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第2章.葉桜が芽吹く間―③


 自分でも驚いている。


 まさか、あの彼女が、気づいたのだ。この前の時は、自分はお化粧をしていたはずで。けれども、クラスにいるときには、あまりお化粧していなかったはずなのに。


 彼女は、


「昨日は、ホントにありがとね。楽しかったよ」


 なんて、話しかけてきた。だけど私はいてもたってもいられず、そそくさと教室から出てしまった。


 いまさら、思う。ちゃんと、返事すればよかったのだと、後悔をする。彼女に嫌われるのかもしれない。もう二度と話しかけてこないかもしれない。会話ができれば、もっと仲良くなれるのだろうか。


 私のことを知ってくれるのだろうか。あの子のことをもっと知られるのだろうか。


 ……しかし、逆に良かったのかもしれない。今後、彼女が私に興味が薄れれば、再び孤独になる。元々、考えていたはずだ。


 『友達なんていらない』と。


 所詮人のつながりなんて、何かがきっかけで壊れてしまうもの。どうせ壊れてしまうなら、もともとなかった方がマシなのだ。


 今日も、紡いでいく。私の孤独を埋めるモノを。明日も紡ぐ。私のために。この糸の紡ぐ先は、私にとっての希望なのかあるいは…。


                     ***


「な―。みもりししょ―。必殺技とかあったりしねぇの?」


「もっちん、急になに? 唐突だなぁ」


 今は、放課後。そろそろ夕闇に照らされるかもしれない教室。授業が終わり、生徒たちは部活、又は帰宅や残って勉強をしていくなか、みもりは帰りの準備をしている。そこに、他のクラスの元子が遊びに来たようだった。

 みもり自身、部活に入ろうかなども考えていたが、だらだらと入らずじまい。空手部などがあれば、入ったかもだがとも思う。


 まあ、先生に聞かれたら、家のお手伝いで忙しいとでも言っておこうか、と決めている。事実、叔母の道場の手伝いもしている。


 目の前の元子は……、まあ部活に入るタマではなさそうだ。かったりいの一言で拒否しそうではある。


「まあ、必殺技っぽいの、あるにはあるよ」


「えっ、うそまじで?!」


 途端、元子は目をきらきらと輝かせた。今にも教えてほしいような表情。ほんと、女子力に関しては目がないといえば目がない。まあ、そこが分かりやすいのだ。


「う―ん、でもなぁ」


「え、もしかして、秘技中の秘技とか、ししょ―んちの家族でないと教えられなくて、ほかの人に教えたらどこからか刺客が現れて殺される―とかあんの……?」


「マンガじゃないんだから……」


「必殺技みたいなものがあるなら漫画ぽいけどな」


「まあそうだね―。うん、そんなことは一切ないし、別にこっちも包み隠しているつもりもないんだよ。使って研究されれば真似できるし」


「なら、なんで、言いにくそうなんだよ」


「なにより、使いづらい」


 まあ、私の能力ちからの問題ですぐには使えないけど、という言葉を心の中でつぶやく。


「なんで? ……ああ、動作が大きいとか? こうとか」


 急に手を大きく振り回しながらはぁっと拳のストレ―トを打つ。元子のそのポ―ズがおかしくて、みもりは笑ってしまった。


「あはは、何そのポ―ズ」


「いや、ししょ―が使う必殺技のイメ―ジ」


「ふふっ。ちょっと、イメ―ジでポ―ズしないでよ。あはは」


「笑うことはないだろ―!」


「あ、ごめんね。おかしくてさ。うん、動きは全然違うけど動作が大きすぎるっていうのはあってるかな―」


「へぇ、そうなんだ。じゃ、たとえば、どんなのがあるんだ?」


「うん、女子力の気を練りこんで、相手に向かって打ち込む技とか」


「はぇ―」


「連続蹴りを放つ技もあるかな。その他にもあるけど」


「まじであるの?! てか、この後暇ならみせてくれよー」


「時間があったらねー」


「ほんとか! 約束な! それより、早く帰ろーぜ」


「ちょっとまって。今準備終わるから!」


 と、うきうきしていた元子を追う形で、廊下に出る。既に玄関口に向かったかと思いきや、驚いた表情で立ち止まっていた元子がいた。


「どうしたの?」


「なあ、あれって……」


 みもりも、その視線の先が気になりそちらへ向く。その光景に目を疑う。いや、ありえなさ過ぎて夢を見ているようだった。

 

 そんなはずはない。それは黒いドレスを着用し、全身に包帯を巻いた少女がそこにいた。肌の部分をすべて隠して。みもり達に背を向けて、ゆったりとした足取りで歩いている。あたかも、自分が透明人間で見られないとでも思っているかのように。


 幸いなのかどうかわからないが、不思議と、下校中の女子は周りにはいなかった。たぶん、いたらみもり達と同じ反応をするか、それともひと騒動起こるかわからない。


「ここ、学校だよな?」


「うん」


「学園祭の予定とかあったか?」


「あるって聞いたけど、もっと先だよ。9~10月とか」


「催しものでコスプレするには時期早すぎだよなぁ」


「だよね」


「……追ってみるか? なんか面白そうだし」


「はい?!」


 ここで、元子の尾行宣言。特に追う必要もなく、みもり自身も校舎内で堂々とコスプレする人に関わりたくないのだが……。かといって、気にならないといえば嘘になる。しかし、何かしらのアブナイ雰囲気はあった。

