ep2. 夢を観た、そして変化していく日常
過去の投稿もちょこちょこ編集を加えていますが、大まかな変化はありません。
昨晩、僕は久しぶりに夢を観た。
一体どんな夢かと聞かれると上手く説明出来ないが――そうだな、国営放送で良く見るあれだ。何処か異国の地の民族特集。彼らがどんな思想や信条を持ち、日々を暮らしているのかを密着取材して纏めている番組が一番近い。
頭上の空は青々と広がっていて、揺蕩う雲の合間から日の光が降り注ぐ。その圧倒的な眩しさに目を細めた。
本来なら汗ばむくらいの気温なのだが、吹き抜ける風が体感温度を下げてくれているので過ごしやすいようだ。そんな見渡す限り果ての見えない草原で、僕は民族衣装に身を包んだ人々と共に日々生活をしていた。
日の出と共に起床し、狩猟を行い、家畜を育て、土を耕しながら自然の実りを頂く。
日常生活で必要な仕事の数々を終えると、今度は毛皮と木で作った簡素な家屋で、円状に座り込んで同じ釜の飯を食べる。その後は各々歌を歌ったり、楽器を弾いたり、踊りを踊りながら過ごし、日が沈むと共に寝床に就くといった感じだ。まるでスクリーンに映ったドキュメント番組のようだった。
まさに憧れのスローライフである。
こういう夢は当然自分が登場人物であり、主観で観るものと思っていたがどうやら違うらしい。
僕は誰かの視点をジャックしている。つまりFPSゲームのように一人称視点で見えていて、その人を中心に様々な情報が飛び込んでくるといった感じだった。
それらを纏めると以下の通り。
視点の主は常に家族や側近・護衛らしき人々に囲まれており、非常に大切にされているように推察出来る事。
村民が時折家に訪れ、視点の主に対して祈ったり、貢物を献上している事。
決め事はトップダウン制度を採用しており、視点の主が全体に指示を行い、それを村民が絶対順守して一致団結、成り立っているという事。
上記3点から推察するに、もしかしたら高貴な身分なのかもしれない。族長一族か或いは神事を執り行う巫女に近いようだ。
定期的に豊作・豊漁を願い・感謝する祭りを行い、いずれかの神を崇め奉っている事。
村中にそれに該当する飾りや簡易祭壇が設置されており、朝と夕方に二回、村全体で祈りを捧げている姿が見受けられた。
頻繁に部族長らしき人や商人などと交流・交易をしているという事。
生活は質素であるが決して困窮している訳ではなく、先を見据えて節制している事。
神殿に充分な量の備蓄があり、細かく記録と管理がされている。飢饉などいつ訪れるか分からない有事に備えているようだ。一目で管理者の知識と手腕が見て取れる。
部族単位で定期的に生活拠点を移動している事。
順当に考えれば家畜の餌を確保する為に場所を変えているのだろう。ただ、徹底的に痕跡を消してから移動しているようなので、何かしらの都合の悪い問題も絡んでそうな気もする。
確認出来た文字が一切"読めない"事。
取り敢えず日本語ではない。生憎と原始的な記号にしか思えないが外国語なのだろうか。
単純に知識不足なのだろう。どこぞの識者が読めば分かるかもしれないが、少なくとも僕自身には解読出来なかった。
とまあ色々挙げてみたが、飽くまで僕の主観と想像で物を言っている。夢なのだから当然会話も聞こえないし詳しい内容も分からない。彼らの理解不能な行動や奇行も見受けられたので、それが更なる疑問に拍車を掛ける。
しかし当たり前なのだ。
大学時代、校内のホールで心理学の授業に出た時、その道で権威である教授がこう言った。
「夢とはレム睡眠・ノンレム睡眠のどちらの状態でも見る事が分かっています。ただし、ストーリー性のある複雑な夢を見るのはレム睡眠中であり、ストーリー性のない静止画像のようなものがノンレム睡眠時に見る夢です。それぞれ特徴的ですね」
「さて、このレム睡眠中の夢についてですが、これは脳にある過去の記憶の海から、たまたま出てきた物同士が結びつき物語となると言われています。数ある記憶の中からどれが掘り起こされるかはランダムですが、その時々の精神状態に影響を受けることもあります」
