え間なく流す機械とか作ったのかなって……、この事件の原因となっている物が、校舎の2階に存在するんじゃないかなーって。あー、ありえないですよね、あはは」


 沈黙が流れる。たぶん、表情には出してはいないが、突拍子もない発言で、驚いておるのだろうとみもりは感じた。


 と、みもりはとっさの思い付きで


「あ、ほら、えっと、大量の女子力は、その糸からからすいとったものを変換して流したりとか……」


「……!!」とたん、元子が、立ち上がる。


「よくわからねーけど、とりあえず、女子力吸い取られるんだろ? 吸い取られるっていうのが、ししょーが言うなら、試してみる!!」


「ちょっと、まっ……!!」


 といえるか言えないかの瀬戸際で、既に元子は糸をつまんでいた。


「とりあえず、この触ってくる感覚をそのまま受け入れればいいんだろ? そうすれば、女子力を受け取られるだけでなく、吸い取られる感じもあれば、ししょーの考えが正しいんじゃねーか? なんとなくだけど」


 元子は、目をつぶる。受け入れる体制ができたようだ。とたん、糸を触っている手が震えてきている。すると、元子の頭がゆっくりと垂れ始め、腕や、体や、足が、緩み始めるように見え、だんだんと……。


「……!! みもりん!! 今すぐ、ヤンキーちゃんから、その糸を奪いなさい!!」と唐突に、会長が叫ぶ。


 いうや否や、みもりは、元子がつかんでいた糸をぶちっと引き抜くかのように奪い取る。元子は、そのまま倒れこみそうになるが、いつの間にか後ろに回っていた櫻野先生に受け止められていた。


「いやいや、阿賀坂さんも、あっぶないことするわね。とりあえず、これ、完全に女子力吸い取られているじゃない。とりあえず、大丈夫?」


「へへへ、へっちゃらっすよこんぐらい。それよりどうっすか、吸い取られているということは、ししょーのいう事正しいじゃないっすか」


「……。まだ、『絶対にそう』とは言い切れませんが、仮説としては、十分に信用できるものと思えます」


と小さく、ありがとうございますと、沙智からかすかに聞こえたような気がした。


「ええ、十分。この階を、調べてみる価値はあるわね~。二人とも、お手柄よ~。あなたたちみたいな、後輩が入ってくれてほんと、うれしいわ~ありがとうね」


 土岐子会長はウインク。こんな状況でも、安定のマイペースさは、会長のいい所だ。


「では、ご協力ありがとうございました。ここからは、生徒会の領分です。あなたたちは、ここからは引き下がって下さい」


「は……? ちょ、なんでだよ!?」


 と、元子がとびかかりそうになるも、みもりが腕をつかむ。


「ちょっと! 先輩だよ……」


「だからって!?」


「ここからは、あなたたちの出る幕ではない、と言っているのです」


 副会長の視線は、厳しい表情で元子を突き刺す。


「んにゃろう……」


 その元子も、かろうじてみもりが止めているが、離したりすれば、いつ飛び出してしまうかわからない。


「巻き込んどいて申し訳ないんだけど、生徒会としても、相手は女子力使い。ここから先、何があるかわからないの~。だから、あなたたちを巻き込ませるには……」


「そうそう。あとはお姉さま方に任せちゃって、あなたたちは帰宅帰宅」


 先生と先輩方に言われちゃ、前のめりになりそうな彼女の体も、徐々に後ろに引っ込み始めた。


 しかし、急な副会長の発言とはいえ、みもり自身も理解はしていた。なにせ、女子力の事件なのだ。このまま何かがあるかわからない。下手したら、女子力同士の実力行使の可能性もあるのだ。鬼が出るか、蛇が出るか。もしかしたら、とてつもない女子力使いとの実力行使の可能性もあるのだ。


 しかし、みもりは、なにかわだかまりが残っていた。

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