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此の眼に映る世界 ~異界の巫女姫と只人の僕~  作者: 寄辺無き者、泡沫人となりけり
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ep3. 交差する世界

過去の投稿もちょこちょこ編集を加えていますが、大まかな変化はありません。


その日、野中初美は浮かれていた。

憧れの先輩との食事、いや"デート"に誘う事が出来たからだ。

今まで幾度となく誘ってきたのだが、やんわりと断られ続けおり、最早私とは縁がないのかと諦め掛けていた。ところが一転、急に色好い返事を貰えたのである。天にも昇る気持ちとは正にこの事だろう、一年越しの苦労が漸く報われた瞬間である。

先輩がバックヤードに下がるのを見送った時、初美は来客中だという事も忘れて、満面の笑みでガッツポーズをした。


(何度か御飯食べたら次は遊びに行って、そして)


頭の中では次の計画を立て始めて余念が無い。この絶好の機会を利用して済し崩しに関係を進めていく気でさえいる。

そこまで想いが募るのにも理由があった。


 野中家は世間一般と比べて裕福な家庭だ。元々先祖から受け継いだ土地と多額の財産があり、何もしなくても二~三世代が遊んでいけるだけの余裕があったが、彼女の一族はそれに甘んじる事なく働いて、尚且つ増やしたお金で不動産投資をして収入を得ている。それもこれも次の世代がお金で苦労しないように、現状のまま引き継ぐ為であった。

父親は謹厳実直を地で行く人間だ。成金のような金遣いはせず、高価な物には一切目もくれない。

必要な物を必要なだけ買うといった節制する後姿は、私に堅実に生きるという事を教えてくれたのである。強いて言えば丘の上に経つ一軒家だけが彼の自慢だった。

彼は本当に価値があるのもが何かを悟っており、"人生とは人の人との営みである、大切な人の数だけ充実しより濃密なものになっていく"と常々言っている。

前置きが長くなったが、とどの詰りは箱入り娘なのだ。


 そんな世間知らずの私は、父の勧めもあって社会経験を積む為にバイトを始めた。複数の求人誌を貰ってきては読み漁り、本当に此処で良いのかと悩みつつも応募して、自分の意思で掴み取った職場だった。

今のバイト先に入った当初、初めての労働という事で勝手が分からずに、世間知らずを露呈しながら数多くの失敗をしてしまった。

レジを打ち間違えたり、商品を渡すのを忘れたり、発注ミスをして店長に損害を与えた事もあったり。挙句の果てには接客で大問題になって、自らお客様の家に謝りにいった事もある。


「あの子やばいんじゃね?? 」

そのうち誰かが呟いた、そして他の誰かが次々に同調していく。


 人には許容範囲があって其々許せる限度がある為、度が過ぎるとと嫌厭される事を初美は知った。最初こそ容姿が優れているという理由で男性陣にちやほやされていたが、次第にそんなミスばかりの私を避けるようになって居場所が消えていったのだ。元々男性陣は下心からである、興味が失せたら無関心の一言だ。

また当然の話だが、それを遠巻きに見ていた女性陣だって面白くはない。彼女が失敗した時は「いいよ、しょうがない」「そんな抜けてるところも可愛いね」などと甘やかされているのに、自分達が同様の失敗をした時は原因の追及があってそうはいかない。格差を感じるのは当たり前の流れだった、そうした彼女の姿はより鬱陶しく映る事だろう。

ましてやそこに複雑に絡み合った恋愛模様が加わったらどうなるかは分かり切っていて、案の定泥沼の修羅場と化してしまった。


 それからは益々仕事を教えて貰える環境が消え失せた。

二ヶ月くらい経っただろうか。いずれ収まるだろうと思い、必死に耐え続けても無駄だったようで、暴虐の嵐は一向に過ぎ去ってはくれない。寧ろ同調圧力が更なる悲劇を呼び、無視と嫌がらせ、そして嘲笑う声が聞こえてくる。店長に指摘して貰っても収まるのはほんの一瞬だけだ、陰湿な行為はエスカレートしていって少しも改善の余地が見られない。