「良い夢は問題ありません。しかし、何かに追いかけられたり、襲われそうになったりといった悪夢を見た事はありませんか? これは十中八九過度のストレスが原因と言えるでしょう。不安や恐怖などのネガティブな刺激によって、情動に関わる脳の扁桃体が興奮し、烈な情動体験によって生まれる夢が正に悪夢なのです」
「長々と話してしまいましたが、結論を言えば、昨日の記憶と何十年も前の記憶が突然結びつくことだって大いにあり得ます」と。
例え何の関連性もないような記憶が浮上してきても、それらを脳が適当に紐付けし辻褄を合わせて、その結果ストーリー性が形作られるなら、推量する事自体に意味があるのかと僕は疑問を呈する。
それでも――夢の中で、草原を走り回る子供達を観て思う。
確かに意味がないんだろうけれど、彼らが一瞬一瞬を精一杯生きて、幸せそうに笑っている姿を観て、僕は何故か架空の世界と決めつける気にはなれなかった。
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――ジリリリリリッ
室内に目覚ましの音が鳴り響く。
只でさえ大音量に設定されているというのに、バイブレーションと共に更に大きくなっていくのが聞こえて、次第に意識が覚醒していく。
(うるせぇ)
僕は手探りでその位置を把握してスイッチ部分を叩き切った。
結構な力でだ。衝撃で掌が鈍く痺れているが、これもいつも通りのルーチンワークであり、内出血で赤くなるところまでがセットである。
偶に投げたり殴ってしまうくらいに苛つく時もあり、この目覚まし時計のボロボロになった歴戦の姿がその戦いの苛烈さを物語っていた。
「あー……眠っ、今日は二十一時出勤だったっけか」
夢なんて起きたら殆ど覚えていないものだけど、今回は面白いくらい鮮明に覚えていた。久しく見ていなかったが、不思議と心地良いものだったのでいつもより心が軽い気がする。
僕は身体を起こすと周囲を見渡す。
全く持って簡素な部屋である。六畳程の室内にはベッド・パソコンデスク・テレビ台のみで趣味の類は
一切なく、物量は必要最低限以下、所謂ミニマリストと言われても仕様がない程に物が無い。
勿論好きでこうなったのではなく、単純にお金が無いからだ。所詮は世の中金だ。正社員を辞めてからはなけなしの貯金を切り崩して生活しているので、本やギターなど現金に換えられる物は当の昔に売り払っている。そこまで追い詰められているのにも関わらず、未だ正社員で働く気はない。そしてバイトを増やす気もない。人は急には変われないのだ。だから切っ掛けが訪れるまで、限界まで惰性で生きていくのである。
欠伸を噛み殺し、傍に準備してあった服に着替え、バイトに持っていく荷物の中身を確認する。全部揃っているようだ。
次に洗面台に向かい、顔を洗って歯磨きをし、寝癖を直す。そうこうしているうちに完全に目が覚めた。
(そう言えば眼はどうなったかな、取り敢えず痛みはないみたいだし見えてはいるな)
鏡で左目を見てみると、結構な範囲で白目の部分が充血している。真っ赤だ。まるで指で擦り過ぎたり寝不足の時のようになっていた。夜更かしはしていないので寝ている時に触れてしまったのだろう。いや、それとも異常が出始めているのかと悩む。
加えて、それ以外は特に変わらないはずなのに、どうにも左右の違和感を感じる気もする。飽くまで直感的なものであり、実際問題良く見たところでその原因は分からないけど、そう思わせる何かがあると感じさせられた。急に視界がブラックアウトしたという事実があるし、これからは原因が分かるまでどんな些細な事でも注意して対処していく必要がある。
取り敢えず真面目に病院に通院しようと心に誓った。
その後、ご飯を食べ出勤時間が近づいたところで、僕はいつも通りバイトに向かった。
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それから数日は色々な事があった。
最も重大な問題は、視界はブラックアウトする頻度が高くなった事だ。それは決まって自分の部屋に帰ってくると同時に起き、部屋を出ると治るといった感じだった。また、その日に一度なるとそれ以降は何度家を出入りしたところで同様の現象は起きなかった。