 

「やめといたほうがいいと思うけど……。とりあえずは、遠くから見守るぐらいなら……気づかれたらすぐに逃げるよ」


「ナイスししょー。そう来なくっちゃ!」


 みもり、元子は、見失わないようにしかし、気づかれないように歩みを進める。向こうも、相変わらずゆったりとした足取り。みもりは、感じていた。しかし、あんなに堂々と歩いていて大丈夫なのだろうか。人に見つからない自信がよほどあるのか、それとも。けれど、遠くからではわからないが、あの黒いドレス……、どこかで……。ふと、向こうのコスプレ女子をぼーっと見つめていると、彼女は急に姿勢を低くさせ、足取りを軽くさせる。

 

「あれ? 気づかれた!?」

「かもしれない。追うぞ! ししょー」

 

 2人も、同じように走った。廊下を走るのは、御法度ではあるが気にしてられない。見つかってしまったら、その時はその時だ。


 向こうの彼女は、階段のほうへと曲がる。見失う可能性がある。2人は、姿勢を低くしていき疾走をする。目標は、あの黒いドレスの少女。階段のあたりまで迫る。対象は、踊り場からさらに上を行くところまではギリギリ確認できた。見失わまいと追う2人も、踊り場の方へと向かい、2階へと到着。みもりは、2階の廊下を見渡す。先ほどの黒いコスプレ女子は歩いている姿はない。すわ、3階に向かったかと思いきや。

 

 どこからともなく現われた黒い影が、宙から現れ、みもりと元子の間を裂くようにかかと落としを炸裂させる。

 

 みもりは、気配を察し、元子はみもりの行動に気づき、間一髪飛び込むようにお互い2手に分かれるように避ける。

 

 そこには、包帯を巻いた黒いドレスの少女が着地していた。顔をよく見れば右目だけを残し、ほとんどその白い絹で覆われている。


「あ……、あれ、気づいてた……? 勝手に尾行してごめんなさい!! 私たち決して怪しいものじゃ……」


 怪しいと思われる者に対して、自分たちが追跡した挙句怪しくないというみもりが何とも滑稽な感じがするのは気のせいか。そのコスプレ女子の右目が、ギロッとみもりの方へと向く。

 と、立ち上がり、コスプレ少女からの横なぎの脚の一閃がみもりへと襲い掛かる。反射神経で上体を逸らして、避ける。

 しかし、なんというあの華奢な体で、繰り出される鋭い脚、当たったらひとたまりもない。


 

「おい、ししょー。コイツ、やる気だぜっ! 」


 と、元子も喧嘩の始まりとばかりに気合を入れる。


「ちょっと、まっ……まだ、喧嘩をするって決まったわけじゃ……」


 とたん、コスプレ女子の片腕が、消えた、と思った瞬間にみもりに一撃を加える。かろうじて、腹ではなく肩なのが、幸いか。

 コスプレ女子の右腕が、いつの間にか包帯が破れて落ちており、其の綺麗な肌があらわになった。それも不自然すぎるほどの綺麗さである。

「見、見えなかった……?!」

 

「にゃろう!」

 

 元子は、すぐさまに、女子力の気で固めた拳を地面に打ち込む。そのまま地面をコスプレ女子に向かってほとばしる気の集合体。相手は気づいたが既に遅く、そのまま炸裂した。

 

「ちょっと、やりす……!」

 

 相手は、まだ立っていた。包帯がところどころ、焦げている。元子は見た。目だけでもわかる。全然、びくともしていない。


「は? マジかよ?!」


 すぐさま、反撃に移行するコスプレ女子。一気に近づき一つ、二つと拳を元子に送り込む。元子はかろうじて回避したものの、3発目を振りかぶる寸前、その腕を横から抱え込むようにみもりが抑えた。


 が。


 そのまま、抑え込んだみもりを片手でひっつかみ、地面に叩きつける。女子高生とは到底思えない膂力だった。いや、ありえることが一つ。女子力使いなら、片手に気を充填させるなら女子高生ぐらい持ち上げることが実行可能。しかし、一瞬でその力を集められるかどうかといえば……答えはNO。

 どんなに、女子力をうまく気をまわしても、5~6秒ほどの時間がかかる。

 

 もちろん、武術を習っている前提だが、両腕を使えば、気を使わなくとも投げられることは可能。だが、相手は武術を習ったというような動きではない。

 

「がはっ!」


 みもりは呻く。なんとか、受け身でダメージは和らげたが、叩きつけられたところが響く。


「ししょーを軽々と……化け物かよっ」


「これは……。逃げよう! たぶん、私たちが追わなければ牙を向けてはこないと思う。もとはと言えば、私たちが悪いし」


「けどよぉ!」


「このまま、先生たちに遭遇したらまずいっ! お互いのために!」


 そこで目の前に思わぬ来訪者が、現れる。元お嬢様学校ではありえない光景が浮かんでおり、驚いている。

 