遂に私の心は擦り切れて、思考停止を繰り返しながら空っぽになっていた。


 トイレ掃除の最中、ふと備え付けの鏡を見たら濁り切った目をしている女が居た。この世の全てを呪っているような負のオーラが滲み出ている。

誰かと思ったが自分自身だった、酷い顔だ。

その瞬間全て投げ出して辞めようと決心したのだが――偶然か必然か、そこで私は神崎 綾人に出会ったのだった。


 彼は現れるなり私の目を見てこう言った。

「噂の問題児は君か?? 」

「え、私が問題児……なんでしょうね、実際」

そのストレートな物言いに驚愕し、私は消え入りそうに呟く。

いきなり失礼な事を言う奴だ、少しは気を使って欲しいと嘆く。人には聞きたくない事だってあるだろうに。だが淡々と紡がれるその言葉に不思議と嫌味はなかった。


「そうか。失敗をする事自体は問題ない、誰にでもある事だ。要は繰り返さなければ良いだけの話だな。見たところ心が折れているようだがまだやる気はあるか?? 」

「やる気ってそんな次元の話では……」

「一番重要なのはお前の気持ちだろうに」

「でも、もうどうしたら良いのか分かりません。仕事も見様見真似でやってみましたが失敗ばかりで馬鹿にされるのが辛い、皆に嘲られるのが辛い。これがずっと続くのかと考えるとぞっとします。とても耐えられません」

「ほう、教えて貰えないのは本当だったか、誰か助けてくれる奴は居なかったのか?? 」

「居ましたがすぐに居なくなりました」

人は巻き込まれたくない一心で、残酷にも強者側へ回って他人を攻撃する。


「同調圧力ってやつかね、嫌だ嫌だ。これだから日本人は陰湿だって言われるんだよな」

彼は顎に手をやり、暫く考えた後に口を開いた。


「此処には何をしに来ている? 」

「仕事です、お金を稼ぐ為・社会経験を積む為に来ています」

「その通り、これは仕事なんだよ。それ以外の何物でもない。我々は雇用主に時間と労働力を売って、雇用主はその対価にお給料を払うといった、飽くまでギブ&テイクの関係なんだ。雇用主が求めるレベルに達しないと当然こちらの不手際だし、逆にまともに働ける労働環境を整えられなかったら雇用主の不手際なんだよ。だから従業員の管理は勿論店長の仕事と言える。分かるか? 」

「はい」

「よし、ここまでは良いな。今回、僕は店長から環境要因であるスタッフの整備をしろと指示を受けたんだ。彼女を助けてやってくれ、叶うなら教育を施し続けていけるようにと。僕は了承した。が、正直指導自体は厳しいと思ってくれ。なんせ君の容姿や性格、家柄なんて全く関係ないからな。馬鹿共と違ってちやほやするつもりなど毛頭ない」

そこまで言い切ると、彼は一瞬間をおいてから再度口を開いた。

「さて、お前自身今後どうしたいのかと問おう。自分を笑った連中を見返したいか? それとももう逃げ出したいか?? 君には選ぶ権利がある」


 私は俯き沈黙する。


(権利か。そりゃ逃げたいよ、もう苦しいのは嫌だよ。でも……ただ逃げるだけなんてもっと悔しい)


 彼には言葉通りに私と真摯に向き合うという気概が感じられた。前者を選択したら相応の対応を有言実行してくれると思う。また、二つの道を提示してくれているのはこの人の優しさだろうし、恐らくどちらを選択しても肯定してくれるような気がする。

愈々(いよいよ)行き詰ったが自分はどうするべきか。

もう一度戦える機会があるっていうなら、汚名を払拭するチャンスがあるなら、やはり最後までチャレンジするべきだ。両親の後姿を思い出す。父や母がそうであるように。ここで折れたら今後社会人になった時どう戦っていくと言うのか。


私は決心して顔を上げる。

「見返したい、私……見返したいっ!!」

はっきりと意思を告げた。彼もよしっと頷く。


「良い答えだ、その目を出来れば大丈夫だろう。君が頑張る限り、付きっ切りで指導して一人前にしてやろう。僕は神崎 綾人、これからお前の教育係になる。宜しくな」

「野中 初美です、宜しくお願いしますっ!!」

そして私達は握手を交わした。

これが二人の初めての出会いだった。


 そこからは本当に大変だった、今までとは別の意味で地獄だと言っても良い。

宣言通り彼はスパルタだったので話についていくのがやっとだったからだ。最初の二週間はメモ帳が一冊埋まる程のメモを取らされ、只管(ひたすら)に知識を詰め込んだ。

そして彼に見本を見せられた後は、試行錯誤しながら実践が始まり、問題がある部分は徹底的に指摘されて修正といった感じである。

当時を思い出すと学校とバイトで疲れ切っていたので隙あらば寝ていた気がする。ただ、限界ぎりぎりのところを見極めてくれるので、全力で打ち込む事が出来た。


 当然同僚(ノイズ)が茶々を入れてきたものの、私自身は気にしないようにしていたし、巻き込まれた彼自身があっけらかんとしていた。誰に何を言われようと自分で見て判断した事以外を受け入れないタイプであるし、逆にそいつらに質問・指摘をして逃げ道を塞いでいる。それを見て胸がすっとした内緒だ。