キーポイントが自分家の室内外だと判明したがそれ以上は進展がない。
そして帳が下りる度に片目が見えない訳だが、段々と一瞬一瞬ではあるけれど光が見えてきている。良くなっているのか、それとも悪くなっているのか。僕には全く持って予想がつかなかった。
次に、最新医学でも原因が解明されなかったのは流石にショックの一言だ。
真面目に通院して数回の受診と精密検査を繰り返したが、切っ掛けすら見つかっていないのだから根治以前の問題である。
担当の荻窪先生は寝不足で目がギラギラとしており、僕にかまけて無精髭を生やすレベルで取り組んでくれているのだが、やはり現実は残酷であった。
そしてそれは僕にとっても悲報である。財布の中のお金は確実に減っているので、今月はより一層食費を切り詰めねば生活が危ういようだ。
最後にこの件に関して関連性を見出せないとは思うが、"あの夢"を継続して観ている事だろう。
世界観も登場人物も何もかもが同じで、彼らの日々を連続して追っている。
今は丁度夏から秋に差し掛かるところまできたし、このまま年単位で観る気がしてきたところだ。ある意味現実と夢の二重生活である。
「ふぅー……誰に相談しよう」
僕は重い息を吐いた。この件に関して純粋にどう受け止めれば良いのか、只管悩むの一言に尽きる。
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「先輩、なんか今日は元気ないですね? 大丈夫ですか?? 」
レジ点検を行っている最中にバイト先の女子高生、野中 初美が言った。
「うっせーばーか。心配してくれてありがとう。良いからちゃんと仕事しろ」
「ちゃんとしーてーまーすー」
「本当か?? ほらっ、またレジ誤差15円出てるぞ」
「えー、嘘ーっ!!今日こそ完璧だと思ってたのにー」
明らかに不機嫌になり、口を尖らせ、膨れっ面でブーブー文句を垂れている。
(いやいや文句を言う資格なんてないだろ……)
そもそも誤差は本人の確認不足である。純然たる事実として、貰い過ぎはお客様に、渡し過ぎは経営者に損害を与えているのだがその自覚はあるのだろうか。所詮バイトはバイト、そこまで責任感を負っている訳ではないようだ。いや――そこまで考えが回らないのかもしれない、まだ若いしな。
勿論、先達として日々指摘・指導などはするが、常習犯である彼女に反省の色など見えはしなかった。
次の瞬間には、金髪のポニーテールが左右に揺らしながら、上目遣いで瞳を潤ませて、
「内緒にしてっ! ねっ、良いでしょー?? 」
と証拠隠滅を図ってくる辺り、強かな人間である事が分かるだろう。
整った顔立ちから発する撫で声と保護欲をそそる仕草が、更にその威力を高めていると言っても過言ではない。主に男性に通用する必殺技である。
しかし、確かに魅力的に見えるが残念だったな。極限までぼっち力を高めたおっさんには、そんな付け焼刃が通用すると思わない事だ。
「寄るな。あとそれあざといから止めろ。共犯者は勘弁だ」
「ひっどーい。なんで効かないのかなー、俊彦さんならすぐに許してくれるのに。相変わらず綾人は可愛げがない人ですね」
一瞬で涙を引っ込めるとは流石である。
「あ・や・ひ・と・さ・んな。子供みたいな年齢の奴に可愛く見られようとは思ってねえよ。おっさんなめんな、サインしろ」
「そんなに歳違わないじゃん」
「倍は生きとるわ小娘め。ほらっ」
「はーい」
ファイルを取って詳細を記入、お互いに使用者と・点検者の欄にサインをした。
(ってか、そんな記録あったけか?? )
ふと過去の記録を遡って見てみるが、ここ最近は俺が書いた初美の分がいくつか、それ以外はパートさん一人だけだった。つまりは誰かが偽装工作を行っていたと事である。
ここでの誰かとは必然的に先程名前の出てきた奴だろうな。
俊彦の野郎あとで殺す、問い詰めてから殺す。良いところを見せようとして絶対に自分で不足分を補填しているだろう。不正は撲滅しなければならないのだ、そこに慈悲はない。
(ってか二週に一回のペースで誤差るのは勘弁だわ、また店長にどやされる。もうどれだけ庇ったっけ。こいつ本当に首になっても知らないからな)
