友達の殺人鬼
「君を殺してあげようか?」
ジョゼが言った。
夕闇があたりを包み、空気は冷たく、空にはちらほらと星が見えていた。
我々の秘密基地は海辺の洞窟の中にあって、その場所を誰も知らない。
「君が、僕を殺してくれるの?」
「ああ、親父にもらったこのナイフでな」
刃渡りが十センチはあるだろうそのナイフは、月の光を反射してギラギラと光っていた。
「痛くないかな」
「痛いに決まってるよ! おかしなことを言うんだな」
ジョゼは腹を抱えてげらげら笑い出した。
つられて僕まで笑ってしまう。
「だよな。痛いに決まってるよな……」
僕はしばらく悩んだ後、ジョゼにこう言った。
「殺してくれ。この世界は僕を苦しめるだけだ。君も知っているように、僕の生活はひどいものだ。食べる物がなくて、ゴキブリを食べた事があるかい? ……こんな僕を村の人たちは無視している。いないものとしている。僕は孤独だ。生きていたいなんて、思えない」
「君の生活のことや、村人たちのことは知っている。ひどいよな。……楽になりたいだろう。いいんだな?」
「ああ」
僕たちは真っ暗な洞窟の中に入っていく。途中、持ってきたカンテラに火をつけると洞窟の内部が明るく照らされた。
洞窟は立って歩くには狭く、腰をかがめて進まなければならないくらいの高さだった。しかし奥行きが長かった。三十メートルはあるのではないか。
僕たちはその最奥まで歩いた。
ジョゼは僕を後ろ向きに立たせた。緊張と恐怖で喉から心臓が飛び出そうだ。
「1、2、3でいくぞ」
「ああ、わかった」
「よし、1、2、」
その瞬間、走馬灯のようなものが見えた。幼い頃の自分。叔父と一緒にスキーに行ったこと。母の暖かい肌。いろんな事が目まぐるしく思い出された。
そして思った。まだ死にたくない、と。
まだ死にたくない。
そうだ。僕にはまだできる事がある。やれる事がある。死ぬにはまだ、早すぎる。
僕はジョゼの方を振り向いて、振り向きざまにタックルをかました。ジョゼはこんな僕の行動を予想していなかったのだろう、まともにタックルを受けて後ろにひっくり返った。
そして僕は洞窟の出口を目指して走った。
「おいおいおいおい……。ピートォー。殺されるって、約束だろぉー。何逃げてんだよ。怖くなったか?」
後ろからジョゼの声が響いてくる。
「怖くても大丈夫さぁ……。俺に任せておけば一瞬のことだよ。この苦しみだらけの世界からおさらばしようぜ」
僕は走る。無我夢中で走る。彼の言葉に耳を貸してはいけない。
やがて洞窟を抜け、切り立った岸壁の上へとついた。岸壁の下は真っ黒な海だ。
「ピートゥー。なあ、大人しく殺されようぜ?」
ジョゼが走ってきて、鈍く光るナイフを振り回す。
僕は走ってその場を離れ、とっさの判断で、岸壁をけって海の中にダイブした。
海はうねり、僕を強引に何処かへ運んで行った。
日差しが暑くて目を覚ます。起き上がってここがどこかを確かめる。どうやら島の反対側の浜辺についたようだ。
助かった。
やはりあのジョゼという男を信用してはいけなかったのだ。人殺し。それがあの男の本性だ。
僕はもうこの村を離れることにしよう。ジョゼにもう会わないようにするために。
ジョゼ。多分偽名だろう。美しい顔をした男。今度は誰を殺そうとするんだい?