そうして二ヶ月・三ヶ月と時間が過ぎる毎に仕事で結果を出せるようになり、半年もすれば大部分の仕事を理解して一人前になる事が出来たのだった。

最終的には同僚とも最低限の折り合いがついたのが幸運だったと言えるだろう。





 帰宅した初美は自室のベッドに座り込むと同時に、緩み切った顔を掌で覆いながらジタバタし出した。

嬉しさで笑顔が零れる。


「あー、楽しかったっ!! 」


デートは最高だった。自分が御洒落をした事も気付いて似合ってると褒めてくれたし、ご飯を食べて話をして、夢のような時間を過ごせたと思ってる。

ただ、相談された内容が心配でありそれだけが心残りだった。


(失明の恐れ、か)


 病名・病状が判明しない限り対処は出来ない。

しかし、現状彼の通院先で見つけられないのだから何かしらの原因があると考えた。

単純に医者の知識や能力が足りていないのか、検査のやり方が杜撰であるのか、適切な設備が足りないのか、新種の病気か症例の少ない奇病・難病の類か。

いずれの中に該当しなかったとしても、もっと良い病院を斡旋し、セカンドオピニオンを行わなければならないだろう。

今まで貯めたお金を使って早急に治療を行わなければならない。以前窮地を救ってもらったのだから、同様に彼の窮地を救って恩返しをするのだ。


(そうだ、早めに送っておかないと。"ありがとうございます、今日は楽しかったです。また一緒にご飯を食べましょう"っと)


メールを打ち終えてベッドに倒れ込むと、初美は満足気に目を閉じた。





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 デートの翌日。

綾人は固い床上で目覚めた。玄関の備え付けの窓からは淡い光が差し込んでいる。そう言えば帰宅と同時に倒れたんだと思い出し、先ずは無事帰って来れた事に安堵する。


「うぅ……しんどっ、痛過ぎて笑えるわ」


 床に転がるのはお酒で泥酔して以来だっただろうか、吐き気を催す程に最悪な気分だった。頭を振りながら起き上がると、激しい頭痛共に身体の節々が軋むのを感じる。

腕時計に目を遣ったところ朝の8時を回ったようだ、玄関で倒れから七時間以上経過したらしい。


(目は……まだ見えるか、僥倖と捉えるべきだな)


 然し乍ら視界は安定はしていない。テレビがチャンネルを合わせるように眼前の景色から漆黒へ、漆黒から閃光へ、閃光からから眼前の景色へと、砂嵐を挟みながら交互に入れ替わっていく。

偶に何処かの風景が見えたりするが、それは絶対に在り得ないはずの物で、"あの夢で観た風景"に近い。

少なくともこの部屋には無いものだった。

次の瞬間、眼に焼けるような痛みが走る。


「ぐぅ、めっ、眼が焼け……抉られる方がマシ、なくらい、いてぇ」


 僕は蹲って必死に堪えようとするけれど、とてもじゃないがこの苦痛に耐えられそうにない。呼吸がどんどん荒くなっていく。胸を掻き毟りながら転がり回り、床に額を打ち付ける。

痛みは他の痛みで誤魔化せるという話は嘘だったのか、逆にダブルで苦痛じゃないか。これを吹聴した奴は本当に恨むぞと心に誓う。

そして五分くらい経ったところで再び意識が刈り取られた。





 次に眼が覚めたのは、更に三時間が経過した時だった。

現在の時刻は昼過ぎである。再度身体を起こすと、頭痛や吐き気、眼の痛みなど諸々の症状が消え失せていた。身体が軽く感じてゆっくりと起き上がる。腕をグルグルと回し、身体の状態をチェックするが特に問題は感じられなかった。

思考もスムーズに行う事が出来る、違和感はない。

恐らく何かしらのピークが通り過ぎて小康状態に戻ったのだろうが、今後も病気の原因の特定がされなければ、あの痛みとも付き合う必要性が出てくると考えて思わず身震いをした。

さて、冷静に現状を分析しよう。


「遂に見えなくなったか。いや、"観えるようになった"と言うべきか。悩むな、こんなんラノベの世界だけかと思ったぞ」


僕の左目は夢のはずだったはずの景色を映し出していた。





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徐々に話が進んでいます。

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