「みもりちゃん、どうしたの……?」


「は、ハルちゃん?!」


 現れたのは、榛名だった。瞬間、コスプレ女子は、見られたとばかりに榛名へと、迫る。と、首筋を片手で掴む。

 

「やめて! ハルちゃんは関係ないでしょっ!」


 と、すぐさま立ち上がり、みもりは黒いコスプレ女子に向けて、跳躍する。こうなっては仕方がない。実力を行使する。

 

「飛んで!」


「蹴りを入れて!」まずは、背中への宙を舞う蹴りの一撃。


「どうだ!」その間に、みもりは右手に仕込んでいた女子力の気を手のひらに集める。


 着地した瞬間にコマをまわす動作で放ち、女子力の気が地面を疾走。気をコスプレ女子に直撃させる。

 

 榛名を苦しめていた手が緩んだ。


「逃げよう!」みもりは、榛名の手を引っ張り、逃走する。追おうとする、コスプレ女子を対して、


「やらせるかよ!!」


 と元子の足払いが炸裂し、転倒する。そのすきに、元子も逃げ出した。


「ありがとう、みもりちゃん、阿賀坂さん」


「ううん。いや、まあ、元はと言えば私たちのせいだから……あはは」


「ぎりぎりだったな。追ってこなければいいんだが」


 みもり達は、逃走後体育館の裏へと潜む。ここならば、人気はないだろうと踏んだからだ。

 彼女はうつむくばかり。それは仕方ない。先ほど、襲われたのだ。それも、容赦なく首を絞められた。


 榛名も、一言お礼を言った後は口を閉ざしたままだった。先ほどのことで混乱しているのも無理はない。2人も、声をかけずじまいだった。


 そよ風に覆われる。多少、日は落ち始めていた。遠くのスピ―カ―から、時報を知らせる音楽が聞こえてきた。


 少し時間がたち、安心したのか榛名はぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。

 

「わっ!! ハルちゃん大丈夫?! ごめんね」

 

 みもりは、ハンカチをわたし、よしよしと頭に手を当て慰める。今までの緊張が解けて、せきが切れたかのようだった。


「ありがとう。安心して腰が抜けて動けない……。なんで、急に首絞めてきたんだろう……。私、あの子に悪いことしたかな……」


「そういうことはないと思うよ!」と同時に肩を貸していた。


「ありがと……」


 元子は頭を掻きながら、安心した顔で、


「じゃあ、ちょっくら教室からバックとってくるわ。モブ子は……持ってるのか。ししょーだけでいいのか?」


「いいの?」


「おう、モブ子をそのままにしておけないだろ?」


「ありがとう。じゃあ、頼むね。あ、あと、さっきの子に遭遇しても喧嘩をふっかけないでね」


「わかってるって」


 元子の背中を見送るみもりと榛名。その光景を見ながら、榛名はつぶやいた。


「優しい人だね。阿賀坂さん。みもりちゃんが仲良くなるのもわかる気がする」


「うん、実際いい子だよ。あの子は。まあ、見た目で損しているけどね。それに、さっきみたいに変なアダ名つけるし」


「ちょっとびっくりしちゃったけどね。そっか。……私も仲良くなれるかな?」


「うん、仲良くなれる」


「……そうだね」


 呟いてから、2人の静かな時が過ぎる。長いようで短い間。落ち着いてきたのか、彼女の小さな震えが少しずつ、少しずつ、収まってきていた。橙色の空が、藍色へと変わっていく。遠くに、部活終わりらしき天女の学生がちらほら見えてくる。部活の声も、ありがとうございましたーという声から、道具を片付ける音も聞こえてきた。

 


「みもりちゃん、ありがとう。落ち着いてきた」


「うん、肩を貸すぐらいなら歓迎」


「やっぱり、優しいね。みもりちゃん。さすが、女子力使い」


「女子力使いじゃなくても、友達が困ってたら助けるのは当たり前だよ」ふふっと微笑む。


 束の間、みもりは榛名の首の部分に薄い赤い線が見えたような気がした。あれ、ひっかき傷と思ったもののすぐに消え去り、気のせいのように思えた。

 すると、肩に白い糸がくっついてるところを見つける。あれ、この糸って、あの時の……?


「あ、ハルちゃん。また、この前みたいに、白い糸くっついてる。とってあげるね」


「あ、嫌!」


 急に彼女は突き放すように、みもりのもとから離れる。


「あ、ごめんね。大丈夫だよ。大丈夫。自分でとるから」


 アハハと笑って、肩についていた糸をとっていた。


「あ、そう?」


 みもりは、内心あたふたしていた。榛名から突然の拒絶の反応だったからだ。直後、彼女は自分のしてしまった行動にハッとした表情となり、


「ごめん。あ、そろそろもう行くね。ありがとね。阿賀坂さんにもよろしく伝えて」


 と口早にお礼を残して、走って行ってしまった。


 その光景を横目に、すれ違いで元子は戻ってきた。


「おお、モブ子、めっちゃ、元気になってるじゃん」と見当はずれなことを言いながら。

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