そこから一時間弱、商品の補充・レジで御客様の対応して、漸く人の波が途切れたところで、彼女は思い出したように言った。
「それはそうと、綾人さんこの後暇です? 」
「いきなりなんだ、何もねーけど」
「じゃあ私と御飯行きましょーよ」
「飯か」
「はい、美味しい物を食べたら悩みも吹き飛びますって。ほら、気分転換にもなるかも」
「おう、分かった」
「やっぱり駄目かー……えっ、本当に良いの?! 綾人さんはプライベートで一線引いてるから無理だと思ってた」
初美は驚愕の表情を浮かべている。
そう言えば何度も同僚に誘われた事があったが、こういうものを受けたのは初めてなような気がした。お金が無いのが最大の理由である、周囲には絶対に貧乏である事を悟られくなかったからだ。だって恥ずかしいだろうそんなの。まあ……単純に人間関係が面倒臭いってのもあるけども。
「確かに気分が滅入ってるからな、口に出せば多少は楽になるかもしれん。おっ、そろそろあがる時間だわ、後宜しくな」
「やったー、じゃあバイト終わりに迎えに来てね」
「了解」
ひらひらと手を振り、僕はバイト先を後にした。
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「お待たせ」
「おー、行くか」
初美の仕事が終わった頃に店前で合流をして、一緒に食事に向かう事になった。
視線を向けると、彼女は既に私服に着替えていた。
ブラウン系のこっくりとした深みが特徴のニットワンピースに、繊維を一方向に揃えて緩く捻った薄いピンクのニットスヌード、黒のショートブーツから僅かに白ソックスを見せているといった、カジュアルコーデだ。そこにブランド物であろうショルダーバッグが肩から斜め掛けされている。
服装だけでも年齢以上に大人びて見えるが、更に髪型を整え、化粧も綺麗に施している今は、良い意味で20歳前後に見えた。
と言うか力の入れ方が尋常ではない。今日はただ同僚と御飯に行くだけだろうに。意中の人とデートに行く時にこそこの気合いを入れるべきだと感じた。
そして僕はと言うと内心穏やかではなかった。そんな彼女の魅力的な身体のラインが強調されているところを見たからだ。疚しい気持ちがあった訳ではないが目を反らした時点で負けた気になる。どうにも悔しい、男の性とは悲しいものだ。
(そう言えばこいつモテるんだったな、良くレジ中に手紙とか渡されているもんな)
普段から十人中八人は振り向くくらいの容姿ではあるが、今は恐らく全員だろうなと思う。
対して横を歩く俺は、Tシャツにパーカーを羽織って、デニムにスニーカーというラフな格好である。清潔感は意識しているものの、ここまで着飾った人の隣を歩くにはちょっと不釣り合いな気がする。まあ今更どうにかなる訳もないので開き直る事にした。
「めっちゃ気合い入れてきましたっ!! 」
「見たら分かるわ。なんでだよ、適当な格好で来た俺が浮くだろ。まあ似合ってるけど」
「素直じゃないですね」
「うるせぇよ」
「ところでどこ行きましょうか」
「あー、、、和洋折衷、何を食べたいかによるけどどうなんだ? 」
「高級フランス料理!!勿論綾人さんのおごりでっ!! 」
ここぞとばかりに即答し、満面の笑みである。
「ばーか、無理に決まってるだろ。駅前に食事処が集まってるから取り敢えずそこ行こう」
「せっかくのデートなのにエスコートは無しですかね」
「デート……子供みたいな年齢の子に言われてもな、せめて10年経ってから言ってくれ」
「しょうがない、付いて行ってあげますよー」
歩きながら適当な会話を繰り広げる。
バイト先の話だとか、学校の愚痴だとか、家族や友達と何処に遊びに行っただとか、初美からはどんどん話題が出てくる。良く話題が尽きないなと苦笑しつつ、その度に相槌を打つ。
(やっぱり結局他と合流する気配はないな。一対一とは聞いてなかった。いや、聞かない自分がいけなかったか)
こんな笑顔でいるところに水を差すのは気が引ける。
しかし、変な噂を立てられたら困るのも彼女の方だろう。どうするべきかと試行錯誤し、結局面倒臭くて考えるのを止めた。その時はその時だ。
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「それでどうしたんです? 」
駅前のファミレスに入り、食事をある程度進めたところで、初美が神妙な顔で訪ねてきた。
「あー……なんて言ったら良いか分からんが、片目がな、見えんくなる時がある。頻度的には日に一度ブラックアウトするみたいだ」
「それやばいじゃないですかっ!! どっちの目ですか」
「左目」
僕はそう言って左目を指差す。
「今は見えてるんですか」
「一応ね。現時点で緊急性はなさそうだけど、原因がはっきりしないんだからな。今後どうなるかは分からない」
「悪化したら失明とか……流石に物臭な先輩でも病院は行きましたよね?? そっちはどうでしたか」
「行ったよ、診断結果は不明。今も精密検査中」
「そうですか、お医者さんでも原因が分からないとなるとどうしようもないですよね……」
彼女は暗い表情で俯き、そして会話の言葉尻が萎んでいく。
「お前が落ち込む事はないだろ、調子狂うな。こんなもの医者を信じて待つか、天命に身を委ねるしかない。取り敢えず今は片目でも働けるかってとこだけ心配だな。タイミングを見て店長に相談してみるつもり」
「達観し過ぎです。店長なら事情を説明したら分かってくれますよきっと」
「そうだと良いな。俺の為にも障碍者に優しい世界になってくれと、切に願うよ」
他人事のように話しているようにみえるけれど、この数日間に最悪のケースも想定して覚悟を決めていたのだ。後悔がないように行動し、後はなるようになるしかない。出来るだけ良い結果になるように努力はしていくつもりだ。
「それとさ、もう一つ質問なんだけど、同じ夢を観る事ってあるか?? 正しくは同じ設定や世界観の夢の続きな。テレビドラマみたいな感じでイメージして貰えると助かる」
「夢ですか。私は夢自体殆ど覚えてない事が多いですけど、繰り返してみたのは怖い夢くらいです。ただ、似た展開なだけで夢同士の繋がりは無かったと思います」
「怖い夢って事は心的ストレスによるものか、初美も苦労してるんだな」
「当たり前ですよっ!!毎日男子が嫌らしい目で見て来るのでストレス一杯です」
「そっちかいー」
口調を荒げながらプリプリと怒る姿を見て、姿形は大人びているのに、中身は年齢相応なのだと再認識させられる。そのギャップが可笑しくて笑った。
その後、中身のない会話を繰り広げ、お開きの雰囲気になったところで支払いを済ませて店を出る。
「御馳走様でした」
「どういたしまして。初美、目と鼻の先に駅があるから帰れるな?? 」
「はい、大丈夫です。今日は楽しかったです、また行きましょうねー」
「はいはい機会があったらな。気を付けて帰れよーっと……くっそっ」
僕は異常を感じて左目を掌で覆う。
大きく深呼吸をしてそっと外してみると、やはり予想通りブラックアウトしていた。時折入り混じる白いノイズも健在だ。ただノイズの長さは少し長くなっただろうか。
思わず深い溜息が漏れる。
(悪い予感が当たった、遂に外でも起きるようになったか。想定以上に進行速度が早いからどれだけ時間が残っているか分からんな。そして片目だけである保証もない。急ごう)
楽観視していた訳ではないが、部屋以外で起らないだろうと甘えていた自分に毒づく。
「先輩?? 」
「ああ、いや……何でもない。またな」
心配そうに見つめる彼女に不安を悟られないよう、空元気を取り繕り、後ろ姿が見えなくなるまで見送った。
(きついわこれ……)
頭痛と吐き気が襲い、物凄い速度で世界がグルグル回っているように見える。辛うじて意識がある事自体が寧ろ苦痛と言わざるをえない。既に平衡感覚も無くなって手摺や壁を利用して立ち上がっているのが現状だった。
症状が出るのが初美と別れてからで本当に良かった。
僕は必死に身体を引きずりながらやっとの思いで帰宅すると、症状がこれまで以上に悪化して目の前が真っ暗になる。そして僕はそのまま玄関に倒れ込むように意識を失った。
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難しいの一言。